第10話
その日の放課後。
フルッツェラ先生に呼び出され、マルキュナは部室棟へと向かった。
部室棟は学校本館とほぼ同じ大きさの建物で、通路でつながっている。
「一生来ることはないと思ってたのに……」
マルキュナは入学してからすぐに、学業以外はすべて仕事に充てていた。
この学校は簡単な事務作業や、入学前の貴族への家庭教師の斡旋を生徒に行っていた。
マルキュナも例外なく主な仕事としていた。
魔法学校の生徒という肩書きだけで十分に価値があるため、変な仕事には逆に就けなかった。
その安定した収入が、マルキュナがこの学校に来た最大の理由でもあった。
結局世の中金なのだ。
部室棟に入り、すぐの廊下を曲がると、重厚な木製の扉が左手に現れる。
この位置取りはヒエラルキーそのものだ。
重要な部室ほど下の階・通路に近い場所に置かれている。
(レオニードはこの部屋を手に入れたのか……)
マルキュナは扉をノックした。
「入ってくれ!」
聞き覚えのある、元気のいい声が即座に返ってきた。
レオニードだ。
マルキュナはドアを引き、中に入った。
少し緊張した面持ちだったが、「あいつがいるなら遠慮する必要もない」と自分に言い聞かせた。
室内は見た目通り広かった。
木製の分厚い長テーブルが中央にあり、同じ素材の椅子が何脚か並んでいる。
奥にはおそらく部長用の机があり、その椅子にレオニードが堂々と腰掛けていた。
今日は魔法研究部が休みなのか、それとも追い出されたのか、彼一人だった。
「どうだ! 勇者部だ!」
座ったまま両手を広げて出迎えてくる。
その顔は「褒めてくれ」と全身で訴えていた。
マルキュナはもう、怒る気も腹が立つ感情も失っていた。
なぜなら、この勇者部は正式に部費が承認され、その一部に「レオニードの世話」という名目が含まれていたからだ。
これはフルッツェラ先生の計らいか、それとも「これ以上魔法研究部に関わらせるな」という暗黙の警告か。
どちらにせよ、レオニードと部活をすることでなぜか給与が発生する仕組みになっていた。
(遊んでいるだけでお金貰えるなら……いいか)
しかもその額は、マルキュナが今まで働いて得ていた金額をはるかに超えていた。
納得いかないと言えば、カッコつけすぎかもしれない。
ただ、この学校における部活の頂点とは、そういう存在なのだと嫌でも理解せざるを得なかった。
「どうだ、じゃないでしょ。急に呼び出して、どうしたの?」
「うむ! 今日からここが勇者部の部室になったぞ!」
「それは知ってるけど、他の魔法研究部の人たちは?」
「彼らは基本的に魔法研究棟で模擬訓練をするらしい。ここでは会議くらいしかしてなかったそうだ。だから、この部屋は俺たちだけで使っていいことになった!」
つまり、「この部屋をあげるから、本当に関わらないでくれ」というメッセージだった。
「それで、部活って何するの? 何もないなら家庭教師の仕事行きたいんだけど」
「それがだな、今日は紹介したい人がいるんだ」
「紹介したい人?」
マルキュナが室内を見回すが、誰かの気配はない。
「出てきていいぞ」
レオニードが自分の足元に向かって呼びかけると、
「やぁやぁ! 待たせたね! プルメィラが登場! ここに見参!」
机の下から飛び出してきたのは、プルメィラという女性だった。
身長はマルキュナより少々大きい。
飛び出てきた慣性で、腰まである黒地に青いラインが入った髪が上下に揺れる。
揺れたのは髪だけではなく、女性らしい曲線もだったが、マルキュナはあえて気にしないことにした。
発育の差は環境の差も大きいからと無理やり納得させた。
そしてそれ以上に、「また面倒くさそうな人が現れた」という感想だけが頭に残った。
レオニードが盛大に拍手する。
「彼女はプルメィラ、賢者だ。元々魔法研究部にいたんだが、勇者パーティに入ってもらうことにした!」
「どうもー! 君はマルキュナちゃんだよね? よろしく頼むよっ!」
手を差し出してくる。
マルキュナは先輩だろうと思い、近づいてその手を握った。
「あの……レオニード君に負けたトップの人ですか?」
「違う! あれは先輩方だね! 僕は寝坊してて戦ってすらいないんだからっ!」
マルキュナはこの人の「僕」という一人称は一旦スルーすることにした。
短時間で「気にしないことにする」回数が急増しそうだったが、レオニードに関わる限りは仕方ないのかもしれない。
「プルメィラは戦ってないけど、その潜在能力は計り知れないものを感じたんだ! だから連れてきた!」
「連れてきた、じゃないわよ。人を物みたいに言うんじゃないの!」
レオニードの失礼な物言いに、マルキュナは考えるより先に言葉を返した。
これも今後増えそうだな、と心の中で重ねて思った。
レオニードが椅子に腰かけて両手を上に跳ね上げ、天井を仰いだ。
「ということで、まずは三人! あとは二人! 協力して集めようぜ!」
こうして無事、部室の侵略には成功した。
しかし、肝心の目的はまだ不明瞭なままだった。
魔王を倒すなんて、学生がすることなのか?
人数を集めたからといって、どうにかなる問題なのか?
マルキュナはふと思い出した。
疑問は増えるばかりだったが、一つだけどうしても確認したいことがあった。
入学式の日、
『賢者や武闘家、僧侶……いや、聖女でもいい!』
と、レオニードが言っていた。
プルメィラは賢者だという。
あとは武闘家、僧侶、あるいは聖女がここに追加されるのだろうか?
それでは自分は、いったいどの役割なのだろうか、と。




