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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ
第4章

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第74話 閑話・道中の夜語り

 その夜、野営の準備を終えた一行は、いつもより少しゆったりとした時間を過ごしていた。


 翌日からは、いよいよ「世界の傷」に近い地域へと入っていく予定だった。緊張の続く旅路の中で、この夜は、久しぶりに心を休められる、貴重な時間になりそうだった。空には、これまでの旅路で見てきたどの夜よりも、澄んだ星々が瞬いていた。


 焚き火を囲みながら、誰からともなく、これまでの人生についての話が始まった。





 「私は、元々は聖女として、王都の教会にいたんです」


 リリアが、静かに語り始めた。焚き火の炎が、彼女の横顔を、柔らかく照らしていた。皆の視線が、自然と彼女へと集まっていった。


 「幼い頃から治癒の力があると分かって、教会に預けられました。厳しい修行の日々でしたが、人を癒す力があることを、誇りに思っていました」


 「勇者パーティーに、聖女として加わったんですよね」


 カイが、確認するように尋ねた。焚き火の向こうで、リリアの表情の変化を、注意深く見つめながら。


 「ええ。最初は、光栄なことだと思っていました。ですが……」


 リリアは、少し言葉を濁した。焚き火の向こうを見つめる視線には、当時の記憶を辿るような、複雑な色が浮かんでいた。膝の上に置いた手を、そっと握りしめていた。


 「パーティーの中で、次第に歯車が狂っていくのを、止められませんでした。アレンの功名心、ガルドさんとの軋轢、クロエさんの離脱――そして、レインさんの追放」





 「あの頃のことは、俺も後悔してる」


 ガルドが、低い声で口を挟んだ。両膝に肘をつき、焚き火を見つめるその姿勢には、これまでにない率直さがあった。周囲の面々も、静かにその言葉に耳を傾けていた。


 「装備の悪さを詰った俺の態度も、決して褒められたもんじゃなかった。今思えば、もっと違うやり方があったはずだ」


 「私も、何も言えずにいました。聖女として、パーティーの調和を保つ役目もあったはずなのに」


 リリアの声には、今も消えない後悔が滲んでいた。膝の上で組んだ両手に、力がこもるのが見えた。


 「でも」


 リリアは、顔を上げ、静かに続けた。


 「今こうして、レインさんの傍で、医療の仕事に携われていることを、心から良かったと思っています。聖女という肩書きよりも、今の自分の方が、ずっと自分らしいと感じられるから」


 リリアの言葉には、静かながらも確かな決意が滲んでいた。かつての栄誉ではなく、今この場所で得た実感こそが、自分にとっての本当の誇りなのだと、その声は物語っていた。





 「私からも、少し話をさせてください」


 アルドリッジが、静かに切り出した。旅路を共にしてきたこの数日で、彼の口調にも、これまでより自然な柔らかさが宿るようになっていた。皆が、興味深そうに彼へと視線を向けた。


 「帝国の宮廷には、様々な派閥があります。力による統治を志向する強硬派、それに疑問を持つ穏健派――私は、後者に属していますが、宮廷の中では、常に少数派でした」


 「肩身が狭かったんじゃないですか」


 カイが、素朴に尋ねた。率直なその問いかけに、アルドリッジは思わず小さく笑った。


 「ええ、正直に言えば」


 アルドリッジは、苦笑しながら答えた。焚き火の明かりに照らされた表情には、これまで語られてこなかった、確かな苦悩の跡が見て取れた。


 「学院を出て、文官として働き始めた頃は、理想に燃えていました。ですが、宮廷の現実は、そう甘いものではありませんでした。声を上げても、簡単にはかき消されてしまう。そんな日々の中で、時折、無力感に苛まれることもありました」





