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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ


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第6話 最初の商売成功

 廃坑から戻った翌日、俺は一人で商人ギルドに向かった。


 ミーナには宿で待っていてもらった。理由は単純だ。獣人への目が厳しい場所では、俺が一人で動いた方が話が早い。建前としては「情報収集だから足が速い方がいい」と言ったが、ミーナは特に不満を言わなかった。ただ「分かった。戻ったら全部話せ」とだけ言って、手帳と算盤を広げた。


 宿の部屋で自分の計算をするつもりらしかった。


 商人ギルドはアーレント領都の大通りに面した、石造りの建物だ。入り口の上に天秤のレリーフが刻まれており、ロウゲイトのギルドより二回りは大きい。中に入ると、広い受付フロアに五、六人の商人が書類を広げていた。


 俺は受付に向かい、見学者として登録を済ませた。正式な商人証は持っていない。だが鑑定士の資格証があれば、情報の閲覧棚と掲示板は使わせてもらえる。


 掲示板を一通り眺めた。


 仕入れ情報、売り手募集、輸送の依頼。その中に、辺境伯絡みの案件はない。当然だ。貴族との直接取引は、ギルドを経由しないことも多い。


 俺は棚の閲覧記録に目を通しながら、神眼鑑定を静かに流した。


 ギルドの建物そのもの。現在価値、安定した商業拠点。未来――三年後、アーレント全体の商業規模が拡大するにつれ、ここが大陸規模の交易の中継点として機能し始める。ギルド長の椅子も変わる。


 ギルドに出入りする商人たち。それぞれに神眼鑑定を走らせる。大半は平凡な軌跡だ。だが一人、奥のテーブルで書類を広げている初老の男の情報が目に引っかかった。


 商人。年齢、五十八歳。現在の状態――困窮、期日が迫る取引、精神的疲弊。手がけている商材、薬草。現在の問題――大量に仕入れた薬草の買い手が急遽取引をキャンセルし、在庫が捌けなくなっている。未来――このまま在庫を抱え続ければ、品質が劣化する前に損切りするしかなくなる。


 俺は少し考えた。


 神眼鑑定で薬草の束に視線を向ける。


 薬草各種。現在価値、適正相場通り。未来価値――その中の一種、青みがかった葉を持つ束。現在相場、銀貨二十枚。四ヶ月後の相場、銀貨六十枚。理由――北の街道が季節的に封鎖され、産地からの供給が減る。


 俺は男のテーブルに近づいた。



  *



「少しよろしいですか」


 男が顔を上げた。疲弊した目だったが、俺を見て警戒する様子はない。旅人か行商人と見ているのだろう。


「何か」


「薬草を扱っていらっしゃると見受けました。少し伺いたいことがあって」


 男はため息をついた。「買いたいなら話を聞くが、売り込みなら結構だ。今は買い手を探してる側でね」


「私も買い手を探している側です。ただ、全種類ではなく一種類だけ」


 男が眉を上げた。


「あの青い葉の薬草を、まとめて譲っていただけますか」


 男は俺を見た。値踏みというより、意図を測るような目だ。


「あれはフィルネ草だ。解熱に使う、わりと地味な薬草だよ。何に使う」


「研究用の採取と、在庫の確保です。鑑定士として、薬草の相場を調べることがあります」


 半分は本当のことだ。


「……いくらで買う」


「現在相場の八割で」


 男はしばらく黙っていた。損をする取引だ、とすぐに計算しているのが顔に出ている。だが在庫を全部抱えたままでいるよりはましだという判断も、同時に働いているはずだった。


