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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ


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第18話 元王女セリアの保護

 出発の準備は、三日で整えた。


 余計な荷物は持たない。目立つ装備も使わない。王都近郊へ向かうための馬車は、商人ギルドの伝手を借りた平凡な行商用の荷車だ。荷台には布と陶器が積まれており、どこから見ても地方の商人の往来にしか見えない。


 ミーナが馬車の荷を確認しながら、少し緊張した様子で言った。


「本当に、あの方が護衛を引き受けてくれるんですか」


「ああ。昨日、使いを出した。今日の昼には返事が来るはずだ」


「クロエさん……ですよね。勇者パーティーの」


「そうだ」


「でも、彼女はまだパーティーを離れていない。こんな動きに巻き込んでいいんですか」


 レインは静かに答えた。


「巻き込むつもりはない。彼女が自分の意志で動けるかどうか、確かめるために声をかけた。断るなら断るで、別の手を考える」


 ミーナは少し複雑な表情を浮かべたが、それ以上は言わなかった。


 昼過ぎに使いが戻ってきた。クロエからの返書は、短かった。



 『了解しました。指定の場所へ参ります』





 待ち合わせに指定したのは、アーレントから王都方面に半日ほど進んだ宿場町の外れだった。


 レインとミーナが馬車で到着すると、既にクロエが先に来て待っていた。地味な旅装に、フードを深く被った姿は、第13話に未来商会を訪ねてきたときと変わらない。だが、その瞳の光は、あの時より少し鋭くなっているように見えた。


「来てくれたか」


「ええ。お断りする理由もありませんでしたので」


 クロエはそう言いながら、馬車の荷台をひと目見て頷いた。用意の意図を即座に理解したようだ。


「標的の所在は」


「王都の外縁にある宿場です。身分を隠して潜伏中と聞いています。こちらの情報では、旅商人の内儀として偽装しているようです」


「なるほど。頭が回る方ですね」


「そうです。それが、彼女の本質です」


 クロエは静かに頷いた。それ以上の詮索はしなかった。


 馬車は三人を乗せて、静かに王都の方角へと進んだ。





 王都の外縁に広がる宿場町は、難民の流出が続く中でも、それなりの活気を保っていた。王都から出てきた商人や旅人が、ここで一息ついてから各地へと散っていくためだ。


 レインたちが目指したのは、その宿場の中でも古びた木造の宿だった。商人ギルドの伝手を通じて得た情報では、セリアはここで「ソフィア」という偽名を使い、旅商人の内儀として数週間を過ごしているという。


 ミーナが宿の主人に部屋を取り、三人で二階の一室に入った。


「どうやって接触しますか」


 クロエが静かに聞く。


「俺とミーナで行く。クロエは宿の外で待機してくれ。万が一の場合に備えて」


「了解です。ただ、私は外よりも廊下に待機した方が対応が早い」


「……そうしてくれ」


 レインはそう言って、ミーナと共に廊下に出た。


 目指す部屋は、突き当たりの角部屋だった。扉の前に立ち、レインは静かにノックした。


 しばらく、沈黙があった。


 扉の向こうで、かすかに気配が動いた。息を潜めている。逃げるかどうか、判断している。そう分かるほどの、緊張した静けさだった。


「ソフィアさん、とお呼びすれば良いでしょうか」


 レインは落ち着いた声で、扉に向けて言った。


「商人ギルドを通じて連絡させていただいた、未来商会の者です。直接お話ししたいことがあって参りました。危害を加えるつもりは、一切ありません」


 さらに沈黙が続いた。三十秒か、一分か。


 やがて、鍵を外す音がして、扉がわずかに開いた。





 部屋の中は、必要最小限の荷物しかなかった。


 逃げ出すときに持ち出せるだけのものを持ってきたのだろう。小さな鞄と、着替えらしき布の包み。それだけで、部屋の隅にひっそりと積まれていた。


 扉を開けたのは、地味な色の旅装を纏った若い女性だった。二十代の前半ほどか。薄い金髪を後ろでまとめ、化粧気のない顔には、疲れと警戒が滲んでいる。だが、その目に宿る知性の光だけは、どれほど変装しても隠しきれるものではなかった。


