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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ
第4章

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第60話 新たなる誓い

 目覚めてから三日が過ぎた頃、レインはようやく普段通りに体を動かせるようになっていた。


 まだ、こめかみの奥にわずかな鈍さが残っている。だが、意識も足取りも、確かなものを取り戻していた。執務室の椅子に腰掛け、レインは静かに一つの決意を固めていた。窓から差し込む朝の光が、机の上に置かれたままの手帳を、静かに照らしていた。


 「ミーナ、皆を集めてくれ。カイ、ガルド、エルナ、クロエ、セリア、リリア、ヴァルド――大事な話がある」


 「もう、体は大丈夫なの?」


 心配そうに尋ねるミーナに、レインは小さく頷いた。


 「これ以上、寝ているわけにはいかない。むしろ今回のことで、はっきりと分かったことがある。それを、皆に伝えなければならない」


 ミーナはしばらくレインの顔を見つめていたが、やがて静かに頷き、招集の手配に向かった。窓の外に広がる街並みを眺めながら、レインは自分の中で少しずつ形になりつつある考えを、改めて整理していく。神眼鑑定という力に頼りきってきたこれまでのやり方を、根本から見直す時が来ている――その確信は、倒れた三日間の間に、静かに、しかし揺るぎないものとして固まっていた。





 夕刻、未来商会の会議室に、主だった面々が顔を揃えた。


 ミーナ、セリア、エルナ、クロエ、リリア、カイ、ガルド、そしてヴァルド。皆、レインの容態を気にかけながらも、その顔にはいつも通りの確かな意志が宿っていた。これまで数々の困難を、それぞれの持ち場で乗り越えてきた面々だ。今夜もまた、新たな局面に向けて、静かな緊張と共に、確かな覚悟を胸に秘めていた。


 「まず、心配をかけたことを詫びる」


 レインが口を開くと、部屋の空気がわずかに引き締まった。


 「今回、神眼鑑定を限界まで使い、大陸中央部に太古の遺跡らしきものがあることを確認した。世界崩壊現象の核心が、そこにあるかもしれない。だが同時に、はっきりと思い知ったこともある。俺一人の力では、この先の脅威を見通しきることはできない」


 誰も、口を挟まなかった。皆、静かにレインの言葉に耳を傾けている。窓の外には、いつもと変わらぬ夕暮れのアーレントの街並みが広がっていたが、会議室の中の空気は、これまでにない張り詰めたものになっていた。


 「これまで、この街のあらゆる判断の起点には、俺の神眼鑑定があった。だがそれは、もう限界に来ている。だからこそ――」


 レインは一度言葉を切り、皆の顔を見渡した。


 「世界崩壊現象に専門で対応する部門を、新たに設立する。名を『災害対策局』とする。そして、この場にいる皆に、それぞれ正式な役割を担ってもらいたい」





 「まず、カイ」


 名を呼ばれ、カイが背筋を伸ばす。


 「お前には、実働部隊の要になってもらう。聖剣の力と、これまで培ってきた実戦経験を、この街と、いずれ訪れるであろう大陸規模の脅威への対応に活かしてほしい」


 「……分かりました」


 カイの声には、静かな覚悟が滲んでいた。かつて倉庫裏で空腹のまま眠っていた孤児の少年が、今、この街の未来を左右する重要な役割を担おうとしている。その事実の重みを、カイ自身、痛いほど感じていた。


 「エルナ、クロエ。二人には、研究部門の中心を担ってもらう。異変の観測データの解析、そして神眼鑑定に代わる、あるいはそれを補う新たな手段の研究――これまでの成果を、さらに大きな枠組みへと発展させてほしい」


 「望むところよ」


 エルナが力強く頷く。隣でクロエも、静かに、しかし確かな意志を込めて頷いた。二人の間には、これまでの研究生活で培われた、言葉を交わさずとも通じ合う信頼関係があった。


 「ガルドには、訓練指導を任せたい。実働部隊だけでなく、街全体の防衛力を底上げするための、体系だった訓練体制を整えてほしい」


 「任せとけ」


 ガルドが低い声で応じる。かつて勇者パーティーの剣士として培った経験が、今ようやく、まっすぐな形でこの街のために活かされようとしていた。装備の善し悪しを詰り、仲間との関係を拗らせていたあの頃とは違う。今のガルドには、守るべき場所と、信頼できる仲間たちがいた。


