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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ
第4章

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第73話 獣王国の道案内

 観測拠点を後にし、一行は再び大陸中央部への道を進んでいた。


 道なき道を進む中、ノアの案内は、これまで以上に重要な役割を担うようになっていた。地図にも記されていない地形を、彼は確かな足取りで読み解き、一行を導いていく。周囲の草木は、日を追うごとに、その姿を大きく歪ませていた。太陽の位置さえも、時折不確かに感じられるほどだった。


 「この先は、少し険しい地形が続く。足元に気をつけて」


 ノアの声は静かだったが、その言葉には、これから向かう道への確かな警戒が滲んでいた。


 ノアの指示に従い、一行は慎重に歩を進めた。周囲の風景は、これまで以上に異様さを増しており、獣道すらも、次第に見分けがつかなくなっていく。それでも、ノアの足取りには、一切の迷いがなかった。長年一族に伝わる知識と、獣人としての鋭敏な感覚が、確かにこの困難な道のりを、静かに切り開いていた。





 その日の夕方、野営の準備を整えながら、ノアは焚き火の傍らで、一行に向けて静かに口を開いた。焚き火に照らされたその表情には、いつもとは違う、確かな決意の色が浮かんでいた。


 「今夜は、少し長い話をさせてほしい」


 その静かな一言に、これから語られる話の重みが、すでに滲み出ているようだった。皆が、自然と居住まいを正した。


 その言葉に、一行の視線が、自然とノアへと集まった。夕暮れの薄闇の中、焚き火の炎だけが、皆の表情を静かに照らしていた。


 「これまで、獣王国の伝承の断片は、幾つか伝えてきた。だが、まだ語っていないことがある」


 ノアは、焚き火の炎を見つめながら、静かに続けた。その口調には、これから語る話への、確かな重みが込められていた。


 「私の一族には、過去に『聖剣の使い手』が辿った道筋の記録が、代々伝えられている」


 その一言が、静まり返った野営地に、静かに、しかし確かな重みを持って響いた。誰もが、次の言葉を待つように、息を潜めていた。





 「道筋の、記録……」


 レインが、静かに繰り返した。これまで断片的にしか知り得なかった伝承が、こうして具体的な記録という形を持っていたことに、静かな驚きを隠せなかった。


 「ああ。九百八十年前、この地を訪れた聖剣の使い手が、どのようなルートを通り、どのような困難に遭遇したのか――その詳細が、私の一族の中にだけ伝わる巻物に、記されている」


 ノアの声には、代々受け継いできた責任の重さと、それを今ここで果たそうとする確かな決意が滲んでいた。


 ノアは、懐から古びた巻物を取り出した。獣王国の紋様が刻まれたその巻物は、長い年月を経てきたことを物語るように、端がわずかにすり切れていた。丁寧に保管されてきたことが窺える、丁寧な扱いで、ノアはそれを焚き火の明かりの下に広げた。


 「これが、その記録だ」


 巻物を広げると、そこには、古い文字と共に、大陸の地形を示す簡素な図が描かれていた。カイは、思わず身を乗り出して、その図を覗き込んだ。





 「この記録によれば、過去の使い手も、この辺りを通ったということですか」


 カイの問いに、ノアは頷いた。地図の一点を指し示すその指先には、確かな自信が滲んでいた。


 「ああ。正確なルートは、今の地形とは多少異なるだろう。九百八十年という歳月の中で、大地の姿も変わっているはずだからな。それでも、大まかな道筋は、今、私たちが辿っている道と、驚くほど重なっている」


 ノアの言葉に、一行は改めて、この巻物の持つ意味の大きさを実感していた。


 巻物に描かれた図を、ノアは指でなぞりながら説明を続けた。指先の動きは丁寧で、その一つひとつの地名や記号に、確かな敬意が込められているようだった。


 「ここに描かれているのは、かつての森。そしてここが、『世界の傷』へと至る境界線だ」


 その説明に、一行は、これから向かう道のりの先に、確かな史実の裏付けがあることを、改めて実感していた。単なる伝承や言い伝えではなく、実際にこの道を歩んだ先人の記録があるという事実は、これから先の未知の道のりに対する、確かな心の支えになっていた。