 「それでも、変わらず声を上げ続けてきたんですね」


 リリアが、静かに問いかけた。その声には、同じように理不尽な現実と向き合ってきた者同士の、確かな共感が滲んでいた。


 「はい。ロイのような友人たちの存在が、大きな支えになっていました。それに――」


 アルドリッジは、少し間を置いてから続けた。焚き火を見つめるその目には、確かな希望の色が宿り始めていた。


 「この遠征に参加して、皆さんと共に旅をする中で、改めて実感したことがあります。一人の声は小さくても、志を同じくする者が集まれば、確かな力になり得るのだと」


 その言葉に、焚き火を囲む面々が、静かに頷いた。





 「ノアさんは、獣王国では、どんな日々を過ごしていたんですか」


 カイが、寡黙なノアに向けて尋ねた。焚き火を挟んで向き合うその眼差しには、素直な好奇心が浮かんでいた。


 ノアは、しばらく考えるように黙り込んだ後、静かに口を開いた。普段は多くを語らない彼が、こうして自分自身のことを話そうとしている様子に、一行は自然と耳を傾けた。


 「私の一族は、伝承を語り継ぐ役目を、代々担ってきた。子どもの頃から、長老の下で、多くの言い伝えを学んで育った」


 「それって、大変なことだったんじゃないですか」


 カイが、素直な感想を口にした。長老の下で厳しく学んできたというノアの過去に、静かな興味を抱きながら。


 「大変、というより……時に、重荷に感じることもあった」


 ノアの言葉には、意外な率直さがあった。普段の彼からは想像もつかない、内面の複雑さが垣間見えた。焚き火を囲む面々も、その言葉に、静かに耳を傾けていた。


 「一族の役目を継ぐことは、生まれた時から決まっていた。それに疑問を抱いたことも、正直、一度や二度ではない」





 「じゃあ、なんで今も、その役目を続けているんですか」


 カイが、率直に尋ねた。焚き火の炎を見つめるノアの表情には、この問いに真摯に向き合おうとする、静かな覚悟が浮かんでいた。


 ノアは、焚き火の炎を見つめながら、静かに答えた。炎の揺らめきが、彼の落ち着いた横顔を、静かに照らしていた。


 「この遠征に加わる前、正直、迷いがあった。だが、実際にこうして旅を続ける中で、気づいたことがある」


 「気づいたこと、というのは」


 カイが、興味深そうに問い返した。焚き火の炎に照らされたノアの表情を、じっと見つめながら。


 「一族の役目は、ただの重荷ではなく、誰かの役に立つための、確かな力にもなり得るということだ。今、こうして皆を案内できていることに、これまで感じていた以上の意味を見出している」


 その言葉に、ノアの表情が、これまでよりも柔らかく緩んだように見えた。長年抱えてきた葛藤が、少しずつ、確かな形で報われていくような、そんな穏やかさがそこにはあった。





 「みんな違う場所から来たのに、今は同じ場所を目指してるんですね」


 カイが、ふと呟いた。その声には、これまでの旅路で積み重ねてきた実感が、静かに込められていた。


 その言葉に、焚き火を囲む面々が、それぞれ静かに頷いた。


 アーレントから来たレイン、カイ、ガルド、リリア。獣王国から来たノア。帝国から来たアルドリッジ。そして魔導連邦から来た観測技師――それぞれ異なる場所で生まれ、異なる人生を歩んできた者たちが、こうして一つの焚き火を囲み、同じ目的のために、共に歩んでいる。その光景は、静かでありながら、確かな重みを持っていた。


 「不思議なもんだな」


 ガルドが、しみじみと呟いた。焚き火の炎を見つめる横顔には、これまでの人生を振り返るような、静かな感慨が浮かんでいた。


 「勇者パーティーにいた頃は、同じ場所の出身なのに、どんどんバラバラになっていった。それが今は、こんなにバラバラな場所から来たのに、こうして一つになってる」





 少し離れた場所で、その様子を見つめていたレインは、静かな感慨を覚えていた。焚き火に照らされた仲間たちの顔を、一人ひとり見つめながら。


 この遠征は、当初、世界崩壊現象の正体を探るという、明確な目的のために始まったものだった。だが、こうして道中を共にする中で、その意味は、次第に大きく広がりつつあった。


 異なる国、異なる背景を持つ者たちが、互いの過去を語り合い、少しずつ、確かな絆を育んでいく。それは、単なる調査旅行では決して得られない、かけがえのないものだった。旅立つ前、まだ互いをよく知らなかった頃の、どこかぎこちない空気を思い返せば、この変化は、レインにとっても驚くべきものだった。


