第33話
マルキュナは即座に魔法を重ねがけした。
「アラクリティ」
「ストレングス」
「エンデュランス」
俊敏性、肉体強度、そして持久力の強化を行った。
魔力が血の奥、筋の隙間、骨の髄まで走り抜けていく。
「ふふふ。ずいぶん怖がりさんなのねぇ。それで勇者様の伴侶なんて、務まるのかしらぁ?」
「やるの? やらないの?」
「ふふ、可愛いわねぇ。そこまでして、お話がしたいのねぇ。いいわよぉ。少しだけ付き合ってあげるわぁ」
ヴァルレーツァがつかつかと歩き、互いの間合いの際まで寄って来た。
しかしその剣も杖もこちらに向く様子はなかった。
「あなたは今置かれている自分の環境をどう思っているのかしらぁ?」
「どうって、正直、迷惑よ。分かるでしょ?」
「贅沢よねぇ。勇者と魔王を同時に内包する存在を側に置いているくせに、交配の意思すら見せないなんてぇ。あなた本当に魔法使いですのぉ?」
「交配って……何言ってるの?」
「あなたもしかして御実家農家か何かぁ? 魔法使いの家出身で優秀な子孫を残すために努力を惜しまないなんて当たり前のことでしょぉ? 現に王国も取り入ろうとしているわけだしぃ? 勇者でも魔王でもどっちの種でももらえるならもらっとかないと損じゃなぁい?」
「……気持ちが悪い」
レオニードのことが今でも特別好きというわけではない。
でも、これは違う。
人を人として見ていない。
家畜か何かだと思っている。
貴族とはそういうものなのか?
それとも彼女が特別に?
疑問はあれど、やることは単純だった。
「魔力切れを待ってるなら、無駄よ。あと三日はこのまま戦えるわ」
「あらそぉ。ざんねぇん。でも、その魔力量で語るには嘘が下手ねぇ」
魔法を重ねていてよかった。
ヴァルレーツァの言葉が終わるや否や刺突剣の一閃が目の横を通り過ぎていった。
なんとか頭をズラシて回避できた。
貴族として立派に育てられた剣筋が、先ほどまで頭の位置にあった空間を貫いていた。
「あっぶなっ!」
マルキュナは避けながらも、ヴァルレーツァから意識を外さない。
相手の瞳は至って真剣で、どこか他人を見下している感じがした。
そして避けたところにヴァルレーツァの左膝が飛んできた。
マルキュナはなんとかそれを、右肘を折りたたみ、腰を回転させ、内に弾いて受け流す。
攻めの中に新たなる攻めがある。
そんな組み立てられた攻撃を喰らったことは今まで一度もなかった。
お互い同じ年であるにもかかわらず、生きてきた環境でここまで差が生まれるとは、と思わざるを得なかった。
この二撃を避けられたのは奇跡と努力だろう。
勇者パーティと出会えた奇跡。
そしてエリフィアナに鍛え上げられた努力。
しかし勇者と出会わなければ、そもそもこんなことには……。
と考えたところで思考をやめた。
そんなこと言っている場合じゃない。
マルキュナは一歩後ろに跳んで距離を取った。
「何すんのよ! 今の、当たってたら死んでたわよ!?」
「面白いこと言うのねぇ。死んでたら喋れないじゃなぁい」
「こいつも会話ができないタイプか……」
「失礼ねぇ」
ヴァルレーツァは刺突剣と杖を同時に前に構えた。
マルキュナは上半身を左右に軽く揺らし始めた。
「一応聞くけど、まだ交渉の余地はある?」
正直一回目を避けられたのは来ると分かったからだった。
今は違う。
どちらから先に来るのか、同時なのか、相手は避けたからこそこの手段を取った。
魔法の発動速度は?
使用する魔法は?
刺突剣の軌道は?
情報不足すぎた。
おそらくこちらの情報は筒抜けだ。
といってもこれ以上出せる魔法はない。
こちらの援軍が来る兆しは全くなかった。
このままでは間違いなく負ける。
「交渉っていうのはぁ、お互いの状況がイーブンだからこそできるわけでぇ? 今だと殺しちゃった方が早いしぃ? 正直、ずっとあなたには死んで欲しかったのよねぇ」
「私、何かしたかな?」
「あらぁ? 覚えてないのぉ? ふぅん……じゃあ教えてあげるわぁ。あの時教室でぇ、平民の分際で私のことを助けようとしたことぉ。それとぉ、勇者様に謝罪させたことよぉ!」
怒りに任せた剣先が迫る。
マルキュナはその呼吸を読み、何とか躱すが頬を掠め、髪留めを破壊した。
破片が地面に飛び散った。
そしてヴァルレーツァがマルキュナの腹部に杖をかざし詠唱した。
「アイスエッジ」
氷の刃が現れ腹に抉り込んだ。
「ぐぅっ!」
マルキュナは肉体強化のおかげで皮膚の貫通は逃れたが、数メートル廊下を吹き飛ばされた。
宙に浮き、床に激突し、転がり、投げ出された足で回転が止まった。
「この程度も避けられないのぉ? あなた本当に勇者の伴侶なのかしらぁ? ただの刺突すら避けきれてないしぃ? 魔法への抵抗力も低すぎるわよねぇ。母体として不完全極まりないわぁ。ねぇ、あなたを殺して魔王様を復活させたかったけどぉ。ついでに勇者の遺伝子ももらえるなら、それもお得よねぇ? 殺さないであげるからぁ? どっかに消えてくれないかしらぁ?」
マルキュナは歩み寄って来るヴァルレーツァから逃げるように体を後ろに滑らせた。
少しでも回復の時間を稼ぎたかった。
このまま戦っても死ぬだろう。
しかし生存本能がそうさせた。
「虫みたいねぇ。私、虫嫌いなのよねぇ」
ヴァルレーツァの杖がマルキュナに向けられた。
刹那。
「ウォータースフィア」
「サンダーショット」
「ウインドブレイク」
同時に三詠唱、ヴァルレーツァの後ろから飛んできた。
マルキュナが頭を上げる。
水球に包まれた体が雷撃によって痙攣し、その周りで何かが空気が弾ける音を鳴らす姿のヴァルレーツァと、その後ろから左手に本を、右手に片刃の短剣を持つプルメィラの姿があった。
「戦闘中に周りを警戒しないとは、戦争経験はなしかい? ヴァルレーツァ君」




