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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ


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第5話 伝説の鉱石を発見

 蹄鉄の商売から三日が経った。


 その三日間で、俺とミーナは小さな取引を二つこなした。宿場に立ち寄った行商人から割安な香辛料を買い取り、翌朝に通りかかった別の商人に適正価格で売ったこと。それから、廃屋同然の空き倉庫を持て余していた宿の主人から、一週間分の保管料として銀貨三枚を受け取り、荷崩れした荷物を抱えた旅人に貸し出したこと。


 どちらも、神眼鑑定が見せた「この時間にこの人物が困る」という情報を使った、ごく小さな商いだ。利益としては大したことはない。だが、二人の動き方の確認にはなった。


 ミーナは飲み込みが速かった。俺が一度説明した段取りは、次から確認してこない。言われた通りではなく、現場で判断して動く。そして俺には気づかない角度から、交渉の余地を見つけてくる。


 才能というのは、確かにこういうものだと思った。


 四日目の朝、俺は宿の食堂でミーナと向かい合いながら、手帳を開いた。


「今日から、本格的に動く」


 ミーナはお茶を両手で持ったまま、俺を見た。


「どこへ」


「アーレントの北東。ここから馬で半日ほどの場所に、廃坑がある」



  *



 廃坑の話は、領都に来る前から手帳に記してあった。


 正確には、神眼鑑定の情報として、だ。


 その廃坑は四十年前に掘り尽くされたと判断され、封鎖されている。周辺の住民からは「もう何も出ない山」として扱われており、近づく者もいない。


 だが俺の目には、別のものが見えていた。


 廃坑の最深部。人が諦めて引き返した場所から、さらに三十メートルほど掘り進んだその先に、新しい鉱脈がある。採れるのは、現時点では名前すらついていない鉱石だ。灰青色の結晶質で、魔石に似た構造を持つ。現在価値はゼロに等しい。誰も知らず、需要もない。


 だが未来価値は――


 五年後。魔道具の研究が進み、その鉱石が魔力の安定した媒介として機能することが判明する。以降、魔道具産業の基幹素材として流通し始める。十年後には、金貨換算で一塊あたり数十枚の相場になる。


 採掘量と品質によっては、それだけで商会の基盤になり得る。


 問題は、廃坑に入るには許可がいるということだった。


 アーレント辺境伯領の土地だ。勝手に掘ることはできない。


 だが、それは後の話だ。まず実物を確認してから、交渉の材料を整える。


「廃坑に何があるんだ」


 馬を並べて歩きながら、ミーナが聞いた。クロの横に、ミーナが昨日宿から借りた小柄な灰色の馬が並んでいる。


「石だ」


「石」


「今は誰も価値を知らない石。五年後に、大陸の魔道具産業を動かす素材になる」


 ミーナはしばらく黙った。それから、静かに言った。


「……信じる」


「早いな」


「蹄鉄のことがあった。それから、香辛料の商人が来た時間も、倉庫を必要とする旅人が来た時間も、全部あなたの言った通りだった。三回続けば、疑う方が非合理だ」


 俺は少し考えてから、うなずいた。


「合理的だ」


「……褒めてるのか」


「褒めている」


 ミーナは小さく鼻を鳴らして、前を向いた。狐の耳が、わずかに揺れた。



  *



 廃坑は、低い山の斜面に口を開けていた。


 入り口には古い木材で組まれた支保が残っているが、腐食が進んでいる。封鎖を示す看板は、文字が読めないほど色褪せていた。周辺には雑草が生い茂り、長年人が立ち入っていないことが分かった。


 俺は入り口の前に立ち、神眼鑑定を流した。


 坑道の構造が、視界に重なって展開される。深さ、分岐点、崩落の危険がある箇所。そして最深部の、目的の鉱脈。


 崩落リスクは二ヶ所。どちらも迂回できる。天井が低くなる区間が一つ。照明は俺が持ってきた魔石ランタンで足りる。


「入れますか」


 ミーナが聞いた。入り口を覗き込み、暗い坑道の奥を見ている。


「入れる。ただし、俺の指示した道を外れるな。二ヶ所、天井が危ない場所がある」


「分かった」


「怖いか」


 ミーナは一瞬だけ俺を見て、それから前を向いた。


「怖い。でも、行く」


 俺はランタンを掲げ、坑道に踏み込んだ。



  *



 坑道の中は、静かだった。


 足元の岩は湿っており、水が染み出している場所もある。空気は冷えていて、外の初夏の陽気とはまるで別の世界だ。ランタンの光が岩肌を照らし、影を揺らしながら奥へと続く。


