第29話
その日の昼休み。
マルキュナは教室でいつもの肉挟みパンを頬張っていた。
「マルっちー! 朝のあれ、最高だったねー! レオっちがあんなに赤面するだなんて、なんか可愛かったよね! 耳まで真っ赤になって机に突っ伏するなんて、小説以外で初めて見たよ!」
クラリーンはそう言って、ちらちらとレオニードの机を見て笑った。
レオニードはどこかに行っており、空席だった。
「いない人を陰で弄るのよくないよ」
「でも、もう学校中の噂になっているよ」
あまりにも早い情報伝達。
その一端はおそらくクラリーンであろう。
「ただ髪の毛触っただけじゃん」
「ただじゃないよー。あの勇者様が女子に髪弄られて赤面するなんて、今年一番の可愛い瞬間だってみんな言ってるもん。ねえ、マルっち。今度はレオっちと一緒に買い物行ってみたら? 二人で街歩いたら楽しいかもよ?」
クラリーンはいたずらっぽく目を細めた。
「……意外と嫌いじゃないんでしょ?」
マルキュナは言葉に詰まった。
記憶の奥で、朝のレオニードの赤い顔と、髪に触れたときの柔らかさが蘇る。
(嫌いじゃない……? ううん、でも……)
「え……まだ友達、かな?」
「ふふっ、『まだ』ね。おっけー」
クラリーンはマルキュナの肩を軽く突いた。
「……もう。お手洗い行ってくる」
マルキュナは少しむくれ面を残し、席を立った。
「行ってらっしゃーい」
見えてはいないが、クラリーンはきっとニヤニヤと手を振っているのだろうと、マルキュナは感じとった。
昼下がりの廊下は慌ただしかった。
食堂で買ったパンを抱えた男子生徒たちが、笑い声を上げながら走り抜けていく。
「あのっ! マルキュナさん!」
すると後から声がした。
振り向くと、シェルミルが立っていた。
背筋をピンと伸ばしている。
「シェルミル、何か用?」
「少しだけ、お話よろしいですかっ!?」
小柄な体から出る勢いと、真剣な瞳が妙に可愛らしい。
こういう子を好きになる女子がいるのも、なんとなくわかる気がした。
「あー、ごめん。お手洗い済ませてからでもいい?」
「へあっ!? す、すみませんすみません! もちろんです! いってらっしゃいませ!」
声が大きすぎて、周囲の何人かがこちらを見た。
「もう、声でかいから。ここで待っててね」
マルキュナは一旦その場を去った。
お手洗いから出てくると、周囲を警戒しているシェルミルの姿があった。
「わざわざ、ここで待ってたの?」
声に気づいた彼は、姿勢を正した。
「もちろんです! 護衛を任されておりますので!」
そう言って、敬礼までしてくる。
その仕草が、昔家庭教師をしていた頃の子供たちと重なって、自然と口元がゆるんだ。
「ありがとね。それで話って?」
「ここではなんですので、少し人気のないところでもよろしいですか?」
シェルミルは周囲をもう一度素早く確認しながら、小声で言った。
(きっとなにもされないだろう)
そう思えたのは、彼の雰囲気が純粋で、悪意というものを持っていないように感じられたからだ。
今思えば、ずいぶん軽率だったかもしれない。
でも、シェルミルという少年は、きっと誰に対しても同じような安心感を与えてしまうのだろう。
将来、それを悪用しないことを、心のどこかで願わずにはいられなかった。