 「ミーナには、兵站を。物資の供給と管理、財政基盤の維持――これまで積み上げてきたお前の手腕が、この街の生命線になる」


 「もちろん」


 ミーナが、いつもの快活な笑みを浮かべて頷いた。先日の夜、レインに弱音をこぼしたことを思い出しながらも、あの時かけられた言葉のおかげで、今のミーナには確かな落ち着きがあった。一人で抱え込む必要はない――その実感が、これから先の重責を前にしても、揺らぐことのない支えになっていた。


 「セリアには、渉外の責任者を。四大国それぞれとの関係を維持しながら、この街が果たすべき役割を模索し続けてほしい」


 「承知しました」


 セリアが静かに、しかし確かな声で答える。かつて宮廷で身につけた外交の作法が、今、この街のために存分に活かされようとしていた。


 最後に、レインはリリアに目を向けた。


 「リリアには、これまで通り医療部門を統括してもらう。異変が本格化すれば、負傷者も増えるだろう。お前の力が、これまで以上に必要になる」


 「はい。全力を尽くします」


 リリアの声には、迷いのない決意があった。かつて聖女として王都で人々を癒していた頃とは違う、地に足のついた確かな使命感が、その表情には宿っていた。難民の受け入れを通じて培ってきた経験もまた、これから先の局面できっと大きな力になるはずだった。





 一通り役割を告げ終えたレインは、改めて皆の顔を見渡した。


 「一人で見通す時代は終わった。これからは、皆の力を合わせて、この先を切り開いていく」


 その言葉に、部屋にいた全員が、力強く頷いた。誰一人として、異論を唱える者はいなかった。それぞれが、自分の持ち場で、この街のために何ができるかを、すでに考え始めているようだった。


 これまでレインが一人で抱え込みがちだった重責が、今この瞬間から、皆で分かち合うべきものへと形を変えていく。それは、決して力を失うことではなく、むしろこの街が本当の意味で一つの共同体として成熟していく、大きな転換点でもあった。


 カイが、静かに一歩前に出た。腰に帯びた聖剣に手を添え、まっすぐにレインを見つめる。


 「一つ、言わせてください」


 「なんだ」


 「俺は、英雄だからじゃなく、この街と、この世界の人たちを守りたいから、戦います」


 その声は、決して大きくはなかった。だが、静かに、はっきりと、会議室の空気に染み渡っていった。かつて拾われた孤児の少年が、今、自分自身の意志で、この道を選び取っている。その姿に、レインは静かに目を細めた。


 獣王国の伝承で語られた、聖剣に選ばれた「名もなき若者」という存在。カイ自身、その重みを完全には受け止めきれていない部分があった。それでも今、自分の言葉で、自分の意志を語ることができている。それこそが、伝承の中の誰かの模倣ではなく、カイ自身の道を歩み始めている証だった。


 「英雄という言葉は、俺がお前の未来に見たものに過ぎない。だが、その言葉に縛られる必要はない。お前が今、その意志で選んだ道こそが、本当の意味での、お前自身の道だ」


 カイは深く頷き、静かに一礼した。


 ヴァルドが、満足げに頷きながら口を開く。


 「良い顔つきになったものだ。この街の未来は、明るいと言えるだろう」


 長年、辺境伯としてこの地を見守り続けてきたヴァルドにとって、この会議室に集った面々の顔つきは、これまでのどの瞬間よりも頼もしく映っていた。かつて崩壊した王国からの独立、帝国との事実上の合意――幾多の困難を乗り越えてきたこの街が、今また新たな試練に向けて、確かな一歩を踏み出そうとしている。


 その言葉に、会議室に、穏やかな笑いが広がった。緊張していた空気が、少しずつ和らいでいく。それぞれの胸に、これから始まる新たな挑戦への覚悟と、それを共に乗り越えられるという確かな安心感が、静かに満ちていった。





