始末書案件その一 三角
キャリア警察官の三角凪警部は、どんな難解も制してきた自分の上司、鹿角十六夜が、子供からの相談に頭を悩ます姿に突っ込んでやりたい気持ちを抑えた。
確かに子供、中学三年生だが時々幼い子供にしか見えないあの少年、蒲生晴純は、誕生日に苛めで腹をカッターナイフで切り刻まれた、という重すぎる過去がある。そんな子供に対して心を砕くことも大事だろう。
だが、今は蒲生の悩み事よりも、蒲生が為してしまったことに悩むべきだ。
どうやって報告書を仕上げるべきか、と。
三角が副官を務める鹿角のチームの今回の案件は、マトリと呼ばれる麻薬取締官が行方不明になった件の捜査だ。麻薬専門のマトリは警察庁ではなく厚生労働省の管轄となる。警察官のように捜査や逮捕権を持つマトリは、薬剤師免許を持っている麻薬捜査官である。
マトリと警察は仲が悪いと思われがちだが、実際はそんなことはない。大体、設立目的が違う。内閣総理大臣の下にある国家公安委員会に置かれる組織である警察は、設立目的が広域組織犯罪に対応する組織だ。麻薬を取り締まるだけでない。よって組織犯罪つながりで、マトリの捜査とブッキングすることがあっても、捜査権を争うことはない。現場でちょっとした話し合いがされる程度だ。
そして今回、組織が違うからこそ、マトリの捜査官の行方不明について鹿角に捜査依頼があった。
依頼があった時点で、三角は今回行方不明が出たマトリのチームの中に、仲間を売った黒い羊がいるのだろうと理解した。そして鹿角こそそう考えてチームを動かしたのだろう。
鹿角は行方不明の捜査官、松永三穂子の捜索のための組織への潜入に、元SATの波瀬と藤堂を抜擢したのだ。二人はスナイパーとスポッターというSAT時代からの相棒同士だが、波瀬の本当の専門はスニーキングと工作だ。
あの大きな体でするっとどこにでも忍び込み、必要な盗聴盗撮用の機械を仕込んでこれるのだ。三角はこの波瀬の不思議について、警察の七不思議と考えることにしている。
そして、蒲生があからさまに波瀬を気に入り、波瀬を取り込もうとしていることにぞっともしている。
蒲生はハッカーだ。
それも、最高の。
蒲生はどんなサーバーにも潜り込み、どんな個人情報だって暴いて見せる。
そんな子供が工作兵まで手に入れたらどうなるか。
ぞっとしたまま三角は蒲生と波瀬の繋がりを絶とうと画策し、前回蒲生が鹿角の家に保護されたときは極力波瀬に会わせないようにした。
だがしかし、波瀬の蒲生への傾倒ぶりは三角には止められないと認めるしかない。
彼が尊敬する上司、鹿角こそすでに蒲生に取り込まれているじゃないか。
三角の為すことなど、小便を拭く紙よりも使えないのだと認めろ、と。
そのように落ち込むのは、三角は目の前の惨状の一部始終を見ただけではなく、恐怖に動けなくなった体験者だったのだ。
行方不明の捜査官はすでに殺されて、彼女の死体は東京近郊にある手ごろな山に埋められていた。それはわざと囮とバレるように行動していた波瀬達が、松永と同じように殺して埋められるために拉致された過程で明らかにされた。
けれど、後ろ手に縛られた波瀬と藤堂をすぐさま救出できなかったのは、処刑場に集まってきた犯罪組織の構成員の数が多すぎたからだ。
鹿角のチームは鹿角を入れても七名。どんなに場数を踏んだ猛者だろうが、集まった三十人近くの愚連隊との戦闘は無謀である。相手にも銃がある。なお悪いのは、鹿角達が処刑者達を囲む陣形が完成したところに、鹿角達を囲む形での構成員達の到着だったのだ。
鹿角達の足が止まっても、波瀬達の処刑へのカウントダウンは進んでいる。
そこで、の、蒲生の呼び出しだ。
鹿角がどうやったのか知らないが、蒲生にホットラインが繋がった。
そして。
幾人もの被害者を叩き潰し、土の中に埋めてきたショベルカー。
神の怒りのようにして天から降ってきた何かに、串刺しされたかのようにぶち壊れた。
五寸釘で貫かれたカマキリみたいにして。
殺しの現場に集まった犯罪者達のSV車が、内部から破裂したかのような大爆発したのと同時に。
「こいつは、軍事衛星から金属棒を落とすっていうえげつない奴か? 神の杖って名前のやつ。ハハハ。神は人に善良で勤勉であれと望まれたが、確かにそう戒めないといけないな。本当に罰が落ちてくる」
松永三穂里を松永三穂子に変えました。
鹿角の最愛の人は志穂里さんでしたので。