 「一つ、興味深い記述がある」


 ノアが、巻物の一節を指し示した。指先が触れる箇所には、他の部分より少し色褪せた文字が並んでいた。


 「過去の使い手は、単独ではなく、複数の仲間と共にこの地へ向かった、という記述だ」


 その言葉に、カイの表情が、わずかに動いた。


 「仲間と共に……」


 その一言には、これまで一人で背負ってきたつもりの重圧が、静かに解けていくような、そんな響きがあった。


 「ああ。名もなき若者だったというその使い手は、遺跡から偶然剣を見出した後、一人で戦い続けることはしなかった。彼と志を同じくする者たちが集まり、共に大陸を巡ったという記録が、ここに残されている」


 ノアの言葉に、カイは静かな連帯感を覚えていた。九百八十年前の名もなき若者もまた、自分と同じように、仲間と共に、この困難な道を歩んだのだ――その事実が、これまで漠然と抱いていた重圧を、少しずつ、確かな支えへと変えていくのを感じていた。焚き火の炎を見つめながら、カイは自分の手の中にある聖剣の重みを、改めて確かめるように、そっと握りしめた。





 「その使い手について、他にはどんなことが分かっているんですか」


 リリアが、興味深そうに尋ねた。医療班として、これまで多くの人々の在り方を見つめてきた彼女にとって、九百八十年前の名もなき使い手の人物像は、強く興味を引かれるものだった。


 「詳しいことは、多くが失われている。だが、幾つかの断片は残っている。彼は、争いを好まない、穏やかな性格だったという。それでも、いざという時には、誰よりも勇敢に剣を振るったと伝えられている」


 ノアの説明に、カイは、自分自身の在り方と、その名もなき使い手の姿を、静かに重ね合わせていた。英雄になりたいわけではなく、ただ、守りたいものを守るために剣を握る――その想いは、時代を超えて、確かに受け継がれているものなのかもしれない。かつてガルドにかけられた「守りたいものを守ればいい」という言葉が、今、九百八十年前の使い手の在り方と重なり、カイの中でより確かな輪郭を持ち始めていた。


 「仲間たちについては、何か記録が」


 アルドリッジが、静かに尋ねた。異なる立場の者たちが、少しずつ、確かな信頼を築き上げてきた証が、こうした何気ないやり取りの端々にも、滲み出ていた。


 「詳細な人数までは分からない。だが、少なくとも数名の仲間が、共に旅をしたと記されている。それぞれが、異なる技術や知識を持ち寄り、互いに支え合いながら、この地を目指したという」


 ノアの語る記録の内容は、まるで今この場にいる七人の姿を、そのまま映し出しているかのようだった。





 「まるで、今の俺たちみたいですね」


 カイが、ふと呟いた。焚き火を囲む面々の顔を、一人ひとり見渡しながら。その声には、これまでの緊張が、少しだけ和らいだような、穏やかな響きがあった。


 その言葉に、一行の間に、静かな笑みが広がった。レイン、カイ、ガルド、リリア、ノア、アルドリッジ、そして魔導連邦の観測技師――異なる立場、異なる出自を持つ七人が、こうして一つの目的のために、共に歩んでいる。九百八十年前の光景と、今この瞬間の光景が、静かに重なり合っているようだった。


 「歴史は、繰り返すというわけではない。だが、似た形を辿ることは、あるのかもしれないな」


 レインが、静かにそう呟いた。夜空を見上げるその横顔には、確かな感慨が浮かんでいた。





 巻物を丁寧に巻き戻しながら、ノアは、改めて一行を見渡した。焚き火の炎に照らされた七つの顔には、それぞれ異なる表情が浮かんでいたが、そこに宿る想いは、確かに一つに重なっているようだった。


 「私の一族は、代々この道を語り継ぐ役目を負ってきた」


 その声には、これまでの寡黙な語り口とは違う、確かな熱を帯びた響きがあった。焚き火の炎が、ノアの瞳に映り込み、静かに揺れていた。長年、一族の中でだけ語り継がれてきたこの重みを、今、初めて他者と分かち合っているという実感が、その表情には確かに浮かんでいた。


