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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ


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第13話 勇者パーティー、崩壊の兆し

 王都から少し離れた宿場町の一角に、粗末な治療院があった。


 勇者パーティーがシュバルツ洞で大敗を喫してから、既に数週間が経とうとしていた。あの日、パーティーは魔導連邦との国境近くに存在する古の洞窟――シュバルツ洞に、伝説級の魔物が潜んでいるという情報を得て挑んだ。だが結果は惨敗。命からがら撤退することしかできず、パーティーの誰もが深い傷を負っていた。


 傷そのものは、聖女リリアの治癒魔法によって塞がりつつある。だが、それ以上に深く裂けてしまったものがあった。


 ――パーティーの結束、そのものである。


「……だから言っただろう、装備が悪いんだよ!」


 治療院の一室に、剣士ガルドの怒鳴り声が響いた。





「アレン、お前の見立てが甘かったんだ。あの魔物の強さを見誤って、俺たちを連れて行った。おまけに、支給された装備は二流品ばかりだ。こんなもんで、伝説級の魔物に挑めるわけがねえだろうが!」


 ガルドは苛立ちを隠そうともせず、椅子を蹴り倒すようにして立ち上がった。屈強な体軀に纏う鎧には、まだ生々しい傷跡が残っている。


「装備のせいにするな」


 勇者アレンは、努めて冷静な声で返した。だが、その声には、以前のような自信が感じられない。


「俺たちの連携が甘かっただけだ。装備がどうであれ、あの状況なら――」


「連携もクソもあるか! お前が単独で突っ込んで、俺たちがフォローに追われる羽目になったんだろうが!」


 ガルドの怒声に、部屋の空気が張り詰めた。


 部屋の隅では、聖女リリアが疲れ切った表情で椅子に座り込んでいた。数週間、休む間もなく仲間たちの治療に追われ続けている彼女の顔には、隠しきれない疲労の色が滲んでいた。


「二人とも……もう、やめてください」


 リリアが弱々しい声で割って入る。


「今は、体を休めることが先決です。争っている場合では――」


「リリア、お前もいつまでも甘い顔してるんじゃねえよ。このままじゃ、次はもっと悲惨なことになる」


 ガルドはそう吐き捨てると、乱暴に部屋を出て行った。


 残されたアレンは、拳を強く握りしめていた。プライドの高い彼にとって、仲間から面と向かって責められるという経験は、これまで一度もなかったことだ。


「……くそ」


 小さく漏れた呟きには、苛立ちと、そしてわずかな焦りが滲んでいた。





 その様子を、部屋の窓際で静かに眺めていたのが、魔法使いクロエだった。


 彼女は、パーティーの中でも最も冷静に物事を捉える人物として知られていた。感情に流されることを好まず、常に合理的な判断を優先する――その性格は、時に仲間から「冷たい」と評されることもあったが、実際には誰よりも状況を正確に見極める目を持っていた。


 クロエは静かに、心の中で計算を続けていた。


 ――このパーティーは、既に機能不全に陥りつつある。


 アレンの判断力は明らかに低下している。ガルドの不満は臨界点に達しつつあり、リリアの疲弊も限界に近い。このまま同じ体制を続ければ、遠からず致命的な失敗を招くだろう。それは魔法使いとしての経験則からも、明確に予測できることだった。


 ――潮時、かもしれない。


 クロエの脳裏に、静かにその考えがよぎった。だが、すぐには結論を出さず、彼女はただ黙って窓の外を見つめ続けた。


 装備の劣化は、既に無視できない段階まで来ていた。パーティーの装備は、王国が支給する型落ちの品ばかりで、リリアの治癒杖も、ガルドの剣も、以前から更新が必要だと訴えられていたにもかかわらず、国庫の逼迫を理由に後回しにされ続けていた。


