第19話
プルメィラが指を鳴らすと、二脚の椅子が現れた。
もう一度指を鳴らすと、白いテーブルクロスのかかった机が姿を現し、さらに一鳴らしで、湯気の立つ香り高い紅茶と色鮮やかなお菓子がその上に並んだ。
「さあさあ、座って座って!」
マルキュナは促されるままに席に着いた。
正面に、プルメィラが腰を下ろす。
「これは……一体どういうことですか?」
「まぁまぁ、まずはお茶でも飲んで落ち着いてくれたまえ!」
「……分かりました」
マルキュナは恐る恐る紅茶を口に含んだ。
銘柄は分からなかったけれど、滑らかな口当たりから、それが間違いなく高級なものだとすぐに伝わってきた。
プルメィラはテーブルに肘をつき、上目遣いにマルキュナを見つめながら微笑んだ。
「どうだい? おいしいかい?」
「はい……とてもおいしいです。紅茶を飲むのは初めてなんですけど、良いやつなんですよね? これ」
「そうなんだよ! お菓子も一緒に食べてみるといい。味わい深くなってよいよ? 遠慮しないで! さぁ!」
「すみません……今はそんな気分じゃなくて……」
いわば敵地のど真ん中。
いつ何が起こるかわからない緊張状態で、誰がティータイムをしたいと思うのか。
プルメィラはそんな様子を見て、わずかに目を伏せた。
(私は皆とは違うと伝えるのが、こんなにも難しいことだったなんて……)
「あー、そうだよねぇ。じゃあお菓子はいいか。この辺りに魔物はいないと思うが、君は心配性みたいだからねっ!」
プルメィラは再び指を鳴らした。
お菓子だけが消え去った。
マルキュナはもう一口紅茶を飲み干し、カップを置いた。
「それで、お話ってなんですか?」
プルメィラは椅子の背もたれに体を預け、口を開いた。
「勇者のこと、僕たちのこと……そろそろちゃんと知ってもらおうかと思ってね。と言っても、それほど多くのことは語れないんだけどもね」
「冗談……って感じじゃないんですよね? その……勇者とかっていうのは」
プルメィラはどこか困惑したような、それでいて「冗談であってほしい」と願うような、表情を浮かべた。
「そうだねぇ。マルキュナちゃんは、勇者ってどういう存在だと思ってるのかな? 聞かせてもらえるかい?」
「それは……魔王を倒した、存在? 子供の姿をしていたとか? 本にはそう書いてあった気がします」
「うん。それは間違いじゃないんだけどねぇ。大事なのはその本質の方さ」
プルメィラは指先で自分の頬を軽く叩きながら、言葉を選ぶように続けた。
「勇者ってのは、難しく言うと『事象』なんだ。ちょっと難しいかな? 少し陳腐だが、存在という言葉を使うなら、勇者は『勇者であるために』勇者として存在してるって感じかな。あれ? ややこしくなったかな?」
正直、いつものように何を言っているのかはよく分からなかった。
ただ、今回はどこか腑に落ちた。
「そこら辺の子供が『俺、勇者!』って名乗っても、可愛いなーって印象で終わるよね? その子供が魔王を本当に倒していたとしても、誰もそれを本当だとは思わないだろう?」
「そうですね」
「でも本物の勇者は違う。レオニードくんを見ていて、なんとなく『この人は勇者なんだな』って認識させられないかい? 彼が最強の魔法で世界を滅ぼせるようになった! なんて言ってもどこか説得力があるよね?」
「……時折、そう思わされます」
「そうなんだよ。『思わされる』ってのが大事なんだ。実際、私たちは思わされている。これはとても厄介なことだ」
「どういうことですか?」
「勇者は勇者としてあるために存在する。つまり、みんなは勝手に『勇者だ』と思わされるし、勇者らしい出来事が自然と起きる。例えば唐突に敵影が現れたりね」
プルメィラはレオニードたちが走っていった先を指差した。
「さらに勇者としてそれを解決する。ざっくり言うと、予定調和が勝手に回り始めるってことだねっ!」
「それは……私は彼に騙されてるってことですか?」
「んー……言葉って難しいなぁ。言うなれば、世界が僕らを騙そうとしてるってことかな? きっとレオニードくんも気がついていないと思うよ? 彼は純粋だからね」
「世界が……って言われても……」
何を言い出すのかと、マルキュナの思考は止まった。




