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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ


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第12話 王都の密偵、そして王女の影

 ゴルドーを乗せた馬車が王都へと去ってから、十日ほどが過ぎた。


 辺境の街アーレントには、相変わらず商人たちの往来が絶えず、未来商会の応接間にも次々と新しい話が持ち込まれていた。鉱石の先約契約の噂は既に周辺領地にも広まりつつあり、商会の名は日に日に重みを増している。


 その日の午後、レインは商会の帳簿を確認しながら、静かに一日の終わりを迎えようとしていた。


 だが、その静けさを破るように、商業ギルドの窓口を通じて一通の書状が届けられた。差出人は名乗っていない。ただ、封蠟には見覚えのない紋章が押されていた。


「レイン様、これを」


 ミーナが少し緊張した面持ちで、その書状を差し出した。


「差出人不明の書状なんて、珍しいですね。中身、確認してもよろしいですか?」


「ああ、頼む」


 ミーナが慎重に封を切り、中の文面に目を通す。読み進めるうちに、その表情がみるみる強張っていった。


「……これは」


「どうした」


「元第一王女、セリア様に関する噂です。差出人は……おそらく王都の下級官吏でしょうね。文体からして、内部の人間が危険を承知で流した情報のようです」


 レインは眉を寄せた。


 ――セリア。


 アストリア王国の第一王女。国王には複数の側室があり、王位継承権を巡って幾人もの王子や王女が水面下で争っていることは、以前からレインも耳にしていた。





「王位継承争い、ですか」


 ミーナが書状を丁寧に机の上に広げながら言った。


「文面によると、国王の体調が思わしくなく、次期国王を巡る争いが表面化し始めているようです。第二王子派、第三王女派――複数の派閥が入り乱れていて、宮廷はかなり不穏な空気に包まれているとか」


「その中で、セリア王女はどういう立場にある」


「それが……あまり良くない状況のようです。セリア様は元々、王妃派――つまり正統な王位継承を重視する穏健派の中心人物だったようですが、その派閥が近頃、急速に力を失っているとのこと」


 レインは静かに目を閉じ、神眼鑑定を発動させた。


 ――神眼鑑定。


 対象が目の前にいない場合、通常であれば詳細な鑑定は難しい。だが、噂や伝聞という形であっても、そこに含まれる「情報の断片」から、レインの力はある程度の未来像を紡ぎ出すことができる。特に、既に何らかの形で存在が「認識」されている人物であれば、なおのことだ。


 視界に、朧げながらも情報が浮かび上がる。



 【セリア・アストリア(推定)】

 現在の状況:政争に敗れつつある王位継承候補。身辺の安全が急速に悪化中

 隠された才能:卓越した政治的判断力、統治能力、危機管理能力

 将来の価値:未来商会における政治顧問として、国家運営レベルの手腕を発揮する可能性極めて高い

 注記:現時点での接触は、双方にとって大きな転機となり得る



「……なるほどな」


 レインは小さく呟いた。


「レイン様?」


「セリア王女は、いずれ我々の商会にとって、非常に重要な人材になる。政治の才に長けている。今はまだ王宮の権力争いの渦中で埋もれているが、その本質的な能力は――国を動かすに足るものだ」


