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運命の市場

神々の市場で「法則の書」を手に入れたドラキチは、ギルドに戻ってほっと一息ついていた。


「……ふぅ、やっと落ち着いたぜ。神様連中との値切り交渉は、ドラゴンとチェスをするより骨が折れる」

使い古され、もはや魂が宿りそうな木樽の椅子に腰を下ろし、ドラキチがドラ茶を飲んだその時。間の継ぎ目がシャンパンの栓を抜いたような音を立てて弾けた。ひらりと舞い落ちたものは、月光の滴で織り上げたような銀色の招待状。


文字が生き物のようにうねり、ドラキチの網膜に直接語りかけてくる。

「運命の市場へようこそ。ここでは『まだ起きていない最高の午後』を買い、『退屈な明日』を売り払うことができます。ただし、未来を書き換えたインクのシミは、今のあなたの服に飛び散るかもしれません」


「未来を商品にする、だと……?」

ドラキチは眉をひそめながらも、その内容に興味をそそられた。

「型落ちの運命を安く叩き売って、特上の幸福ハッピーエンドをバルク買いできるってわけか。悪くない、むしろ最高だ」


「ドラキチさん、その顔はダメな時の顔です!」

横から飛んできたのは、ギルドの良心にして歩くブレーキ役、マクラの鋭いツッコミだ。彼女は羽根ペンを武器のように振り回し、眉を八の字に曲げて詰め寄る。

「未来をいじるなんて、世界というシステムのソースコードを勝手に書き換えるようなものですよ? 万が一バグが出て、世界がフリーズしたら、どう責任を取るのですか!」


「硬いこと言うなよ。見ろよ、この招待状の隅っこ。小さなルビで『初回特典:初恋のやり直しクーポン付き』って書いてある。神様も粋なマーケティングをするじゃないか」

「それ、絶対ロクなことになりませんから!過去の甘酸っぱい思い出が、激辛のデスソースに上書きされるのがオチです!」


マクラの必死の抗議を、ドラキチは極上のワインを楽しむかのような優雅な仕草で受け流す。

「まあ見ていな。俺の直感が、この契約は『宇宙規模の爆益』だって囁いているんだ。運命の女神をナンパするくらいの軽やかさで行ってこようじゃないか」

ドラキチは、まだ見ぬ「未来の陳列棚」を想像し、軽快なジャズのリズムで鼻歌を歌い始めた。


「ドラキチさん、本当に行くのですか?未来を変えるなんて、危険すぎる気がします」

「まあ、確かに危険そうだけど、お得な契約があるかもしれないだろ?もし『一生お代わり無料の幸福』がワゴンセールになっていたら? かない理由は、どこにもないだろ」


●運命の市場への道

「運命の市場」は、地図のどこを探しても見つからない。それは、世界樹の根元にも、最果ての砂漠にも記されていない。


それは、自分の人生という名のレールが、ふとした拍子にガタガタと音を立てて歪んだ瞬間にだけ現れる「時空のバグ」のような場所だった。


ドラキチは「法則の書」を開いた。隣には、以前手に入れた「心映しの鏡」が、持ち主の煩悩を映して気だるげに光っている。


「いいか。運命ってのはな、真っ直ぐな一本道じゃない。無数の『もしも』が編み込まれたタペストリーなんだ」

「また適当な詩人みたいなこと言って……。で、その鏡に映ってる『もしも』は、ドラキチさんが豪華なディナーを食べてる姿に見えますけど?」

「しっ、静かに! 集中してるんだ。……ほら、来たぞ。未来の波形が変わる音が」


ドラキチが鏡の表面を指先でなぞると、銀色の水面が激しく波打ち、法則の書から零れ落ちた古代文字が、譜面の上を踊る音符のように鏡の中へと吸い込まれていく。


その瞬間、部屋の空気がヴィンテージの赤ワインのような、濃密で甘い香りに変わった。足元の古びた床板が、突然ベルベットの絨毯へと変貌し、目の前の壁がパタパタと折り畳まれていく。それはまるで、舞台装置が入れ替わるような鮮やかさ。


「うわぁ……! 部屋が、溶けてる……?」

マクラが目を丸くして叫ぶ。視界の先には、金色の霧に包まれた異形の市場が広がっていた。無数の光の糸が絡み合い、それぞれが異なる未来の可能性を示している。糸は空中に浮かび、時折、その先に見える「未来の光景」が映し出される。


街灯はすべて浮遊するランタンで、売られているのはリンゴやパンではなく、「昨日見逃した幸運」や「明日降るはずの恋の予感」が詰まったガラス瓶。


「ようこそ、ドラキチ様。お待ちしておりました」

霧の向こうから、タキシードを着た黒猫が、丁寧な会釈と共に現れる。

「ここは運命の交差点。あなたが捨てた未来も、誰かが欲しがった奇跡も、すべて適正価格で取引される場所です。……さて、本日はどのような『可能性』をお買い求めで?」

ドラキチは、不敵な笑みを浮かべてマクラを振り返った。

「ここじゃ『ハッピーエンド』も量り売りされてるらしいぜ。……店員さん、とりあえず一番エモいやつを試食させてくれ!」

二人の足元で、銀色の石畳がキラキラと、期待に震えるように輝き始めた。



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