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創造の市場

伝説の魔王を倒すよりも、「実質無料」という魔力に魅せられた男がいた。

その男、ドラキチ。異世界で唯一、聖剣よりもクーポンを、魔法の杖よりも還元率を信奉する消費者契約魔法使いである。


今日も今日とて、ギルドの受付嬢マクラと不毛な会話を繰り広げていた。

「あの太陽の輝きよりも、期間限定のポイント還元の方が眩しいと思わないか?」

「ドラキチさん、情緒が死んでいます」

マクラは呆れた。その時だった。ドラキチのポケットの中で星々の市場での冒険で獲得した「コスモ契約リング」が夜明け前の地平線のような淡い青光を放ち始めた。

「……!?」

頭の中に響いたのは、銀鈴を転がすような、それでいて深い奈落から響くような、不可思議な声。

「選ばれし強欲な旅人よ。創造の市場への門が開かれました。そこは、吐息が宝石になり、後悔が契約書になる場所。ここでは“願い”そのものを形に変える取引が行われています。――ただし、その代償は、貴方の心が最も美しかった瞬間の記憶です」


「願いを形にする市場? ほう……」

ドラキチはニヤリと不敵に笑った。彼の脳内計算機が、音を立てて最適解を導き出していく。


「ドラキチさん、顔が怖いですよ! その代償ってやつ、聞きました? 『一番美しかった記憶』ですよ!? それを失ったら、もう何のために生きているか分からなくなっちゃいます!」

マクラは震える手でドラキチのローブを掴んだ。しかし、ドラキチは指先で「コスモ契約リング」を弄びながら、事もなげに言い放つ。


「落ち着け。『不利益事実の不告知』は、全宇宙共通の無効条件だ。もしその市場が『代償の痛み』を事前に十分説明しなかったり、こちらの困惑に乗じて法外なレートを吹っかけたりしてきたら……」

ドラキチは空中に、黄金の光で魔法式を書き込んだ。

「俺の消費者契約魔法が火を吹くだけだ。お得に危険を減らす。それが真の冒険者のやり方だろ?」

「もう、勝手にして下さい! ……でも、もしドラキチさんが私の名前を忘れちゃったら、絶対にその魔法で契約を取り消してくださいね!」


●創造の市場への道

その場所は、銀河の端っこでも、魔王が住むおどろおどろしい異次元でもなかった。そこは、誰かが「あったらいいな」と夢想した瞬間にだけ生まれる、はかなくも図々しい「概念の空間」。


ドラキチは、指先で鈍く光るコスモ契約リングをこれでもかとこねくり回した。すると、空間が安物のシーツのようにベリベリと音を立てて裂け、そこから柔軟剤と星屑が混ざったような、なんとも言えない「良い匂い」が漂ってきた。


「よっしゃ、一丁やってやりますか」

裂け目に飛び込んだドラキチの視界が開ける。そこは、重力がサボっているような、ふわふわとした光の回廊だった。


入口に立っていたのは、蛍光灯を人間のかたちに丸めたような、やけに発光のいい白い光の案内人だ。彼は、実体のない口元を三日月のように歪めて言った。

「ようこそ、創造の市場へ。ここは、あなたの心の奥底で燻っている『どうしようもない願い』を、パッケージ化して販売するセレクトショップです。……ああ、ただし。当店はボランティアではありません。願いという商品には、必ず『等価の代償』というレシートが付いてきますので、あしからず」


ドラキチは、高揚感で鼻息を荒くした。

「願いを商品にする……? 例えばどんなもんが棚に並んでいるのでしょう? 限定品とかあるのでしょうか」


案内人は、まるで「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに、光の粒子をキラキラと散らしながら答えた。

「そうですね。一振りで山をプリンのように切り裂く『世界最強の剣』、あるいは、死神が思わずあきらめて帰るほどの『しつこい不死の体』。なんなら、思い出の中でしか笑わない『あの人の蘇生』……なんてのも、バックヤードから在庫を出してきましょう」

案内人の声は、優しく、それでいて冷酷なまでに甘い。

「ただし、ご注意を。世界を救いたいなら、あなたの『平凡で平和な退屈』をすべて。愛する人を戻したいなら、あなたがこれから出会う『新しい恋の可能性』をすべて。……支払いの準備は、よろしいですか?」