 魔導連邦の観測技師もまた、皆の話に耳を傾けながら、小さく口を開いた。これまで観測データの説明ばかりしてきた彼が、自身の想いを語るのは、この遠征で初めてのことだった。


 「私も、少し話してもいいですか。魔導連邦での研究生活は、決して自由なものではありませんでした。成果は常に組織のものとされ、個人の名が残ることは稀です。それでも、こうして現地で自分の目でデータを集める経験は、これまでにない、確かな充実感を与えてくれています」


 その静かな告白に、皆が頷いた。


 その言葉に、一行は、また一つ、互いへの理解を深めていった。焚き火を囲むそれぞれの表情には、旅の始めには見られなかった、確かな親しみが浮かんでいた。





 夜が更けていく中、レインもまた、静かに口を開いた。焚き火に照らされたその横顔には、これまであまり見せることのなかった、静かな穏やかさが浮かんでいた。


 「俺からも、少し話そう」


 その言葉に、皆の視線が集まった。焚き火の炎が、静かに揺れていた。


 「追放された日、俺は恨みも絶望も、あまり感じていなかった。それよりも、これから何ができるか、そのことばかり考えていた。だが今思えば、あの時の自分は、どこかで一人で歩むことに、慣れすぎていたのかもしれない」


 レインは、焚き火を見つめながら、静かに続けた。当時の記憶を辿るように、その声は、いつもより幾分か柔らかいものだった。


 「ミーナと出会い、この街の皆と出会い、そして今、お前たちと共にこの旅を続けている。一人では見えなかったものが、こうして皆と共にいることで、はっきりと見えてくる。それを、この遠征を通じて、改めて実感している」


 レインの言葉は、静かでありながら、確かな重みを持って、焚き火を囲む一人ひとりの胸に届いていった。


 その言葉に、焚き火を囲む誰もが、静かに、しかし確かな共感を示していた。皆それぞれの人生の物語が、こうして一つの夜の中に、静かに織り込まれていった。





 夜がさらに更けていく中、一人また一人と、静かな眠りについていった。


 最後まで起きていたレインは、手帳を開き、この夜のことを静かに書き記した。周囲では、皆が静かな寝息を立てて眠りについていた。


 「野営中、皆でそれぞれの過去を語り合った。リリアの聖女時代、アルドリッジの宮廷での苦悩、ノアの一族の役目――それぞれの背景を知ることで、この遠征が、単なる調査以上の意味を持ち始めていることを、改めて実感した。カイの『みんな違う場所から来たのに、今は同じ場所を目指してる』という言葉が、この夜の空気を、よく表していたように思う」


 書き終えたところで、レインは静かに夜空を見上げた。焚き火の残り火が、静かに揺れている。異なる場所から集まった旅人たちが、こうして一つの目的のために歩む夜――その光景は、これから待ち受けるどんな困難に対しても、確かな支えになるはずだった。


 明日、一行はいよいよ「世界の傷」に近づいていく。だが今夜だけは、それぞれの過去と向き合い、互いへの理解を深める、静かで温かな時間として、一行の記憶に刻まれることになるだろう。


 カイもまた、眠りにつく前、この夜の語らいを静かに振り返っていた。リリアの聖女としての葛藤、ガルドの過去への向き合い方、アルドリッジの理想と現実の間での苦悩、ノアが抱えてきた一族の重み――それぞれの話を聞くたびに、カイの中で、仲間たちへの理解が、確かに深まっていくのを感じていた。


 拾われる前の自分には、家族と呼べる存在も、故郷と呼べる場所もなかった。それでも今、こうして異なる背景を持つ仲間たちと、同じ焚き火を囲み、同じ目的地を目指している。この繋がりこそが、今の自分にとっての、かけがえのない居場所なのだと、カイは静かに実感していた。


 ガルドもまた、眠りにつく前、今夜の語らいの意味を、静かに噛みしめていた。勇者パーティーの崩壊という苦い過去を持つ自分が、今こうして、新たな仲間たちとの絆を、確かに築き始めている。その事実は、かつての自分には想像もできなかった、確かな救いだった。


 それぞれが、それぞれの想いを胸に、静かな眠りについていった。焚き火の炎だけが、夜通し、旅人たちの眠りを、静かに見守り続けていた。

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