 レインはその人物を見た瞬間、静かに神眼鑑定を発動させた。



 【セリア・アストリア】

 現在の状況:王位継承争いに敗れ、王宮から事実上の追放状態。身分を隠し逃避中

 隠された才能:卓越した政治的判断力・統治能力・外交手腕・危機管理能力。いずれも国家レベルの水準

 将来の価値:未来商会における政治顧問として、国家運営を担う中枢人材になる可能性が極めて高い

 注記:本人は自身の才能を十分に自覚している。信頼を得るには、誠実な対話が最も有効



「……未来商会、というのは、辺境の商会ですね」


 セリアは扉を閉めながら、低い、しかし明瞭な声で言った。


「はい。アーレント辺境伯領を拠点としています」


「あなたが、レイン・アーク殿ですか」


「そうです」


「王国の追放された鑑定士が、辺境で商会を立ち上げた、という話は聞いています」


 セリアはレインを真っ直ぐに見た。警戒しているが、感情に流されてはいない。相手を測ろうとする、知性的な視線だ。


「何の用ですか」


「あなたを保護しに来ました」


 短く、率直に答えた。


「……保護?」


「護衛を解任され、居場所も失いつつある状況で、このまま一人でいることは危険です。安全な場所を用意できます」


「なぜ、あなたが私を保護する必要があるんですか」


「あなたが将来、我々の商会にとって必要な人材になると判断しているからです」


 セリアの目が、わずかに細くなった。


「商会の利益のために、ということですか」


「商会の利益と、あなたの安全が、両立できると判断しています。利用しようとしているわけではありません。ただ、正直に申し上げます。あなたの政治的な才能は、辺境の街が都市へ、そして国家へと成長していく過程で、必ず必要になるものです」


 沈黙が落ちた。


 セリアはしばらく、レインの顔を見つめていた。嘘を見抜こうとしているのか、あるいは言葉の裏を探っているのか。





「一つ聞かせてください」


 セリアが静かに言った。


「この王国は、どうなると思いますか」


 レインは少し間を置いてから、答えた。


「崩壊します」


「……いつ頃」


「十ヶ月も持たないでしょう。帝国との関係は既に修復不可能な段階に入っています。国内の政争が続く中で、財政も外交も限界を迎えつつある。王国という建物は、既に土台から傾いています」


