第28話
そしてまた学校が始まる。
その日は、朝から静かな雨が降っていた。
マルキュナは鞄を頭にかざしながら、寮から学校へと続く道を歩いていた。
足元で雨水が小さな水たまりを作り、歩くたびに柔らかい音を立てる。
髪には、先日の休みにクラリーンに買ったお揃いの髪留めが、付けられている。
時折、指先で触れては形を確かめる。
雨に濡れないよう、鞄の影を少しだけ髪留めの方へ寄せてやる。
いつもなら憂鬱に感じるこの通学路も、今日は不思議と鮮やかに映った。
雨は元々、彼女の嫌いなものではなかった。
肌を優しく冷やし、大地を潤す天からの恵み。
地元の村にいた頃は、雨が降ると頭を洗うこともしばしばあった。
ただ今日は、少し違っていた。
この髪留めだけは、濡らしたくなかった。
大切な思い出を、守りたい。
そんな想いが、雨音の中で彼女の心を温かく満たしていた。
教室に着くと、レオニードはいつもの席に座ったまま、こちらに気づいて振り向いた。
「おはよう、マルキュナ! 今日も元気そうだな!」
手を上げて挨拶をしてくる。
ここまではいつも通り。
今日はちょっと違った。
「おや、可愛らしいものを付けているな!」
目がマルキュナの髪留めに向けられ、指を差し、褒めてきた。
「あっ、ありがとう……」
「似合っているぞ! いつ買ったんだ?」
「休みの日に」
「そうか! それはよい休日だったな! とてもいいセンスをしている!」
(レオニードって人のことを褒めるんだ)
頬が緩む。
褒められるなんて、予想外すぎて変な笑顔になってしまった。
「そうなんだよー! めちゃくちゃ可愛いよね! うちもお揃っちー!」
クラリーンがレオニードの後ろから顔を出し、得意げに自分の髪留めを指差す。
「本当だ! いいなぁ! 二人ともとても似合っている! 俺も欲しいくらいだ! って男には似合わないか!」
レオニードが二人を交互に見比べて、照れくさそうに腕を組んで笑った。
「そんなこと、ないんじゃない?」
マルキュナはレオニードに近づいた。
そして、つんつんと逆立てられた金髪に、そっと指を伸ばす。
意外と柔らかい……。
指で軽く捻ってみても、掻き上げてみても、すぐに元に戻ってしまう。
人形の髪をいじるみたいに、つい夢中になって触り続けた。
「マルっちー。そろそろ止めてあげたら? レオっち、顔真っ赤だよ?」
クラリーンがいたずらっぽく笑いながら、レオニードの顔を指差した。
「え?」
マルキュナが視線を落とす。
レオニードは必死に頭を動かさないようにしながら、顔を限界までうつむかせていた。
耳の先まで真っ赤に染まり、首筋にまで赤みが広がっている。
「レオニード君、どうしたの?」
「あー、いやー、その……髪を弄られるというのは、思ったよりも気恥ずかしいものだなと……」
「……変態」
「へんっ!?」
レオニードが顔を上げ、目を見開いて口元をわなわなさせた。
「ははははっ! なによそれ! 冗談だって! やめてよもー!」
マルキュナはこらえきれずに腹を押さえて笑い出し、レオニードの頭を軽く数回ポンポンと叩いた。
「悪かった、悪かったわよっ。勝手に触ってごめんねっ。今度いい感じの髪飾りあったら探しておくから、許してっ」
「わっ、わかった……ありがとう」
レオニードはそのまま机に突っ伏してしまった。
マルキュナは彼の様子を覗きながら、自分の席に着いた。
クラスの女子たち、そして一部の男子までが、珍しい光景に好奇心を向けているのがわかった。
「勇者陥落」
その噂が、今日中に学校中に広がるのは、間違いなさそうだった。