 クロエは静かに立ち上がった。


「装備の更新について、私が交渉に行きます」


「クロエ?」


 アレンが振り向く。


「王都の武具店には期待できません。今、辺境の街で急速に発展している商会があると聞きました。品質のいい武具を扱っているという噂です」


 アレンは一瞬、顔をしかめた。


「辺境の商会……まさか」


 その名を、アレンは口にしなかった。だが、脳裏によぎったのは間違いなく、かつて自分たちが追放した、あの元鑑定士のことだった。





 王都の宮廷では、シュバルツ洞での大敗が、密かに、しかし着実に噂として広まりつつあった。


 国王は当初、この失態を徹底的に隠蔽するよう命じていた。勇者パーティーの評判は、王国の威信そのものと直結している。彼らの敗北が公になれば、国内の士気だけでなく、隣国からの評価にも影響を及ぼしかねない。


「この件は、決して外に漏らすな」


 国王は側近たちにそう厳命した。だが、噂というものは、どれほど固く口止めをしても、思わぬところから漏れ出すものだ。


 治療院に出入りする医師や従者たちの口から、貴族の使用人へ。使用人から、貴族同士の茶会での何気ない会話へ。そうして噂は、少しずつ、しかし確実に広がっていった。


「勇者様のパーティーが、シュバルツ洞で大敗したらしい」


「まさか、あの勇者様が?」


「聞くところによると、パーティー内の仲もかなり険悪になっているとか……」


 貴族社会の噂話とは、恐ろしいほどの速さで広まるものだ。国王の隠蔽工作は、既に半ば形骸化しつつあった。





 一方、辺境の街アーレントでは、その日も未来商会の応接間で、静かな一日が過ぎていた。


 レインは商会の帳簿を整理しながら、ふと手を止めた。神眼鑑定は、常に意図して発動させるものだが、時折、関連性の強い出来事については、断片的な予兆が自然と視界の端に浮かび上がることがあった。


 それは今回もそうだった。


 【勇者アレン・現状予測】

 現在の状態:パーティー内の不和が深刻化。判断力の低下が顕著

 近い将来:功を焦り、単独もしくは弱体化した状態でシュバルツ洞に再挑戦。致命的な失策を犯す可能性が極めて高い

 注記:この流れは、既にほぼ確定的な未来として収束しつつある


 レインは小さく息を吐いた。


「……そうか」


「レイン様?」


 隣で書類を整理していたミーナが顔を上げる。


「何か気になることでも?」


「いや……勇者パーティーが、遠くない将来、再び無理な戦いに挑むことになりそうだ」


 ミーナは驚いた様子を見せなかった。


「あのパーティー、あまり評判がよろしくないですからね。街の噂でも、シュバルツ洞での失態が少しずつ広まっているみたいですし」


「ああ」


「レイン様は……何か、手を打たれるんですか?」


 レインは静かに首を振った。


「いや。介入はしない」


「よろしいのですか?」


「彼らが選ぶ道だ。俺が口を出したところで、聞き入れるとは思えない。それに――」


 レインは手帳を静かに開いた。


「これは、いずれ来る大きな流れの、ほんの一部に過ぎない。王国そのものが崩れていく過程の中で、勇者パーティーの崩壊もまた、避けられない出来事の一つだ」


 ミーナは少し複雑な表情を浮かべた。


「レイン様を追放した人たちですし、思うところがあってもおかしくないと思いますけど……レイン様は、本当に淡々としてらっしゃいますね」


「恨みがないと言えば嘘になる。だが、今さらそれで一喜一憂しても仕方がない。俺には俺のやるべきことがある」


 レインはそう言うと、静かにペンを取り、手帳に短く書き記した。


 『勇者アレン、近く単独もしくは弱体化した状態で再びシュバルツ洞へ。致命的な失策の可能性大。介入せず、静観を継続』


 書き終えると、レインは窓の外へと目をやった。


 夕暮れの光が、辺境の街並みを橙色に染めている。商人たちの活気ある声が、遠くから微かに聞こえてきた。


 王都では今、確実に何かが崩れ始めている。勇者パーティーの不和、国王の隠蔽工作の綻び、そして貴族間に広がる噂――それらは全て、レインが第一話で見た「あと十七ヶ月と二週間」という予言へと、着実に近づいていく足音だった。


