第11話
次の日。
クラリーンから「放課後、遊びに行かない?」と誘われたマルキュナだったが、断らざるを得なかった。
今や彼女の貴重な放課後は、すっかりレオニードのご機嫌取りに占領されていたのだ。
といっても、特別なことをするわけではない。
部室に行って、椅子に座り、レオニードとプルメィラの会話を適当に相槌で流す。
それだけだ。
マルキュナは、そんな無意味な時間のために青春を捨て、クラリーンの誘いを蹴ったのだ。
真面目で損してるな……という、いつもの虚無感を抱きながら、今日も鞄を掴んで勇者部へと向かった。
部室に入ると、すでにプルメィラがいた。
難しい顔で魔法書を読みふけっている。
「おっ、マルキュナちゃんじゃないか! 今日も元気そうだねっ!」
マルキュナに気づくなり、プルメィラは顔を上げて手を振ってきた。
こちらのテンションが明らかに低いことなど、気にする様子はない。
むしろ、日に日に無駄に距離感が縮まっているような気さえする。
「……どうも」
マルキュナは、プルメィラに対してはそれほど嫌悪感を抱いていなかった。
比較対象がレオニードなので参考にならないが、廊下で出会えば挨拶くらいはする仲にはなっていた。
少なくともよそよそしさは抜けてきていた。
「レオニード君は?」
「まだ見ていないなぁ。今日は来ないのかな? 教室にはいなかったのかい?」
「教室にはもういなかったよ。てっきりここに来てるんだと思ってたんだけど」
「まだ今日は顔も見てないねぇ」
「そうですか……。何読んでたんですか?」
「これ? 魔法書だよ! 興味あるのかい?」
プルメィラは手に持っていた本を、嬉しそうにこちらへ向けて見せてきた。
魔法書であることは、学校の生徒なら誰でもわかる。
ただ、この会話で本当に聞くべきは「内容」か「読んでいる理由」だと、普通ならすぐに気づくはずだった。
しかしマルキュナは気づかない。
どこかズレている。
そういうところが、彼女の苦手意識を刺激した。
「何の……魔法書なんですか?」
「これかい? 説明すると難しいね! 恋の魔法らしいんだが、確率干渉か、共感回路の強制同期かで悩んでるんだよ。マルキュナちゃんはどっちがいいと思う? 僕としては強制同期の方がリスクが少ないとは思うんだけどね?」
普段は抜けているように見えて、魔法の話になると専門用語を連発するのも、苦手な要因の一つだった。
マルキュナは決して勉学ができないタイプではなかったが、魔法理論に関しては独学……というか感覚で覚えたため、あまりよく分かっていなかった。
マルキュナは、考えるふりをした。
もちろん時間を稼いでいるだけで、何も考えてはいない。
「どちらもよくないんじゃないですか?」
そして、適当に答えを出したふりをする。
プルメィラは目を丸くした。
そして魔法書に目を落として、
「そうか! そうだね! たしかにどちらもやめたほうがいい! 確率干渉はいらぬ次元の歪みを生みかねないし、強制同期が逆流したら厄介ごとが倍になるからね! ありがとう、マルキュナちゃん!」
満面の笑顔を見せて感謝を伝えてきた。
マルキュナは何が解決したのか全くわからなかった。
(でも、何か役に立てたなら……まあいいか)
ようやく彼女は椅子に腰を下ろした。
すると、扉が壊れるのではないかという勢いで開いた。
「失礼するぞ」
巨大な女性が部屋に入ってきた。
その後ろにレオニードの姿が見えた気がしたが、今のマルキュナにはそんなことはどうでもよかった。
目が吸い寄せられるように彼女へ固定されていた。
文字通り大柄で、圧倒的な存在感。
しかしその顔立ちは美しく整っていた。
血を浴びたような鮮烈な赤髪を長く腰まで流し、瞳は歴戦の兵士すら凌駕する鋭さを宿している。
隙を見せれば、瞬時に殺されるのではないか、そんな威圧感が全身から溢れ出ていた。
その女性の背後からレオニードが顔を覗かせた。
「遅れてすまないな! 新しい仲間を連れてきたぞ!」
左手を軽く上げ、挨拶してくる。
唯一、この状況を気にしていないのはプルメィラだった。
「おー! エリフィアナじゃないか! 初めて見たな! いきなり聖女を連れてくるなんて、やるなぁ! ナイスだぞ、レオニードくん!」
拳を突き出し、親指を立てて笑う。
エリフィアナという名に、マルキュナも聞き覚えがあった。
それは個人の名前ではない。
教会の壁や聖典に刻まれる、聖女の名前そのものだった。
彼女がその名を名乗れるということは、つまりそういうことだ。
エリフィアナが口を開き、
「おぉ、よろしくな。お前が賢者で……こっちが、誰だっけ?」
マルキュナを指差した。
「マルキュナです。よろしくお願いします」
マルキュナは頭を下げた。
彼女がこの国にとって、どれほど重要な人物であるかは、なんとなく理解していた。