「全部で銀貨百八十枚になる。八割なら百四十四枚だ」


「百四十枚で」


「……百四十二」


「分かりました」


 男は少し拍子抜けしたような顔をした。もう少し粘るつもりだったのかもしれない。


「……鑑定士が薬草を買い集めて、何をするつもりだ」


「正しい価値のあるところに、正しく届けることを考えています」


 男はしばらく俺を見て、それから短く笑った。苦い笑い方だったが、悪くない顔だった。


「変わった鑑定士だな」


「よく言われます」



  *



 宿に戻ると、ミーナは手帳の余白に数字を書き並べていた。


 俺が荷物を下ろすのを見て、顔を上げた。


「薬草を買ってきた」


「分かってる。匂いがする」ミーナは立ち上がり、荷物の中を覗き込んだ。「……フィルネ草か。なぜこれを」


「四ヶ月後に三倍になる」


 ミーナは一瞬だけ動きを止めた。それから、静かに荷物を持ち直した。


「今の相場は」


「銀貨二十枚。俺が仕入れたのは百四十二枚分。四ヶ月後の相場は六十枚を超える」


 ミーナは素早く計算した。


「四倍近い。保存はできるか」


「乾燥させれば半年は保つ。それまでに買い手を見つければいい」


「買い手の目星は」


「北の街道が封鎖される時期に合わせて、南の薬師ギルドが仕入れを増やす。そこに卸す」


 ミーナはしばらく黙っていた。それから、手帳を開いて数字を書き始めた。仕入れ値、保存に必要な経費、売値の想定、利益の概算。手が速い。


「……これで手持ちはいくらになる」


「金貨十二枚と少し。あとは銅貨の端数だ」


「薬草の仕入れで一割以上使ったか」


「判断として間違っていないと思っている」


「私もそう思う」とミーナは言った。「ただ、確認したかっただけだ」


 俺は少し考えてから、続けた。


「商人ギルドで、辺境伯の情報も集めてきた」


 ミーナが顔を上げた。


「どういう人物だ」


「アーレント辺境伯、ヴァルド・アーレント。六十代。もとは優秀な行政官だったが、近年は財政に苦しんでいる。税収が落ち込んでいて、領内の整備が滞っている状態だ」


「……金が欲しい、ということか」


「金か、それに相当する何かが。ただ、プライドは高い。施しを受けるような形では動かない。相手に利がある取引として持ち込む必要がある」


 ミーナは手帳に書きながら、静かに言った。


「廃坑の採掘権を渡す代わりに、何を求められると思う」


「税だ。採掘量に応じた一定割合を領地に納める形にすれば、向こうにとっても安定した収入になる。金のかかる整備を肩代わりする提案も加えれば、話は通りやすい」


「整備の肩代わりって、どの整備だ」


「街道だ。北東の一部が傷んでいる。ギルドの掲示板にも修繕の入札が出ていた。そこを俺たちが引き受ける」


 ミーナは少し考えた。


「うちには今、金貨十二枚しかない。街道の修繕費は」


「自分たちで工事するわけじゃない。地元の職人を手配して、費用は採掘利益から出す。順番が問題なだけで、資金は後からついてくる」


「……先払いが発生しないか」


「それは交渉次第だ。手付けをどうするかは、辺境伯の出方を見てから決める」


 ミーナはしばらく黙って、手帳の数字を眺めていた。


「三日後の交渉、私も行く」


「最初からそのつもりだ」


「話は俺が切り出す、というつもりか」


「最初の挨拶と概要は俺が話す。数字の詰めはお前に任せる」


 ミーナは少し目を細めた。


「貴族相手の交渉で、獣人の私を前に出すのか」


「獣人だから出さないという理由がない」


「……偏見を持つ相手は多い」


「それはそうだ。だが辺境伯は実務家だと聞いた。目の前の利を示せれば、相手の種族より中身で判断する人間だ。神眼鑑定で見た限りでは」


 ミーナはしばらく俺を見ていた。何かを測るような目だ。


「……そういうことなら」と彼女は言った。「任せろ」



  *



 翌日、俺とミーナは仕入れたフィルネ草の乾燥処理を始めた。


 宿の主人に交渉して、裏庭の日当たりの良い場所を一時的に借り、薬草を束ねて吊るしていく。単純な作業だが、束ね方と乾燥の順番には手順がある。雑に扱えば有効成分が飛ぶ。俺は王都にいた頃に薬草の扱い方を本で読んでいたが、ミーナの手際はそれより早かった。


