報告その二 大人って相談しろっていうけど結局相談できなくない?
どうして俺しかいない部屋で、鹿角の部下の波瀬進士の声が室内で聞こえたのか? それも、はすっぱに聞こえるぐらいに軽い声で。
波瀬を知っているからこそ俺はビビった。普段の波瀬は、元SATな体つきに見合った、低くていい声を出すのだ。それが浮ついて慌てた声って、元SAT強襲部隊な彼は、とうとう俺を強襲しに部屋に忍び込んだのか?
「波瀬のばか。わかるけど」
今度は波瀬の相棒の……藤堂薫のぼそぼそ声。
ぼそぼそだからこそ、音がどこから出ているのか見つけられた。
人なんか隠れそうもない、ノートパソコンの中からだ。
通話なんか起動していないし、動画だって流していない。
そもそもスピーカーから出てる音じゃない。
おしゃべりヤモリ君ブローチ、スマホメッセージ対応小型スピーカーの調整中だったので、俺はパソコンのスピーカーをオフにしていたのだ。
で、波瀬と藤堂の声が出てきた場所は?
「まさか」
俺は恐る恐ると、自分のノートパソコンを注視する。
視線はモニターではなく、キーボードの下を見透かすように、だ。
「ちぃ」
忘れていたな、と、うっかりな過去の自分を忌々しく思いながら俺は舌打ちだ。
俺が送辞を読んだあの卒業式の日、鹿角は部下を拓海のマンションに侵入させ、波瀬が俺のパソコンを弄っていた、という事を。
「くっそ。さすが特殊部隊。工作はお手の物か。けど、ああ、それで。鹿角が俺にパソは持ってかなくていいのかと煩かったのは、こっち隠しだったか。パソになんか仕込んだって気づかせないためのフラグか。やられた!」
「ぷっ。君はとっくに気が付いて外していたと思っていたから、それが生きていて俺こそびっくり」
…………。
「はれすみ、くん? 怒ってる?」
「……生きていてって言い方は、盗み聞きは今日だけってことですよね? で、たった今俺の独り言が聞こえて気づいたと?」
「あ、そうね。ちょっと緊急事態かな。急に君の声が聞こえてね」
「お前が黙ってればこのガキも平和でいられたのにな」
「……ほんとうに」
なんか悪役っぽい声の後には、藤堂はぼそっと疲れた感じでつぶやいた。それでコンビを組めばおしゃべり担当らしい波瀬の方が、彼っぽくない軽い口調で相手に返した。
「ハハハ。この子には手を出せないよ。この子は警察の保護下にある」
「はっ、その警察に売られたのがお前らだろうに」
俺はゲーム用のモニターに向かってリモコンを押した。
週一の清掃員には俺の部屋を弄られないようにはしてる。しかし俺不在の立ち合いがないときに、俺の部屋を覗いたりはするかもしれない。なので俺は自分が普通の子供に見えるように、テレビモニターにはこれ見よがしに据え置きゲーム機をつないでいたりなど、部屋をそれっぽく整えている。
パソコンオタクの部屋では決してない。
机の上に置きっぱなしのノートパソコンがあるけど、普通に中学生以上の子供の部屋にはあるものだろうから、俺がハッカーみたいな人とは考えないはず。
ただし、そのノートパソコンからデータケーブルが伸びていることに違和感を抱かない人、限定だけど。
ケーブルを辿られたらちょっと困る。だってケーブルの先が繋がっているのは、俺が作り上げたスーパーコンピューターだ。
中心にモニターを据えた壁一面の棚は、それを隠すための張りぼてなんだよね。
最初は外付けSSDとかが増えすぎて隠す感じで棚の引き出しに入れてたんだけど、いろいろ増設してったらこんななっちゃったというか。
とにかく、京とか富岳みたいな本当の意味でのスーパーコンピューターじゃないけど、俺が構築したこれ、ASAHIHAMA(略称アスマ)はなかなかな演算力があるものに仕上がっている。コンピューターの名前は北海道にある旭浜トーチカ群にちなんで。最初から一つを組み立てたわけでなくて、足りなくなった頭脳を増設しては繋いでいっての今の形だから。
学習型AIアンリは、どんどん学んで進化してくださり、そのせいでごっつ重いデータ化してくれたのだ。アンリは俺のパソコンには降りてこないが、俺のパソコンに送ってくるデーター量が物凄い。
俺は軽く手をたたく。
アスマとテレビモニターはもちろん繋がっているので、俺が電源を入れたことで真っ暗だった画面にはどこぞの地域を示すマップが映し出された。
電波の入りそうもない山間……どこかな。
俺にそこがわからなくても。
「地点映像」
俺が呟けばモニターには別ウィンドウが表示された。