ドラキチは、眩い市場の奥を見つめながら、ごくりと喉を鳴らした。

「ようこそ、因果のガラクタ市へ。ここでは金貨などただの平たい金属に過ぎんよ」


●市場での初めての取引

市場に足を踏み入れると、光と影が混ざり合った幻想的な空間が広がっていた。店の代わりに、無数の「輝く願いの球体」が宙に浮かび、それぞれの球体が取引の内容を示している。それはまるで、誰かが吐き出した息に星屑を詰め込んだような、淡く、切ない輝きを放っている。


ドラキチは、その中の一つにそっと指先を触れた。指先から伝わってくるものは、焼きたてのパンの匂いと、降り積もる雪の静寂。それは『望みの家』を形にするための契約魔法の種火だった。

「ほう、良い物件じゃないか。だが……」

ドラキチが指先から青白い火花を散らし、【消費者契約魔法:詳細開示Disclosure】を発動すると、虚空にホログラムのような文字が浮かび上がる。


ドラキチは一つの球体に手を伸ばすと、それが「望みの家」を形にする願いであることが分かった。消費者契約魔法を発動し、特典と危険を確認する。


【契約内容:終の棲家(ワンルーム・迷宮付き)】

◆付帯特典

・建築速度200%(大工の神が徹夜で叩き起こされます)

・永久メンテナンス・フリー(家自体が自己修復の意思を持ちます)

・持ち運び可能

◆等価代償

・あなたの「過去の記憶」から、最も美しい断片を一つ消去


「おいおい、冗談じゃない」

ドラキチは苦笑した。

「『初恋の味』を差し出してまで住む家なんて、砂上の楼閣と同じだ。飯が不味くなるだけだよ」

彼は懐から、使い古された銀の羽根ペンを取り出した。これこそが、消費者の権利を守る最強の魔導具。ドラキチは空中に複雑な数式を描き込み、契約の条文に干渉を開始する。

「魔法の神様、少しばかりの融通を。この『代償』の重さを、もう少しオシャレに軽量化させてもらおうか」

【消費者契約魔法:代償軽減特典】発動。

空中の文字が激しく明滅し、再構築されていく。消去される記憶の範囲が広がり、そして……極限まで「薄く」引き伸ばされた。


消費者契約魔法の力を使い、「代償軽減特典」を追加。記憶の代償を「一度読んだ本の内容を忘れるだけ」に調整し、無事に契約を成立させた。


◆修正後の代償

・「一度読んだ本の内容」をランダムに一冊分忘却する。


「……よし。これなら、またあの名作を『初めて読む感動』として味わえる。実質、トクしかしてないな」


ドラキチが満足げに頷き、球体を握りつぶすと、光の粒が彼の体に吸い込まれていった。足元の地面が震え、誰もいない空地に、彼だけの『記憶と引き換えの城』がせり上がってくる。


完成したばかりの「望みの家」の玄関を開けると、そこにはまだ新しい木材の香りと、ほんの少しの「忘却の寂しさ」が漂っていた。

ドラキチはリビングの真ん中に、ポツンと置かれた銀色の小箱を見つける。

「おや、引っ越し祝いにしては気が利きすぎているな」

それは、どの魔法のカタログにも載っていない、不思議な装飾が施された宝箱であった。ワクワクしながら蓋を開けると、中に入っていたのは一冊の、表紙が真っ白な本。

「なんだ、ただの白紙の本か?」

首を傾げてページをめくると、そこには彼自身の筆跡で、たった一行だけこう書かれていました。

『この本は、君がさっき「家」と引き換えに差し出した、世界で一番大好きな物語だ』

ドラキチは、あっと声を漏らした。

契約の代償として「一度読んだ本の内容」を忘れ去った直後、その物語のタイトルすら思い出せなくなっている自分に気づいた。しかし、ページをめくる指が、なぜか懐かしさに震えている。読み進めるうちに、ドラキチの顔に笑みが浮かんだ。

「……なんだこれ、めちゃくちゃ面白いじゃないか! 最高の伏線だ。こんな名作を今まで知らなかったなんて、俺は損をしていたな!」

彼は自分の家で、自分がかつて愛し、そして捨てた物語を「初めて」読み始めた。

読み終わる頃には、彼は感動で涙を流した。忘却を贅沢に変えてしまう、ドラキチ流の「だまし売り」ならぬ「楽しみ売り」の夜は、こうして更けていった。

「よし、明日また市場へ行こう。次は『絶対に寝坊しない枕』でも探すとするか。代償が『朝の二度寝の快楽』じゃなきゃいいんだがね」


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