母の料理は世界一
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実家に着いた頃には、雪は本降りになっていた。舞い落ちてくる雪は大粒で、少し重たそうな雪だった。
車を降りて玄関の前で立ち止まる。ほんの一瞬だけ。
帰ってくるのは年末年始以来か。私はドアノブに手をかける。何だか扉が重たい気がした。玄関の扉を開けると、食欲をそそる匂いがした。
「…ただいま」
靴を脱いでリビングへ。発した声は自分でも驚く程弱かった。リビングに母の姿はなく、母の代わりに2匹のチワワが私を出迎えてくれた。
「久しぶり。元気にしてた?」
2匹は尻尾を振り回して私の前でお座りをしている。絨毯の上に膝をつけると、私の足にクリーム色の毛並みの子が前足を乗せてきた。
「くぅ、ただいま」
チワワのくぅ。零れ落ちる程の大きな瞳。年齢は12歳と高齢だが、まだまだパワフルなおばあちゃんだ。くぅの頭を撫でていると、ぬっと私とくぅの間に割り込んでくる子が一匹。どことなくタヌキに似ている、ぽっちゃりとした子。白と茶色の毛並みをした、チワワのぷんだった。こちらはくぅよりも2つ若いのだが、どことなく鈍臭い。
我先に我先にと、2匹は撫でてと私の周りをぐるぐると回った。
「おかえり」
2匹を撫でていると、台所から母が顔を出した。母はいつも通りだった。父もいつも通りで、愛犬もいつも通りで、変わってしまったのは自分だけな気がした。だが、そんな私に訪れたのは、安堵だった。
「…ただ、…いま」
声が震えて上手く出なかった。帰ってきた、やっと帰ってきたと、ぽろぽろと零れた涙は、私の手の甲に落ちて、ぷんがそれを舐めとった。くぅはといえば、きょとんとした顔をしている。2匹を抱き抱えるように、私は床にうずくまった。ひっくひっくと子供のように声を上げていると、くぅとぷんは私の顔を舐めた。
母は少し驚いた顔をして、遅れて家に入ってきた父も、一瞬ギョッとしていた。
暫くすると、そろそろ解放してくれと、2匹が私の腕の中からするんと逃げていって、不思議なことに私の涙もすんっと引いた。ぺたりと床に座り込む。はぁと一息つくと、途端に腹の虫がなった。それは盛大に。
「お腹、…減った…」
家の中にただよう食欲をそそる匂いに、腹が反応したのだろうか。母はその腹の音を聞くと笑った。父も笑った。
「そんだけ泣けば疲れるだろうね。今ご飯にするから座って待っときな」
母は何も聞かない。私がどういう生活をしていたか、何が辛かったのか。車の中でも父は何も聞かなかった。少し聞いて欲しい部分もあるのだが、声に出せばまた涙が溢れそうで、話せる時に話そうと、今はソファに深く腰掛けた。
台所で母は遅めの昼食の支度をしていて、父はといえば、テレビでニュースを眺めていた。くぅは膝に乗せろとソファを引っ掻いて、ぷんはひと仕事したと言わんばかりに寝床で丸くなっている。
「ご飯できたよ。食べれそう?」
「…食欲は…ある」
食卓に並べられたのは、ミートスパゲティ。私も父も、母の作るミートスパゲティが大好物だった。別皿にサラダも添えられていて、ドレッシングとマヨネーズが食卓に置かれている。
「いっただきまーす」
父の声に、私の小さな「いただきます」はかき消された。フォークを手に取ると、フォークがカタカタと震える。手の震えが止まらなかったが、スパゲティを巻きとって、ゆっくり口に運んだ。
大好きな味が口いっぱいに広がった。暖かい料理が胃の中に入っていく。
もう一口、もう一口、私は無心で食べたが、途中でぴたりと私は動きを止める。口の中がしょっぱいのだ。口の中のものを飲み込んで、そろりそろりと私は口を開いた。
「…つら…かった…」
泣きながら私はまたフォークを口に運んだ。
母のミートスパゲティは絶品。