 セリアは静かに目を伏せた。その表情は、驚きではなかった。確認するような、あるいは覚悟を固めるような、そういう顔だった。


「……私も、そう思っていました」


 小さな声で、そう言った。


「父王は、側近の言葉しか聞かなくなっています。帝国との使節団の件も、止めようとした者は複数いました。私もその一人でした。でも、聞き入れられなかった」


「知っています」


「知っている……」


「あなたが穏健派の中心にいたことも、それが押し潰されたことも。商人ギルドの情報は、時として宮廷の内側まで届きます」


 セリアはしばらく黙った。


 部屋の窓から、宿場の喧騒が遠く聞こえてくる。難民の波に押されるように、この町にも見慣れない顔が増えていた。王国が傾く音は、既に街の表情にも現れ始めていた。


「辺境の商会に、私を受け入れる余裕があるんですか」


「あります。今、街は急速に発展しています。都市昇格の申請も出しています。人も仕事も、増え続けています」


「私を、どのような立場で迎えるつもりですか」


「顧問です。政治と外交に関わる判断において、あなたの知見を借りたい。肩書きや立場より、実質的な仕事を一緒にしたいと思っています」


 セリアは長い間、沈黙していた。


 レインは急かさなかった。ミーナも黙って傍らに立っていた。


 やがてセリアは、静かに立ち上がった。そして小さな鞄を手に取り、レインを見た。


「……分かりました。お供します」


 その声には、諦めではなく、決意があった。





 宿を出てから、馬車までの道のりは短かった。


 クロエが廊下で待機していたことに、セリアは気づいていた。宿を出た瞬間、セリアの足が一瞬だけ止まった。


「……勇者パーティーの魔法使い、ですね」


 セリアがクロエに向けて言った。


「ご存知でしたか」


「宮廷にも話は届いていました。パーティーの中で、最も冷静な判断ができる人物だと聞いています」


 クロエは感情を表に出さず、静かに頷いた。


「今日は商会の依頼で動いています。パーティーとは無関係です」


「……そういうこともあるんですね」


 それだけ言って、セリアは馬車へと向かった。


 馬車が動き出すと、クロエは後部の幌の端から外の気配を窺いながら、静かに口を開いた。


「一つ聞いてもいいですか、レイン殿」


「何だ」


「辺境に、エルフの研究者がいると聞きました。魔道具と鉱石の研究をしているとか」


 レインは少し意外そうな顔をした。


「エルナのことを知っているのか」


「魔法使いの界隈では、魔力増幅の研究をしているエルフの研究者の話が伝わっています。魔導連邦で不遇な扱いを受けていたと。……その研究、私の専門と近い部分があります」


「そうなのか」


「ええ。魔法の構成理論と、魔道具の設計理論は、本来は切り離せないものです。もし機会があれば、一度話してみたいと思っています」


 レインはしばらくクロエを見てから、静かに言った。


「機会は作れる。その時が来れば」


 クロエは短く頷いた。それ以上は言わなかったが、その表情には、わずかに興味の色が滲んでいた。


 馬車は静かに夜道を進んだ。王都の灯りが遠ざかり、やがて街道の向こうに、辺境の方角へと続く道が広がった。





 アーレントに戻ったのは、それから二日後の夕方だった。


 街の入口でミーナが馬車を降りながら、安堵した様子で息を吐いた。


「無事に着きましたね」


「ああ」


「セリア様も、疲れているでしょうね。まずは部屋に案内します」


 ミーナがセリアに向き直り、柔らかく笑いかけた。


「ようこそ、アーレントへ。慣れないことも多いかと思いますが、何かあれば何でも言ってください」


 セリアはしばらくアーレントの街並みを眺めていた。小さいが、活気がある。人が行き交い、声が飛び交い、何かが着実に動いている。王宮の静かな緊張とは全く異なる空気だ。


「……予想より、ずっと賑やかですね」


「おかげさまで」


 ミーナが笑った。


 クロエは馬車を降りると、静かにレインの傍らに立った。


「では、私はここで失礼します」


「手を貸してくれて、助かった」


「いいえ。私が自分で判断したことです」


 クロエはそう言ってから、少し間を置いた。


「……エルナ・シルフィードさんに、いつか会わせてください」


「分かった。その時が来たら声をかける」


「はい」


 クロエは深く一礼し、来た道を戻っていった。その背中を見ながら、レインはふと思った。


 この人物は、そう遠くない将来、自分の足でここへ来ることになるだろう。


 手帳を開き、レインはその日の記述を書き込んだ。



 『セリア・アストリア、保護完了。クロエの協力により、王都脱出を無事に果たす。セリアの辺境行きの決意、確認。クロエとエルナの接点、芽生え始める』



 夕暮れのアーレントに、新しい一人が加わった。


 街はまた少し、その形を変えていく。


 レインは手帳を閉じ、明日の仕事へと気持ちを向けた。やるべきことは、まだいくつもある。セリアに仕事を引き継ぐための準備、クロエとエルナの今後の接触の段取り、そして王国の崩壊が近づく中での商会の体制強化――どれもが、これからの大きな流れの、欠かせない一手だった。


 窓の外では、アーレントの夜が静かに始まっていた。

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