報告その一 友人づきあいって大変みたいです
俺は悩んでいた。
深く、罪悪感を持って。
中学三年生なのに夏休み明けの一か月半近くも無駄にして、受験勉強が捗っていなかったことにではない。施設に行って職員を社会的に殺したりよその学校で授業崩壊させていたりは、仕方なくで不可抗力だ。俺が悪いわけではないのだ。俺がこの結果に罪悪感など持つわけない。
では何かと言えば。
「悠はどうしたら許してくれるんだろう」
地元にようやく戻った俺は当たり前だが親友である悠に大歓迎され、それでもって俺の帰還祝いと悠の誕生会をするんだと夏南が大はしゃぎした。
そう、悠の誕生日は八月十六日。みんなで祝おうぜって言ってたのに俺がごたごたしちゃって流れに流れて施設に東京都とそれどころじゃなくなった。そして悠は俺が戻ってきたら誕生日をするんだって待っててくれたんだ。
それを聞いた俺? もちろん大感激だし、毎日だって祝うぜって感じ。
けれどそこに俺の幼馴染である有咲の一言。
「晴君は乙女座の人じゃなかった? 晴君の誕生日もいっしょに祝おうよ!!」
そう、俺も実は誕生日を迎えて十五歳になっていたことがバレてしまったのだ。
そしてそこから大喧嘩。
誕生日を教えていなかったことも、俺の誕生日も祝おうよって盛り上がったところに、俺はやめてって水を差したから。
「どうして晴のは無しで僕はあるの? おかしくない? 君ってやっぱり、僕を友達ってか、僕を対等に見てないって感じか?」
「そんなんじゃないし、俺は自分の誕生日が嫌いなだけ」
「じゃあ、俺の誕生日も」
「それは駄目だよ。あと悠は僕言って」
「いやだ。それでなんで俺は俺と言っちゃダメなんだ? 君は俺が君が望む俺じゃないと嫌なのか? 俺自身は本当は嫌なのか?」
違う、と言えなかった。
自分で俺と言ってるけどさ、同世代の男子の「俺」が怖いんだよ。悠が一人称を俺にした時に、俺はまだ自分が同世代の男子に怯えているって気が付いたんだ。
それにな、と、俺は自分の下腹部を見下ろした。
さらっとしたTシャツをめくれば、そこには俺が俺でいられなくなった証の傷跡がある。今や世界的名医の手によって、大理石に浮かぶ葉っぱの化石みたいな綺麗な傷跡になっているが、ここにはひきつり薄汚れた便所の落書きみたいな傷が刻みこまれているのだ。
俺の誕生日に汚れたカッターナイフで刻まれた、俺への誕生日プレゼント。
九月十六日。
俺の誕生日は、世界自殺防止デー期間最終日だ。
どんな皮肉だよ。
明日死ねって?
ハハハ、言えねえよ。悠、お前には言えないよ。
それにさ、楽しい思い出でつらい過去を消すという話はよく聞くけどね、俺はこの傷ができた過去を忘れたくはないし許しなど一切したくはないんだよ。
臥薪嘗胆だ。
復讐の手が甘くならないようにと、憎しみの炎を消さないために薪の上に寝て苦い胆ばかりを食した、あの中国の歴史上の人物と同じだ。
俺は今幸せだ。
けれど、幸せでなかった俺を忘れちゃいけない。
あの時の俺に寄り添ってくれたアンリを、俺は絶対に忘れちゃいけないのだ。
どうして俺が人殺しをしたのか、忘れちゃいけないんだよ。
だから。
「親友のくせに、俺が悠の誕生日を祝いたいのは許さないとは。俺の誕生日がないなら、悠のもないって? 俺は親友の誕生日祝いなんかしたことないんだぞ。俺の初めてを奪うつもりか!」
俺は苛立ちを込めて大きく息を吐くと、「どう思う?」と机の上の金属光沢を見せる生き物たちに語り掛ける。
ヤモリ型(俺の)メール(だけ)読み上げ機を鹿角に贈ったことを拓海に知られ、拓海も欲しい欲しいと煩いのだ。それで俺は拓海には感謝もあるしと、彼用のものも制作中なのである。
拓海の秘書の兵頭さんから貰ったジェルネイルで、銀粘土製のヤモリ達は背中と瞳を染色されてエナメルの宝飾品みたいだ。そんな彼らは命のない静物ながら生き生きと、宝石みたいな透明な瞳で、独り言ばかりの俺を不思議そうに見つめ返してきた。――そんな風に見えるってだけだけど。
俺は自分のスマホを持ち上げ、適当にメッセージを入力する。
『てす、てす、テスト』
アオマルメヤモリ(に見えるかなぁ)が、悠が好きなアニメキャラによく似た声で、俺が打ったメールの文字で鳴いた。俺はこいつは大丈夫と、今度は虹色トカゲみたいな一匹が鳴けるようにと、スマホを操り個体識別番号を変えてから同じようにメールを打つ。
『ダウディンイロワケヤモリだよ!』
虹色トカゲは俺の声で、絶対に俺がしなさそうな元気喋りをしてくれた。
こいつはジェルだけでなく天然石ビーズを埋め込んで色付けした逸品だ。俺の図工の腕は悪いので、掛けた金額にあんまり見合わない出来栄えだけど。
「アクセサリー的には良い出来だし、ダウディンイロワケヤモリとか普通知らんし、いいだろ」
拓海には、幼い頃に読んだ絵本に出てきた虹色トカゲを贈りたかっただけだ。
友人が欲しいと望むネズミに奇跡を起こしてくれた虹色トカゲ。拓海に今の学校に押し込んでもらえたから、俺は悠に出会えたんだ。うん、絶対虹色トカゲ。
それで虹色トカゲ以外に、青も含めてほかの子達も作ったのは、俺に起きた奇跡である友人達にも贈りたくなったからだ。
彼らのもヤモリ型なのは、俺と悠だけでヤモリ館に遊びにいったことを有紗と夏南が未だに根に持っているからである。
キモいと言えば、だから君達は置いて行ったんだと言い返せる。
有紗と夏南は黄色とオレンジの色違いのヒョウモントカゲモドキで、それなりに力作だから目の前でポイされたら軽く落ち込みそうだけどな。しっぽ独特で苦労した!
「けどなあ。あの二人には何の声を当てればいいんだよ。いや、夏南は悠の声を当てて、悠のメールにだけ反応させりゃいいけどさ。有紗は、なあ」
俺の声を当てれば喜ぶとわかるが――、そのせいで俺の声がウザいと感じたら?
それで俺から離れて行ってしまったら?
「俺はやっぱりただの臆病な厨房なんだな」
パソコンのキーボードに向かった。
自分でカスタマイズできるようにしときゃいんだよなって。
「説明書書いたら読むかなあ。夏南は……読まんな。ま、俺のへたくそなコレ、そもそも喜ばんだろうしな」
「じゃあ、俺に下さい!!」
「ひょえ!!」
俺は本気でビビってた。
どうして俺しかいない部屋で、通話状態でもないはずな相手の声が聞こえたのか。