「お前、薬草の扱いも知っているのか」


「行商の補助をしていたときに覚えた。フィルネ草はよく扱った」


「それは助かる」


「……そういうことは先に言えばいい」


「お前の経験全部を把握しているわけじゃない。都度教えてくれ」


 ミーナは少し間を置いてから、言った。


「……行商で二年。仕入れ、記帳、御者の補助、宿の手配、荷の管理。薬草、香辛料、布、陶器。一通りは触った」


「記録しておく」


 俺は手帳を取り出した。ミーナが口にした経験を一つずつ書き留める。


「何でも書くんだな」


「記録が財産だ。忘れた情報は使えない」


 ミーナはしばらくフィルネ草を吊るす手を動かしながら、黙っていた。それから、少し低い声で言った。


「雇い主が夜逃げしたとき、記録帳も全部持っていかれた。二年分の取引の記録が全部消えた」


「それは」


「悔しかった。金よりも」


 俺は何も言わなかった。


「だからお前が毎晩手帳に書いているのを見て、最初に思ったのは、そういうことだ」


 俺はしばらくミーナの横顔を見ていた。


 それから、手帳のページを一枚めくり、白いページをミーナの方に向けた。


「これはお前のページだ。今日から自分で記録しろ。お前の情報は、お前が管理する」


 ミーナは手を止めた。白いページを見た。それから、俺を見た。


「……別に、一冊買えばいいだけだろう」


「後で買う。今日はここから始める」


 ミーナはしばらく黙ったまま、ページを見ていた。


 それから、懐から短い鉛筆を取り出した。行商時代から持ち続けているのか、先がすり減っていた。


 ページの上に、ゆっくりと文字を書いた。


 ミーナ・フォックス。未来商会。記録開始。


「姓は自分でつけたのか」


「今つけた。文句あるか」


「ない。いい名前だ」


 ミーナは短く鼻を鳴らして、また薬草に手を戻した。狐の耳が、ほんのわずかに動いた。



  *



 三日目の夕方。


 フィルネ草の乾燥処理が一段落したところで、宿の食堂に商人ギルドからの使いが来た。


「未来商会のレイン・アーク様でしょうか」


 見知らぬ若い男だった。ギルドの制服を着ている。


「そうだが」


「本日、ギルドを通じて薬草の購入希望が入っております。フィルネ草を大量に必要としているとのことで、あなた様が最近仕入れられたと記録があり、連絡させていただきました」


 俺は少し考えた。


 四ヶ月後を待つつもりだった。だが今この時点で買い手が現れたということは、何か事情が変わっている。


「詳しく聞かせてもらえますか」


「東の街道で先日、薬草を積んだ荷馬車が強盗に遭いまして。被害を受けた商会が、代替の仕入れ先を急ぎ探しているとのことです。フィルネ草の在庫を持っている商人がこの町に少なく、ギルドに問い合わせが来た次第で」


 俺はすぐに神眼鑑定を走らせた。


 この状況の背景が展開された。東街道での強盗被害は事実だ。被害を受けた商会は中規模の薬草卸で、北の都市向けに出荷する予定だったフィルネ草を大量に失っている。代替を確保しなければ取引先との契約が履行できなくなる。


