第16話
その日の放課後は、予想以上に大忙しだった。
マルキュナが部室のドアを開けた瞬間、
「場所は運動場にしましょう。観客席は講堂から椅子を持ってきて並べるだけでいいわ」
フルッツェラ先生がテキパキと指示を飛ばし、魔法研究部の生徒たちが手際よくサポートに回っていた。
「はい、先生! すぐに許可を申請してきます!」
「椅子は俺たちだけで十分運べます!」
勇者パーティの面々は、そんな様子を少し離れたところから遠巻きに見守っているだけだった。
ただ、そこにレオニードの姿はない。
マルキュナは部室の端の方へと足を向けた。
プルメィラとエリフィアナが椅子を向かい合わせて談笑していた。
「みんなきびきびしていていいねー! 魔法研究部に活気が戻ってきて何よりだよっ!」
「武闘大会かぁ。楽しみだなぁ! 俺も出てみたいなぁ」
「君が出たら大騒ぎだね」
「たまには運動もいいだろ?」
マルキュナに気づくと、プルメィラが手を振ってきた。
「おぉマルキュナじゃないかっ! 手伝いに来たのかい?」
「手伝いに、というか……」
いいんですか?
エリフィアナはともかく、あなたは元魔法研究部でしょ?
先輩たちも先生も動いているのに、そのスタンスで本当にいいんですか?
そんな思いをすべて飲み込み、マルキュナは答えた。
「見学しに来ました」
冷静に考えれば、何もしない方がいいに決まっている。
そう判断した自分が、勇者パーティのノリに負けてしまったことも、ひとまず考えないことにした。
「うんうん、わかるよ! こういうのって、見ている方が楽しいよな!」
「正直、無駄に関わらない方が事は円滑に運ぶだろうな。彼らもそう思ったからこその行動だろう。……もしくは勇者の導きか」
プルメィラの無邪気さに同意するような言葉を吐いたエリフィアナ。
その声音の端には、どこか含みがあった。
「昨日の今日でここまでやってのけるなんて……誰か見てたのかな」
マルキュナは何気なく言葉を漏らした。
その瞬間、部屋中の空気がぴたりと止まった。
全身を複数の視線に突き刺されるような、奇妙な感覚。
その圧の主は、どうやらプルメィラとエリフィアナの二人である気がした。二人は今も顔を向け合って楽しそうに話を続けている。
しかしその間も、常にマルキュナを、監視するように見ている。
「って、何言ってるんだろうね。あいつって本当に強引だから、逆に関わり合いたくなくて早めに終わらせたいだけだったりして?」
支離滅裂な言葉が、口をついて出た。
とにかく何か声を出すことで、その重苦しい空気を誤魔化そうとした。
だが、見られている感覚は一向に消えなかった。
息が徐々に荒くなり、心臓が周囲からの意識に締め付けられるように疼いた。
その張りつめた空気を、乱暴にぶち壊したのはあいつだった。
部室の扉が開け放たれる。
「みんな! 新しい仲間ができたぞ!」
レオニードが、一人の少年を連れて入ってきた。
少年はレオニードより頭一つ分小さく、素朴で地味な印象だった。
黒髪は短く整えられているが、少し目にかかっている。
小顔で、どこか女の子のようにも見える容姿をしていた。
マルキュナはようやく周囲からの注目から解放され、深く息を整えた。
「シェルミルっていいます! 武闘家です! よろしくお願いしますっ!」
その言葉に部室中が凍り付いた。
『武闘家』という言葉、
そしてそれを連れてきたレオニード、
今まさに目の前で大会をどうするかを話し合っている最中、
忙しい大人や生徒たちの時間を無駄にしているかのような状況。
マルキュナのストレスが頂点に達した。
気がついた時には、すでにレオニードの目の前に立っていた。
右手を大きく振り上げ、思い切りその頬を打ち据える。
「いい加減にしなさい! どれだけの人を巻き込んだと思ってるの! 全員に謝るまで許さないから!」
目を丸くするレオニードと、状況が飲み込めていないシェルミルを横目に、マルキュナは部室を後にした。
明日からもう、ここには来ない。
そう、心に固く決めた瞬間だった。




