幻想の終末市場
創造の市場で「創造の契約書」を手に入れたドラキチは、ギルドで久々にゆっくりした日々を送っていた。しかし、彼の安らぎはまたしても短いものだった。ある日、ギルドの掲示板が、不吉な紫色の燐光を放ち始めた。
「……ねえ、ドラキチさん。あそこだけ次元が歪んで、時空のシミみたいになってますけど」
マクラが、震える指先で掲示板を指差す。そこには、羊皮紙というよりは「乾いた絶望」を薄く引き延ばしたような質感の依頼書が、ピンで留められるのを拒むように浮いていた。
「幻想の終末市場への招待――世界の終わりを見据えた商品が並ぶ市場。ただし、取引には存在そのものを問われる試練が課される。」
文字が蠢いている。まるで読む者の正気を少しずつ削り取り、スープの出汁にしようとしているかのように。
「世界の終わりを見据えた商品……またヤバそうな話だな。でも、逆に言えば『在庫処分、世界の終わりにつき全品九九パーセントオフ』って意味だろ?」
ドラキチはその内容に興味津々になった。
「どうしてそうなるんですか!」
マクラのツッコミが響く。
「存在を問われるんですよ? 存在ですよ? 『あなたは誰?』って聞かれて答えに詰まったら、その瞬間に消滅して市場の陳列棚に並べられちゃうような場所ですよ、絶対!」
しかし、ドラキチの瞳にはすでに、おトクという名の魔力が宿っていた。
「考えてもみろよ。世界の終わりでも壊れないフライパンとか、神々の黄昏を特等席で観るための折りたたみ椅子とか、絶対あるはずだ。しかもそれが激安。……行くしかないだろう、賢い消費者として!」
「……もう、止めても無駄なんですね」
言葉とは裏腹にマクラの瞳にも少しの好奇心が混じっていた。
「まあ、これまでだってなんとかなったしね。それに、何かあれば消費者契約魔法で対処するよ。さあ、世界の終わりを買い叩きに行こうか!」
こうして、ドラキチは幻想の終末市場へ向かう旅に出ることを決意した。
●幻想の終末市場への道
幻想の終末市場は、他の市場とは異なり、訪れる者の「想像」によってその形を変えると言われている。ドラキチは、創造の契約書を使い、自分の頭に思い描いた場所へと扉を開いた。
扉をくぐると、そこは荒廃した大地に奇妙なオーラが漂う不気味な世界だった。空は裂け、時間が止まっているかのような静寂が広がる。そこにぽつんと立つ市場が、まるで異質な存在のように輝いていた。時間は完全にサボタージュを決め込み、静寂だけが贅沢に供給されている。
「これが『幻想の終末市場』か。想像力豊かな俺の頭が、よもやこんな世紀末な景色を呼び出すとはな」
●終末市場の商品たち
「いらっしゃいませ。お客様、滅亡のご予定はお決まりで?」
骸骨の店員がカチカチと顎を鳴らして寄ってくる。ドラキチはそれを無視し、特売品ワゴン……ならぬ、宇宙の真理を記した棚へ歩を進めた。そこにはまるで「最後の瞬間」に備えたかのような商品が並んでいた。ドラキチは一つ一つの商品を見て回りながら、消費者契約魔法で特典と危険を確認する。
「この『時間凍結の宝珠』、見た目は綺麗だが契約条項はどうなっている」
消費者契約魔法によって青白いホログラムで警告文が浮かび上がった。
【※注:世界の終わりを止めることができますが、あなたは一生、時を止めたままトイレに行けなくなります】
「……永久の便意か。危険がエモすぎて笑えん。却下だ」
次に手に取ったものは、見るからに中二心をくすぐる『終末の魔剣』。
「ほう、一振りで敵を殲滅か。だが、使うたびに命を削るんだろ?」
消費者契約魔法の検索結果が答える。
【一振りにつき、あなたの寿命と、最も恥ずかしい黒歴史が世界中に公開されます】
「命よりきつい対価を要求するな! 精神攻撃は基本か!」
最後に彼が目を留めたものは、一粒の輝く『再生の種子』だった。
「これだ。世界を再建する。美しい、実にエモいラストシーンじゃないか。だが……」
【効果:世界は緑に包まれます。ただし、植えた瞬間にあなたは『自分が誰か』を忘れ、近所の野良犬として転生します】
「ワンとしか言えなくなる再生に、何の感動があるってんだ!」
ドラキチは深い溜息をつき、契約書の余白にメモを走らせた。
「どれもこれも、見返りと危険のバランスが悪すぎる。誇大広告で訴えてやりたいところだが……お得な使い方があるかどうか、じっくり考えないと」
終末の空の下、稀代の消費者契約魔法使いの算盤を弾く音だけが、虚空に虚しく、かつ力強く響き渡った。