 だが、レインはそのことに焦りを感じてはいなかった。


 ――未来は、既に見えている。ならば、今すべきことは、ただ一つ。

 この辺境の地で、確実に、着実に、未来商会の基盤を固めていくこと。それだけだ。


 レインは静かに手帳を閉じた。


 窓の外では、街の灯りが一つ、また一つと灯り始めていた。





 数日後、未来商会の応接間に、一人の来訪者があった。


 地味なローブを纏い、フードを目深に被ったその人物は、応接間に通されるなり、静かにフードを外した。現れた顔は、まだ若い女性のものだった。理知的な瞳が、真っ直ぐにレインを見据えている。


「突然の訪問、失礼します。私はクロエと申します。勇者アレン様のパーティーで、魔法使いを務めております」


 その名を聞いた瞬間、ミーナの表情がわずかに強張った。だが、レインは特に動じることなく、静かに頷いた。


「クロエ殿ですか。何のご用件でしょうか」


「単刀直入に申し上げます。パーティーの装備が老朽化しております。特に、聖女リリアの治癒杖と、剣士ガルドの剣は、既に限界に近い状態です。貴商会が優れた武具を扱っているとの噂を耳にし、参上いたしました」


 クロエの声は、感情を抑えた、実務的なものだった。かつてレインを無能扱いした勇者パーティーの一員でありながら、彼女自身はその件について、何かを取り繕おうとする素振りも見せなかった。


「――正直に申し上げますと、私個人としては、貴殿にこうしてお願いをする立場にないことは重々承知しております。ですが、パーティーの窮状を見過ごすわけにもいきません」


 レインはしばし、クロエを見つめた。


 神眼鑑定を発動させずとも、彼女の態度からは、合理主義者としての率直さが伝わってきた。プライドよりも実利を優先する――それは、かつてアレンやガルドが決して持ち得なかった資質だった。


「構いません。商売は商売です。個人の感情とは切り離して考えるべきでしょう」


 レインは静かにそう答えた。


「武具については、ご用意できるものを検討させていただきます。ただし――正規の取引として、対価はきちんといただきますが」


「もちろんです。当然のことかと」


 クロエは小さく頭を下げた。


 その後、ミーナが応対に立ち、武具の在庫や条件についての細かな交渉が始まった。レインはその様子を静かに眺めながら、ふと、神眼鑑定を軽く発動させてみた。


 【クロエ】

 現在の心境:パーティーへの不信感が限界に近づいている

 将来の可能性:合理的な判断のもと、遠くない将来にパーティーからの離脱を選択する見込み

 注記:離脱後の進路は、複数の分岐が存在。本人の選択次第で大きく変わる


 ――やはりな。

 

 レインは内心でそう呟いた。彼女の来訪は、単なる装備調達の依頼だけではないのかもしれない。もしかすると、無意識のうちに、パーティー以外の「選択肢」を探しているのかもしれなかった。

 

だが、それを今、レインが口にすることはない。


「クロエ殿」


 交渉が一段落した頃合いを見て、レインは静かに声をかけた。


「はい」


「もし今後、何か困ったことがあれば――パーティーのことに限らず、遠慮なく相談に来てください。我々は、商売の相手であると同時に、この街に来る者を拒む理由もありませんので」


 クロエは一瞬、意外そうな表情を見せた。だが、すぐにその瞳に、静かな理解の色が浮かんだ。


「……ご配慮、感謝します」


 それだけ言うと、クロエは深く頭を下げ、フードを被り直して応接間を後にした。


 残されたレインは、静かに窓の外を見つめた。


 勇者パーティーの崩壊は、既に止めようのない流れとして動き始めている。だが、その崩壊の先で、新たな道を見出す者もいるだろう。クロエもまた、その一人になるのかもしれない。


 レインは小さく息を吐いた。


 ――全ては、これから始まる大きな流れの、序章に過ぎない。


 辺境の街には、今日もまた静かな夕暮れが訪れていた。だがその静けさの裏で、王国という大樹の根には、既に深い亀裂が走り始めていた。

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