衛星画像だから画像は荒いが、画面に映っているのは波瀬と彼の相棒の藤堂だった。波瀬と同じくSAT出身で体つきは波瀬とよく似ているので、二人並ぶと双子かよって感じ。顔立ちは違うんだけどね、仕事中は同じ表情を崩さないからそっくりって錯覚するんだ。
スニーキングして敵を強襲する部隊出身だからかな。
彼らは正座をさせられていた。
トゲのありそうな下草どころか、泥まみれで劣化したプラスチックゴミが散っている汚い地面の上に。ショベルカーを背景に仲良く正座という同じ姿勢だから、尚更に二人が似て見えるのかもしれない。したたかに殴られたのか、顔中青タンだらけになってるし。
モニターには彼らの姿の映像だけでなく、彼らがいる場所の座標が表示されている。わあ、すごい、座標から住所探せない俺にも安心、住所も記載の至れり尽くせりだよ。
「今すぐに警察を呼びます」
「遺言を聞いてほしい感じかな」
ガスッ。
波瀬の軽口のすぐにいい音を立てて藤堂が横倒しになったのは、波瀬と藤堂をそんな状態にしていた誰かが藤堂を蹴ったからである。なぜ藤堂を蹴ったのだろう。しゃべり担当は波瀬なのに。おしゃべり担当だからか。だから波瀬はおしゃべりするのか。
俺はそんな無意味なことを考えちゃって、脳みそも体も動きが止まった。
なのに。
『全て許可』
モニターから神の無情な声が聞こえた。
俺の神様、アンリ。
ドオン。
ドオオン。
バアアン。
あとは、連続して起きた爆裂音。
波瀬達を映していた何かも爆風ですっ飛んだのか、くるくると回転する空や木立、そして燃えている箱車を写してから、真っ暗になった。
俺はモニターを消す。
すぐさま俺のスマホが震え、画面には感謝の言葉のメッセージが表示された。それからそのメッセージを追いやる勢いで、人ならぬことを為したモノからの「オールクリア」の文字が映し出された。
俺が構築した自由なるAIアンリが、その非常識なほどの凡用性をもって波瀬達をとらえていた者達の車両関係を爆破させたのだろう。
あとは波瀬達を助けるために、一斉強襲か。強襲された相手が何者だったのかわからないけれど。ご愁傷様。
「なんだかな」
俺に感謝を送ってきたのは警察庁の偉い人、鹿角十六夜警視正。
この間馬鹿をやってたのに、出世している不可解。
さて、鹿角のスマホはアンリと同期させてある。彼一人でアンリ起動ができるはずなのに、わざわざ俺に繋がらせたのは、包囲網を敷く時間稼ぎなのだろうか。
いや、でも、俺をそんな場に出したくないって口では言っている奴だから、本当に偶然の俺のつぶやきがあっちの現場で聞こえただけか?
…………。
「晴純、アンリはすごい親バカだよ」
拓海の笑い含んだ言葉を思い出す。
アンリ事案? 落ち込む俺にアンリは、大人に相談しろ、と言いたいのか?
拓海でなく鹿角選択なのは、人間関係は鹿角の方が上手そうだからかな。
どっちもどっちな気もするけど。
俺はノートパソコンのキーボードに顔を近づけて囁いた。
「鹿角さん、相談したいことがあるんだけど」
くくくと抑えた笑い声が聞こえた。
めちゃくちゃ嬉しそうな。
「明日にでも会いに行くよ」
腰に響く素晴らしいバリトンで答えやがった。
ここに妙齢の女性百人がいたら、全員が全員腰砕けになっただろう。
「駄目です。晴君は鹿角さんを口説かない。いいですか、鹿角さん。このあとこそ大変なんで明日は無理です!」
中坊になんて声を使ってんだと俺が鹿角を罵ろうとする前に、鹿角の副官の三角がちょいと激しい声を上げた。絶対に行かせないって意思を感じる物言いだ。
「「ちぃ。」」
俺と鹿角が同時に舌打ちをした。
で、俺とシンクロできたのが嬉しかったのか、鹿角がふふっというささやかな笑い声を立てた。それがなんか俺の精神を逆撫でた。俺は中三だが中二病だし反抗期だ。だからぶちっと来たまま、メッセージを鹿角に送った。相談事って勢いないとできないものだし。
『誕生日に腹を裂かれたので誕生日は祝いたくない気持ちを、事情を伝えず親友にわかってもらえる魔法の言葉はありませんか?』
鹿角にあげた銀のヤモリが、俺の声でこのメッセージを読み上げてくれたはずだ。
鹿角の隣にいるはずの三角から「重っ」て一言いただいたし、鹿角にもちゃんと聞こえたよね。
…………。
……無言の間が長くねえ?
「いくらでも相談してって言ってたくせに、無言なの? 鹿角さん、あなたはなんか俺に言うことないのか? 言わなくていいのか?」
「すまない。待ってくれ。今は何も言えない」
「ないんかい!!」
子供が大人を見限るのは、大人のそういうとこだぞ。