 買いたい側の焦りは本物だ。


 俺は使いに向かった。


「明日の朝、取引の場を設けてもらえますか。当方の在庫を確認してもらった上で、価格を話し合いたい」


「承知しました」


 使いが去ると、隣のテーブルでお茶を飲んでいたミーナが静かに言った。


「聞いてた」


「ああ」


「売るのか」


「状況次第だ。相手がどれだけ急いでいるかによる」


「相場は」


「今の相場が銀貨二十枚。ただし相手は在庫がない。急いでいる。代替を探せる場所が限られている」


 ミーナはしばらく黙った。それから、静かに言った。


「……四十枚は取れる」


「俺も同じ数字だ」


「交渉は私がする」


「頼む」


 ミーナは湯飲みを置いて、手帳を開いた。今日自分のページをもらったばかりの手帳だ。白いページに、数字と段取りを書き始めた。


 仕入れ値、保有量、最低売値、希望売値、譲歩できる幅と譲歩できない線。


 俺はそれを横から見ながら、一つだけ付け加えた。


「次の取引先の紹介も条件に入れろ。今回限りじゃなく、継続的な取引窓口として使ってもらう」


 ミーナは少し考えてから、うなずいた。


「……確かに。一回売り切りより、窓口になった方が長い」


「それが商会の基盤になる」


 ミーナはページに一行書き加えた。継続取引の提案。


 それから顔を上げて、俺を見た。


「明日、うまくやる」


「分かってる」



  *



 翌朝の交渉は、ギルドの小会議室で行われた。


 相手は四十代の商人で、名をダグラス・ハウエルといった。大柄で声が大きく、急いでいる人間特有の落ち着きのなさが体に出ていた。同行の書記が一人いる。


 俺とミーナが向かいの席に座った。ダグラスは俺を見て、次いでミーナを見た。一瞬だけ目が止まったが、それだけだった。


 ミーナが先に口を開いた。


「フィルネ草の件でお声がけいただきありがとうございます。当方の在庫をご確認いただけましたか」


「昨日、ギルドに品質の確認を依頼した。問題なかった」とダグラスが言った。「いくらで売る」


「銀貨四十枚で」


 ダグラスの眉が動いた。「相場の倍だ」


「現在、この町でフィルネ草をまとまった量で持っているのは当方だけです。お急ぎのご事情もあると伺っています」


「三十枚にしろ」


「三十八枚です」


「三十五」


「三十七。ただし」


 ミーナは一拍置いた。


「今後、薬草の定期仕入れの窓口として当方をご利用いただけるなら、三十五枚でお受けします」


 ダグラスは少し黙った。値段の問題ではなく、条件の意味を測っている顔だ。


「定期仕入れというのは」


「当方は今後、薬草を含む複数の商材の安定供給を事業として行います。今回のような急な欠品が発生した場合の優先窓口として、ご契約いただければ、価格面でも便宜を図ります」


「……どこの商会だ。聞いたことがない」


「未来商会と申します。アーレント辺境を拠点に、先月設立しました」


「新しいな」


「はい。ですが、今後最もこの辺境で力を持つ商会になります」


 ダグラスはしばらくミーナを見ていた。それから、俺を見た。俺は何も言わなかった。


「……面白いことを言う」


「事実をお伝えしているだけです」


「三十五枚で、定期仕入れの窓口契約をしよう」とダグラスは言った。「ただし、次の取引で信用を証明してもらう。今回だけの話にはしない」


「望むところです」


 ミーナは書記に目を向けた。「契約書の準備をお願いできますか」



  *



 ギルドを出ると、昼前の陽光が石畳を照らしていた。


 俺たちは並んで歩いた。ミーナは手帳を脇に抱えたまま、少し前を向いていた。


「三十五枚は、どう思う」


「悪くない」と俺は答えた。「ただ、それより窓口契約の方が大きい」


「分かってる。だから三十五まで下げた」


「一つ聞いていいか」


「何だ」


「最後の一言。『今後最もこの辺境で力を持つ商会になります』。あれは俺が教えたことじゃない」


 ミーナは少し黙った。


「……言いたくなった」


「なぜ」


「相手が値段しか見ていなかったから。商会そのものを見せた方が、長い取引に繋がると思った」


 俺はしばらくミーナを見た。


 入れ知恵をしたわけでも、事前に打ち合わせたわけでもない。現場で判断して、俺が考えていた以上の一手を打った。


「正しい判断だ」


「……そうか」


 ミーナは短く答えて、また前を向いた。狐の耳が、ほんのわずかに上を向いた気がした。


 俺は手帳を開いて、今日の取引を書き留めた。


 フィルネ草。仕入れ値百四十二枚。売値、銀貨三十五枚×推定個数。利益概算。そして――ダグラス・ハウエル商会との窓口契約、成立。


 最後に一行だけ書き加えた。


 未来商会、最初の商売成功。


 手帳を閉じると、ミーナが言った。


「明日、辺境伯に会いに行く」


「ああ」


「準備はできている」


「俺もだ」


 二人で歩きながら、俺は静かに次の手を考えていた。


 廃坑の採掘権。街道の修繕。辺境伯との交渉。


 どれも、一手ずつ確実に進めれば、必ず動く。


 神眼鑑定が見せるのは未来だ。だが未来は、今日積み上げるものの先にある。


 それだけのことだ。

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