第35話
マルキュナの緊張の糸が唐突に切れた。
その場に崩れ落ちるように倒れ伏した。
それに気がついたプルメィラがすぐに側に膝をつく。
「大丈夫かい!? 今すぐ元の世界に戻るからね!」
指を鳴らすとそこは元の廊下だった。
時間もほとんど経っていなかったみたいで、部室から出てくるシェルルーシュの姿が見えた。
倒れているマルキュナを見て走り寄ってきた。
「だっ、大丈夫ですか!?」
大丈夫ではなかった。
だが頬に傷を負って、お腹にそれなりの痛みが残ってるくらいだったため、「無理かも」とか、また気絶なんてことにはならなかった。
ただ心は立派に傷を負っていたみたいで、
「ごめんね……みんな」
誰に謝ったのかもわからない言葉と共に、マルキュナの頬に涙が伝っていった。
「わわわわっ! 保健室にっ!? 病院かな!? どっちだ!? どうしよう!?」
「落ち着きたまえ。これくらいの怪我ならエリフィアナに頼めば直してもらえるさ」
シェルルーシュが慌てふためき周囲を見渡し、プルメィラが諫めた。
「プルメィラさん! 大事なのは心です! 心! 体の傷は癒えても、傷ついているんです! 乙女心を理解してください!」
シェルルーシュが腰に手を当てプルメィラを睨んだ。
しかしプルメィラはその様子を見て笑いだしてしまった。
「乙女……心かい……くくっ。そうだね……今の君に言われるととてもしっくりくるね……ぷぷっ。すまなかったっ……くっ」
実に説得力のあるその姿にマルキュナもつられて笑ってしまった。
そしてプルメィラに向かって言った。
「そんな感じで笑ってる方が、女の子らしくて可愛いよ」
何の気なしに言った言葉だった。
しかしそれはプルメィラに大ダメージを与えた。
顔が真っ赤になる。
「あ……そうかな。可愛い……か。ありがとう……マルキュナ」
マルキュナは顔を背けるプルメィラを見た。
どこか見た目以上に乙女らしい姿と、先ほどまでの姿を重ねた。
そして一つ疑問が生まれた。
「……ヴァルレーツァは?」
先程いた人間が消えたことは事実だった。
「大丈夫だ」
プルメィラは顔を背けたまま応えた。
「あれも、誰かしらの息がかかった者だろう。こちらが何もしなくても、あちらでどうとでもするさ」
そう……か。
そういえばそうだった。
これは私怨を越えた陰謀ともいえるそれだった。
私の『どこに』という質問を『どのように』で答えてくるのは相変わらずだなぁと遅れて呆れがやってきた。
あれやそれやとしか言葉が出てこないが、それ以上言いようがないのも現実だった。
「もう、死んじゃったの?」
「……君の言葉を借りるならそうだね。どちらかといえば消失かな」
初めての死との直面。
それは自分ではなく他人だった。
安堵も嫌悪も感じず、ただひとつの出来事として淡々と現実化しただけ。
そんな虚無が、意識の深い場所へ沈み込んでいった。
死ぬかと思った。
その実感がやっときたが、どことなく他人事のように感じた。
そして頬の痛みが現実味を帯びてきたころ、今まで勇者パーティが言っていたことの全てを納得するに至った。
勇者は魔王で、派閥があって、私は巻き込まれている。
嘘みたいだ。