 俺は神眼鑑定で逐一確認しながら進んだ。足元、天井、左右の壁。変化があれば止まる。


 ミーナは黙ってついてきた。足音が静かだ。怖がっているのは確かだろうが、それを行動に出さない。


 最初の崩落リスク箇所。天井の岩に亀裂が走っている。俺は足を止めた。


「ここは壁際を通る。岩の下を歩くな」


「分かった」


 二人で壁に張りつくように通り抜けた。抜けた先で、ミーナが小さく息を吐いた。


「……どうして分かるんだ。鑑定士というのは、こういうことも見えるのか」


「俺の鑑定は、少し特殊だ」


「少しどころじゃないと思うが」


「そうかもしれない」


 坑道はさらに奥へと続く。二つ目の崩落箇所を抜け、天井が低くなる区間は腰を屈めながら進んだ。ミーナの方が身長が低い分、こちらは楽そうだった。


 そして。


 坑道が少し広くなった場所に、俺たちは出た。


 ランタンの光が届く壁面に、見慣れない色が走っていた。


 灰青色の筋。岩肌に沿って、縦に長く延びている。幅は三十センチほどで、深さはまだ分からない。結晶質の表面がランタンの光を鈍く反射して、静かに輝いていた。


 ミーナが息を呑んだ。


「……これが」


「これだ」


 俺は近づき、手袋をつけたまま表面に触れた。岩とは明らかに質感が違う。密度があり、均質だ。


 神眼鑑定で改めて情報を引き出す。


 鉱石。名称未登録。現在価値――採取コストを考えれば経済的価値なし。需要ゼロ。未来価値――五年後、魔道具研究者エルナ・シルフィードによって魔力媒介素材としての特性が発見される。以降、魔道具産業の基幹原料として流通開始。十年後の相場、一キログラムあたり金貨三十枚相当。埋蔵量――この鉱脈の推定総量、現在確認できる範囲だけで数トン規模。


 俺は静かに手を離した。


 エルナ・シルフィード。


 その名前は、俺の手帳にまだ記されていない。だが神眼鑑定の情報の中に、今初めて現れた。


 エルフの研究者。五年後にこの鉱石の価値を世に示す人物。どこにいるのかは、まだ見えない。だがいつか、縁が繋がる日が来る。


 そのときのために、覚えておく。


「レイン」


 ミーナの声に、俺は現実に引き戻された。


「どのくらい価値がある」


「今はゼロだ。五年後に、大陸の魔道具産業を根本から変える素材になる」


「……五年後」


「待てるか」


 ミーナはしばらく鉱脈を見ていた。ランタンの光の中で、灰青色の筋が静かに光っている。


「待てる」と彼女は言った。「待つのも商売のうちだ」


 俺はそれを聞いて、小さくうなずいた。


 やはり、この子は正しい。



  *



 坑道を出ると、外はまだ昼前の光に満ちていた。


 俺たちは山の斜面に腰を下ろし、持ってきた水と携行食で簡単な食事を取った。


 ミーナは鉱脈から持ち出した小さな石片を、手の中で転がしていた。拇指大ほどの灰青色の欠片だ。


「これが五年で金貨三十枚になるのか」


「一キログラムあたりで、だ。これ一つは百グラムもないだろう」


「それでも」ミーナは石を光に透かした。「今は誰も見向きもしない石が、か」


「そういうものだ」


「……あなたの目は、ずっとそれを見てきたんだろうな」


 俺は少し考えた。


「三年間、パーティーにいた。毎回、誰も気づいていないものが見えた。この装備は半年後に価値を失う。この素材は二年後に希少になる。この街道は来年使えなくなる。全部、事前に分かっていた」


「……それを言っても、聞いてもらえなかったか」


「聞く耳を持つ人間がいなかった、というだけだ。恨んではいない」


 ミーナはしばらく黙って、石を見ていた。


「私は」と彼女は言った。「奴隷市に三ヶ月いた。その間、誰かに価値を見てもらったことは一度もなかった。売り物として値段をつけられることはあっても、価値を見られたとは違う」


「ああ」


「あなたが最初に声をかけてきたとき、また値踏みされると思った。でも違った」


 俺は何も言わなかった。


「……だから、信じることにした」とミーナは続けた。「理屈じゃなく。こっちの話だ」


 狐の耳が、少し傾いた。照れているのか、それとも自分でもうまく言葉にできていないのか。どちらでもよかった。


 俺は手帳を開き、今日確認したことを書き留め始めた。鉱脈の位置、規模の推定、採掘に必要な人員と機材の概算、交渉すべき相手。


「次は辺境伯だな」とミーナが言った。


「ああ。採掘権を得なければ動けない。相手は貴族だ」


「私では難しい相手か」


「お前が苦手な相手かどうかは分からない。ただ、俺一人よりは二人の方がいい」


 ミーナは石片を懐にしまった。


「いつ行く」


「三日後。その前に、商人ギルドで情報を集める。辺境伯がどういう人物か、今何を必要としているか。手ぶらで交渉に行く気はない」


「準備してから動く、か」


「それが俺のやり方だ」


 ミーナは小さくうなずいた。それから、ふと思い出したように言った。


「商会の名前、まだ決まってないんだろう」


「ああ」


「決めた方がいい。辺境伯に会うなら、名前がいる」


 俺は少し考えた。


 理念は、最初から決まっている。価値あるものを、正しく評価する。それを体現する名前。


「未来商会」


 ミーナが俺を見た。


「未来?」


「未来の価値を見る。それが俺たちの商会の根拠だ。名前はそこから取る」


 ミーナはしばらく「未来商会」という言葉を口の中で転がすように、黙っていた。


 それから、短く言った。


「……いい名前だ」


 山の斜面から見下ろすアーレントの領都は、昼の光の中で小さく、静かに見えた。


 その向こうに広がる荒野。廃れた土地。誰も見向きもしない辺境。


 だが俺の目には、その先が見えていた。


 十年後、大陸でも有数の交易都市へと成長したこの地の姿。広い大通り、賑わう市場、未来商会の看板が風に揺れる通り。


 まだ何もない。名前だけがある。構成員は二人だ。


 だが今日、最初の柱を見つけた。


 地中に眠る、誰も知らない石。


 それで十分だった。


 俺は手帳を閉じ、立ち上がった。


「戻るぞ」


「ああ」とミーナが答えた。


 クロが鼻を鳴らした。


 三人で山を下りながら、俺は静かに次の手を考えていた。

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