 会議を終えた後も、アーレントの日常は、これまでと変わらず続いていった。


 商人ギルドには相変わらず隊商が出入りし、診療所ではリリアが難民の子どもたちの検診を続け、自警団の詰所ではガルドとカイが新たな訓練体制の策定に取りかかっていた。エルナとクロエの研究室では、これまで以上に活発な議論が交わされるようになり、セリアの外交室では、四大国それぞれへの新たな文書が静かに練られていた。ミーナの帳場では、災害対策局の物資計画が、これまでの経験を活かして着実に組み上げられ始めていた。


 街の広場では、子どもたちが変わらず駆け回り、商店には日々の買い物客が訪れる。難民として辿り着いた人々も、少しずつこの街の暮らしに馴染み始めていた。表面上は、何も変わらない街の風景だった。だがその水面下では、大陸規模の脅威に立ち向かうための備えが、確かに、そして着実に進み始めていた。





 その夜、レインは執務室で一人、手帳を開いていた。


 窓の外では、アーレントの街灯りが、いつも通りの穏やかさで揺れている。だが今夜、レインの胸の内には、これまでとは違う確かな手応えがあった。一人で背負っていたつもりの重荷が、こうして皆に分かち合われることで、むしろより大きな力へと変わっていく――その実感が、静かに胸を満たしていた。


 ペンを取り、手帳に一行を書き記す。


 「神眼鑑定、限界を知る。だが、皆となら、この先も見通せるはずだ」


 そして、もう一行を加えた。


 「大陸中央部の遺跡――次の目的地は、そこだ」


 書き終えたところで、レインは再びペンを止めた。これまで、自分一人の力でどれだけのことを見通し、どれだけのことを成し遂げてきたか――その積み重ねに、いつしか奢りに近い感覚が芽生えていなかったかと、静かに自問する。だが今回、力の限界を身をもって思い知ったことで、改めて実感したことがあった。この街を、この仲間たちを守るためには、自分一人の力だけでは決して足りない。皆の力を、正しく借りることこそが、これから先に進むための唯一の道なのだろう。


 書き終えたペンを置き、レインはしばらく夜空を見上げていた。追放されたあの日から、どれほどの道のりを歩んできただろうか。辺境への旅、ミーナとの出会い、未来商会の設立、王国崩壊、都市国家アーレントの独立――そのすべてが、今この瞬間へと繋がっている。そして今、新たな脅威に向き合うための体制が、この街に確かに整いつつあった。


 思えば、あの追放の日に見た「王国が滅びる」という未来も、「辺境で商会を作る」という自分自身の選択も、今振り返れば、すべてがこの瞬間へと続く一本の道だったように思える。神眼鑑定という力に頼りながらも、その力だけに頼らず、多くの人々との出会いと信頼を積み重ねてきたことこそが、今のアーレントを作り上げてきた本当の礎だったのだろう。


 災害対策局の設立、そしてそこに集う仲間たちの顔を、レインは一人ひとり思い浮かべた。カイの静かな覚悟、エルナとクロエの探究心、ガルドの実直さ、ミーナの快活さ、セリアの知性、リリアの優しさ、ヴァルドの重み――そのすべてが、これから訪れる大きな試練を乗り越えるための、かけがえのない財産だった。


 鑑定士として、物の未来の価値を見通すことしかできなかった自分が、今ではこれほど多くの人々の未来を、共に切り開いていく立場になっている。その事実を、レインは静かに、しかし確かな誇りと共に、深く噛みしめていた。


 遠く、レインの視界の届かない場所――大陸中央部の、誰も足を踏み入れたことのない太古の遺跡で、その封印の力が、静かに、しかし確実に弱まり始めていた。それは、まだ誰の目にも触れることのない、次なる物語の始まりの兆しだった。地の底深く、長い眠りについていた何かが、わずかにその気配を強め始めている。だが、それに気づく者は、まだこの大陸のどこにもいなかった。獣王国の伝承に語られた「世界の傷」――その正体もまた、いずれ明らかになる日が来るのだろう。


 アーレントの夜は、今夜もまた、穏やかに更けていく。だが、その先に待つ大きな試練に向けて、この街と、そこに集う人々の歩みは、すでに確かな一歩を踏み出していた。一人ではなく、皆で見通し、皆で立ち向かう――その新たな誓いこそが、これから訪れる大陸規模の脅威に対する、何よりも確かな備えとなるはずだった。


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