私の心よ 白であれ
母へカミングアウトした翌日、正午に近い時間に父が迎えに来た。
母は一緒ではないのかと尋ねると、昼食を作って待ってると、父は優しく返事をくれた。
後部座席に数日分の荷物を詰め込んだボストンバッグを置いてから、助手席に乗り込んだ。車窓を流れる景色は白くて、でも空は青かった。何を喋ったらいいかわからず、スマホでどうでもいい呟きを眺めていると、父が口を開いた。
「調子、どうだ?」
どうだと聞かれても答えられなかった。「うん、まぁまぁ」ではない。かと言って、「最悪」と言うのも違う気がした。言葉を詰まらせているとと、「寝れてるか」と違う質問が飛んできた。
「…眠剤貰ってからは、寝れてる」
そうか、と父は呟いて、それからは無言だった。
車内に流れる昭和の曲は父のお気に入りだ。ただ、少し歌詞が暗くて重い。そういえば、高校時代に言ったことがある。高校まで送ってもらっているというのに、「朝からやる気を削ぐ曲辞めてよ」と姉と共に抗議した事があった。笑い話だ。もう何年も昔の話。何故だか無性に懐かしくなって、気がつけば頰が濡れていた。慌てて手の甲で拭ったが、次から次へと雫はポロポロと零れてくる。
「辞めてもいいんだぞ」
父の一言に、ダムは決壊した。
それでも、その涙とは裏腹に出てきた言葉は強がりだった。
「もう少し…頑張る」
何度も何度も辞めたいと願った。それでも、先のことが不安で、必死で押し殺して、耐えて過ごしてきた。
だけれども、頑張れなかった。不安ばかり脳内に流れ混んできて、夜になってもそれは消えない。ぐるぐる頭の中を駆け巡って、私の眠りを妨害してきた。酷いクマが出来た。シャワーを浴びる事さえ億劫になった。部屋中には脱ぎ散らかされた服。シンクの中には洗っていない食器の山。部屋にあげてくれと言われても、とてもじゃないが招き入れられる状況ではなかった。
もう限界だというのに、休めば治るはずだと思っていた。
父と話す今の私もそう思っている。治るはずだと。
「迷惑…かけたくないから」
「遠慮する必要ないんだぞ」
「自立…しないとだから」
やっと手に掴んだ仕事なのだ。それを辞めてしまったら…申し訳ない気持ちで潰れそうになる。
「体調第一だからな」
「うん、そうだね」
鞄の底でぐしゃぐしゃになっていたポケットティッシュを探し当て、鼻をかんだ。
車を走らせて10分。あの青空はどこへ行ったのか。薄く灰色の雲がかかって、チラチラと雪が降り始めた。
いつ壊れるかわからないから恐ろしい。