 ミーナは目を丸くした。


「国を動かす……それはまた、随分と大きな話ですね」


「今はまだ可能性の話に過ぎない。だが、こういう芽は、早いうちに見つけておく価値がある」


 ミーナはしばらくレインの顔をまじまじと見つめた後、ふっと小さく吹き出した。


「レイン様って、本当に……そういうところ、変わりませんね」


「どういう意味だ」


「私を奴隷市場から拾って、今度は王女様まで拾おうとしている。まるで、路傍に落ちている宝石を見つける癖でもあるみたいに」


 レインは苦笑した。


「拾っているつもりはない。価値があるものを、価値があると認識しているだけだ」


「それを世間では『拾う』って言うんですよ」


 ミーナはくすくすと笑いながら、紅茶のおかわりを注いだ。


「でも、まあ……レイン様の『拾う』は、いつも当たっていますからね。私自身がその証拠ですし」


 その声には、からかいの色と共に、確かな信頼が滲んでいた。





「ですが、セリア様の件、どう動かれるおつもりですか」


 ミーナが真剣な表情に戻って尋ねた。


「王宮内部の権力争いに首を突っ込むのは、正直かなり危険だと思います。まだ商会も発展途上の段階ですし、変に目立てば、王国側の警戒がさらに強まるかもしれません」


「その通りだ。だからこそ、今は静観する」


「静観、ですか」


「ああ。今すぐにセリア王女に接触するつもりはない。まだその時ではない」


 レインは静かに窓の外へと目をやった。


 神眼鑑定が示す未来は、あくまで「可能性」であり「確定した運命」ではない。今この瞬間に無理に介入すれば、かえってその未来を歪めてしまう危険性がある。特に、王宮という複雑な権力構造の中で、性急な動きは命取りになりかねない。


「セリア王女がどのような道を辿るか、もうしばらく見極める必要がある。だが――」


「だが?」


「万が一の時に、彼女を保護できる準備だけは、密かに整えておきたい」


「準備、というと」


「商人ギルドの伝手を使って、王都近郊における避難ルートや、信頼できる協力者の有無を探ってほしい。表立った動きは一切必要ない。あくまで『情報収集』の範囲に留める」


 ミーナは頷いた。


「分かりました。ギルドの知り合いに、それとなく探りを入れてみます。……にしても」


 ミーナは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「王女様を保護するとなったら、また商会の顔ぶれが賑やかになりそうですね。ミーナに続いて、次はセリア様……」


「気が早い。まだ何も決まっていない」


「でも、レイン様の『神眼鑑定』が言っているんでしょう? 彼女がいずれ商会に来るって」


 ミーナは軽く肩をすくめながらも、その口元には隠しきれない期待が滲んでいた。


 レインは答えなかったが、その沈黙こそが、ある種の肯定だった。





 その夜、レインは自室で静かに手帳を開いた。


 この手帳には、彼が神眼鑑定によって得た未来の断片が、時系列を問わず書き記されている。まだ形を成していない予兆、これから起こるであろう出来事――それらを整理し、記録しておくことで、商会の経営方針や自身の行動方針に反映させているのだ。


 ペンを取り、レインは静かに書き記した。



 『元第一王女セリア、政争に敗れ危険な状況にあり。将来、未来商会の政治顧問として国家運営を担う可能性大。当面は静観。安全確保のルートのみ密かに構築』



 書き終えた後、レインはしばらくその文字を見つめた。


 王国は、いずれ崩壊する。それは既に神眼鑑定によって示された、動かしがたい未来だ。あと十七ヶ月と二週間――その予言は、確実に近づきつつある。


 その崩壊の過程で、セリアという人物がどのような運命を辿るのか。政争に敗れた王女が、単に歴史の陰に消えていくのか、それとも新たな道を見出すのか。それは、レイン自身がこれからどう動くかによっても、変わってくるだろう。


 だが今は、まだその時ではない。


 種を蒔く時期と、刈り取る時期がある。今は、静かに土壌を整える段階だ。


 レインは手帳を閉じ、窓の外に広がる夜空を見上げた。


 王都の方角には、遠く霞むような光の帯がぼんやりと浮かんでいる。あの光の下で、今この瞬間にも、権力を巡る争いが繰り広げられているのだろう。


 そしてその渦中に、一人の王女が――将来、この商会にとってかけがえのない存在になるであろう人物が、今まさに苦境に立たされている。


 レインは小さく息を吐いた。


 ――もう少しだけ、待とう。


 その時が来たら、必ず手を差し伸べる。今はまだ、静かにその瞬間を待つべき時だ。


 夜風が、窓の隙間からわずかに吹き込んでくる。遠くで、街の灯りが揺れていた。


 辺境の街アーレントは、今日もまた一日、静かに、しかし確実にその歩みを進めていた。誰も知らない未来の伏線が、この街のあちこちに、少しずつ積み重なっていく。


 やがて訪れるであろう激動の時代に向けて、未来商会という小さな組織は、着実にその礎を築きつつあった。

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