第20話
レオニードを取り巻く環境が異常だということは、すでに理解していた。
そもそも本物の聖女が存在する時点でおかしい。
それが彼の強引さに惹かれた結果かもしれないし、世の中には強引な男を好む女性もいるという話も聞いたことがある。
けれど、「世界に騙されている」という言葉は、明らかに突飛すぎた。
「信じてくれると嬉しいな! でも、理解できないのも正解だっ! それもマルキュナちゃんの良いところだからねっ! でも君が信じまいが、信じようがこの事実は変わらないんだ」
「もし本当だとして……なんで私にそんな話をしたんですか?」
「それはね……この話には続きがあるんだっ」
声色は相変わらず明るいのに、プルメィラの表情が険しくなった。
「続き……ですか」
「彼が勇者ってだけなら、まだよかったんだ。僕たち『賢人集会』でそれくらいならなんとか対処できるからね。あっ、賢人集会ってのは僕みたいな賢者の寄り合いだよっ! おじいちゃんとおばあちゃんばっかりで、僕は若い方なんだっ。といっても見た目は皆若いんだけどねっ」
またよく分からない単語が出てきた。
「話が逸れたね。それで、彼は……魔王でもあるんだ」
「……魔王?」
勇者であり魔王でもある。
そんな話は、どこかで聞いた記憶がある。
教室で友達と話していた戯言だ。
それが現実だと言われると、騙されているのは自分だけではないのかと、マルキュナは奇妙な感覚に襲われた。
「あの、本気で言ってますか?」
「本気も本気だっ! レオニードくんは勇者であり、魔王でもある。その二つの因子が、なぜか交わって両方が現界してる。本来あり得ないはずなのに、起きてしまってるからには認めるしかない。これは観測できている歴史上初の事態なんだ」
マルキュナはある違和感を思い出した。
新聞部での出来事だ。
レオニードが部長の肩に手を置いた瞬間、嫌な感覚が走った。
もしかしてあれが……と思ったが、すぐに「詐欺の常套手段かもしれない」と自分を戒めた。
しかし、次の瞬間、口から勝手に出た言葉は、
「それって、新聞部の部長さんがああなったのに関係していますか?」
自分の意思とは関係なく、物語の進行をスムーズにするためのセリフを、誰かに強制されているかのようだった。
無自覚でありながら、どこか本気の熱がこもっていた。
プルメィラはマルキュナの口元を指差した。
「今、本当にそれが聞きたかったのかい? 言わされた気がしないか? こういえば物事がスムーズに動くのではないかというような発言だね。もちろん僕は魔法なんて使ってないし、その感覚もなかったと思う。正直、まだこの状況を完全に信じてないよね? でも世界は信じさせようとする。君は無意識に信じてしまったんだ。これを、この現象を僕らは『勇者症候群』と呼んでいる。心の感染症みたいなものだね」
それ以降、マルキュナは一切口を開けなかった。
気持ち悪かった。
思ってもいないことを言わされる。
知らないはずのことを知っているような気がする。
思いたくもないことを思わされる。
関わりたくないのに、関わりを強制される。
そんな理不尽と、これからも付き合っていかなければいけない。
いや、付き合わされなければならない。
胃の底から込み上げるものが、喉元までせり上がってきた。
マルキュナは椅子を引いて、地面に両手をついた。
「おえっ……」
口から出たのは声だけだった。
何も出てこない。
お菓子を食べていなくてよかったと、なぜかその思考だけが異様に鮮明だった。
「大丈夫かいっ!?」
プルメィラが慌てて近寄り、背中を優しくさする。
「すまないっ。でも、今知っておかなければ、これからもっと大変になるから……。君は彼に気に入られている。そして世界の意思は、君を勇者の伴侶として選んだ可能性が高い。未だ君は役割を持っていないはずなのに、ずっと側にいるだろう? 僕らがレオニードの側にいるのは、彼を守るためじゃない。君だ。君がこの世界から消えた時、彼はきっと魔王になる。だから君は強くなる必要がある。守られる義務がある。辛いかもしれないけど……分かってくれ」
そんな言葉を耳にした気がする。
気がする、というのは、このときマルキュナは、すでに気を失っていたからだ。
耳の奥で高く鳴る音と、誰かに運ばれる感触だけが、彼女に残った最後の記憶だった。