 「長老たちから受け継いだこの記録を、実際に生かす機会が訪れるとは、正直、思っていなかった。今、あなたたちを案内できることを、誇りに思う」


 その言葉に、焚き火を囲む一行の間に、静かな感動が広がった。ノアという青年が、これまで背負ってきた責任の重さと、それを今この瞬間に果たせているという確かな喜びが、その表情から伝わってきていた。





 「ノア殿の一族の役目、俺たちが必ず、意味あるものにしてみせる」


 ガルドが、力強く言った。かつて勇者パーティーの一員として、様々な使命と向き合ってきた彼の言葉には、確かな重みがあった。


 「ああ。俺も、ノアさんの案内があってこそ、ここまで来られたと思ってます」


 カイもまた、素直な感謝の言葉を口にした。この数日、ノアの存在がどれほど大きな支えになってきたか、改めて実感しながら。


 ノアは、しばらく黙って皆の言葉を受け止めていたが、やがて静かに頭を下げた。感情を表に出すことの少ない彼にしては珍しく、その所作には、確かな感慨が滲んでいた。


 「こちらこそ、感謝する。この記録は、長年、ただ受け継がれるだけのものだった。それが今、皆と共に、確かな意味を持つ旅の一部になっている」





 夜が更けていく中、レインは手帳を開き、この日聞いた話を静かに書き記した。周囲では、それぞれが野営の準備を終え、静かな休息に入ろうとしていた。


 「ノア殿から、獣王国に伝わる聖剣の使い手の記録について、詳細を聞いた。九百八十年前の使い手も、単独ではなく仲間と共にこの地を目指したという。カイにとって、この事実は、大きな支えになっているようだ。ノア殿の一族が代々守ってきた役目が、今、確かな形でこの遠征に活かされている」


 書き終えたところで、レインは静かに夜空を見上げた。星々の光の下、九百八十年前に同じ道を歩んだであろう名もなき仲間たちの姿を、レインは静かに思い描いていた。彼らもまた、こうして夜空を見上げながら、明日への希望と不安を、静かに抱いていたのかもしれない。


 歴史は繰り返さない。だが、人が困難に立ち向かう時、そこには常に、支え合う仲間の存在があるのかもしれない。その普遍的な真実が、この夜、確かな形で一行の胸に刻まれていた。


 焚き火の灯りが、静かに揺れている。大陸中央部への道のりは、まだ半ばだった。それでも、ノアの案内と、九百八十年の時を超えて受け継がれてきた記録という、確かな道標を得たことで、一行の足取りには、これまで以上の確信が宿っていた。


 ガルドは、見張りの番につく前に、もう一度ノアの巻物を思い返していた。九百八十年前の仲間たちも、こうして夜ごと、それぞれの不安と向き合いながら、旅を続けたのだろう。時代も種族も違えど、困難に立ち向かう人の心の在り方は、そう大きく変わらないのかもしれない――そんな感慨を、ガルドは静かに噛みしめていた。


 リリアもまた、その夜、なかなか寝付けずにいた。九百八十年前の名もなき使い手の話が、頭から離れなかった。「争いを好まない、穏やかな性格」という人物像が、なぜか、遠く離れた場所で静かな贖罪を続けているというアレンの姿と、重なって見えた。時代を超えて、剣を握る者たちの心の内には、共通する何かがあるのかもしれない――そんな思いを抱きながら、リリアはゆっくりと目を閉じた。


 アルドリッジは、この記録の存在に、静かな感銘を受けていた。帝国の歴史書には決して記されることのない、こうした個人の記録が、獣王国では大切に守り継がれてきた。国の在り方の違いを、こんな形でも実感することになるとは、彼自身、思ってもみなかった。


 魔導連邦の観測技師もまた、巻物に記された古い文字の解読に、研究者としての強い関心を示していた。可能であれば、後でこの記録を、正式な形で書き写させてもらえないかと、ノアに申し出るつもりだった。歴史的価値のある資料として、この記録を後世に伝えることもまた、意味のあることだと、彼は考えていた。


 それぞれが、それぞれの形で、今夜聞いた話の重みを、静かに胸に刻んでいた。九百八十年という長い時を超えて、今、確かに繋がっている何か――その存在を、一行の誰もが、言葉にせずとも、確かに感じ取っていた。

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