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虚無のゴミ箱

星々の市場からギルドへと戻ったドラキチは、宇宙規模の冒険を振り返りつつも、「もっと特別なお得があるかもしれない」と新たな商品を探していた。


「ちょうどいいところに来たわ、超自然なショッピングの話があるの。『夢幻の市場』を覚えている? あそこのアンテナショップがこの街に出店したのよ」

ドラキチの目が細められた。

「夢幻の市場……価格は空想的だが、負債は永遠。あの領域か。どこだ?」


「路地裏よ」

マクラが指をさす。

「霧が紅茶の香りがする場所を探して」


ドラキチは迷わず向かった。路地を見つけると、確かにそこにある霧は冷たくも湿ってもいなかった。それは温かく、芳醇であった。紅茶色の霞の中から、次元の間で震えているかのような店が姿を現した。


ドラキチが扉を押し開けると、カランコロンと、割れた星の欠片が触れ合うような音が響いた。

「いらっしゃい。お望みは、『二度寝を永遠にするソファ』かな? それとも『座るだけで哲学に耽れる椅子』かい?」

フンニャが声をかけた。

「いや、もっと実用的なやつを頼む。『どんな悩みも吸い取る魔法のゴミ箱』が欲しいんだ」

ドラキチが指差したのは、ガラクタの山の中で異彩を放つ、漆黒のベルベットが貼られたゴミ箱であった。嫌な記憶や不安を投げ込めば、たちまち宇宙の塵に変えてくれるという逸品である。

「お安い御用だ。だが、この『虚無のゴミ箱』の代償は、少々特殊でね……」

フンニャが指先で契約魔法の羊皮紙を広げると、そこには【思わぬ代償】が禍々しい紫色の文字で浮かび上がった。


◆代償

「あなたの人生における『どうでもいい世間話』の語彙をすべて没収する」


「世間話の語彙だと?」

ドラキチは眉をひそめました。

「そう。天気の話、最近の景気の話、あってもなくても困らない『あー、あれね』といった相槌……それらすべてが君の口から消え失せる。代わりに、君は常に本質的で、ドラマチックで、エモいことしか喋れなくなるのさ」

ドラキチは想像した。

八百屋で「いい大根だね」と言いたいだけなのに、「この大根には、大地の孤独と、冬の厳しさを乗り越えた沈黙の重みがある……」と、朗々と語り出してしまう自分の姿を。

「……それは、別の意味で人生がハードモードにならないか?」

「ユーモアを忘れない君なら、むしろ楽しめるんじゃないかな?」

フンニャはニヤリと笑いました。

ドラキチは少し悩みましたが、手元の銀の羽根ペンを回し、【消費者契約魔法:レトリック変換】を上書きした。

「交渉成立だ。ただし、代償を少し捻らせてもらう。没収されるのは『俺の世間話』だけじゃない。『俺に世間話を振ってくる相手の記憶』からも、俺が変なことを言った記憶を毎秒消去してくれ」


◆修正後の代償

・エモいことしか喋れなくなるが、聞いた相手は「なんか良いこと言われた気がする」という漠然とした多幸感と共に、内容を即座に忘れる。


「これなら、近所のおばさんに『今日の夕飯は何だい?』と聞かれて、『黄昏に染まる銀鮭のムニエル、君の瞳を添えて』と答えても、不審者通報されずに済むな」


ドラキチが契約を成立させ、真っ黒なゴミ箱を抱えて店を出ると、オニイが声をかけてきました。

「よう、ドラキチ。いい天気だね!」

ドラキチはゴミ箱に昨日の不安を放り込み、精一杯の「世間話」を返しました。

「ああ、まるで神様がインクをこぼしたような、残酷なまでに透き通った蒼穹そらだね。君の魂の洗濯指数も百パーセントだろう?」

「……なんか、よくわかんないけど元気出たよ!」

知人は一瞬ポカンとしたが、笑って去っていきました。ドラキチは満足げに鼻歌を歌いながら、新しいゴミ箱を抱えて家路についた。


●エモいことしか喋れなくなった

ギルド受付窓口。ドラキチはマクラの前で、冷や汗を拭いながら立ち尽くしていた。

普通なら「今度の日曜、空いてる?」と軽く誘えば済む話である。しかし今の彼に、そんな「乾いた砂のような語彙」は許されない。口を開けば、肺の中の空気が勝手に叙事詩へと変換されてしまう。

「ドラキチさん、次の依頼をお探しですか?」

マクラが事務的な、しかし小気味よい笑顔で問いかける。ドラキチは覚悟を決め、喉の奥の【消費者契約魔法】の残響を震わせた。

「マクラ。君の瞳の奥に、かつて滅んだ王国の夕暮れを見た気がしたんだ。……つまり、次の太陽が天頂から右へ三十度傾くとき、俺と共に、銀河を煮詰めたようなドラ茶を飲み干さないか?」

マクラのペンが止まった。

「……ええと、日曜の午後三時に喫茶店に行こう、ってことで合ってます?」

「……正解だ。君は運命の翻訳家だね。君と過ごす時間は、永遠という名の残酷な秒針を止める唯一の魔法になるだろう」

ドラキチは必死でした。心の中では「違う、そんな大げさなことを言いたいんじゃない! 普通にパンケーキが食べたいだけなんだ!」と叫んでいるが、唇から漏れるのは最高級の吟遊詩人が泥酔した時のようなセリフばかり。

「……ふふっ」

マクラが突然、吹き出した。

「ドラキチさん、最近なんだか……すごくポエムですね。でも、いいですよ。その『銀河を煮詰めたドラ茶』、気になりますし」

やった! 奇跡的に通じた!

ドラキチが歓喜に震えて、口走ろうとした。

「君の慈悲は、枯れ果てた砂漠に降るたった一雫の奇跡だ」

その時である。【契約代償:忘却魔法】が発動した。

マクラがパチクリと瞬きをした。

「あれ? ドラキチさん。今、何か仰いました? 私、なんだか今すごく『幸せな気分』なんですけど……何を話してたか忘れちゃいました。あ、依頼の相談でしたっけ?」

「………………」

ドラキチは絶望した。代償のせいで、彼がエモく語れば語るほど、彼女の記憶からは「誘われた事実」が消えていく。残るのは、わけのわからない多幸感だけ。

「マクラ、よく聞いてくれ。俺たちは今、約束という名の星座を編んでいたんだ」

「えっ、星座? 素敵ですね! ……で、何の話でしたっけ?」

「……俺の愛は、この忘れられた物語の中にだけ存在するのか……」

「わあ、今のフレーズ、すごくエモいです! でも、何の話でしたっけ?」

無限ループである。地獄の難易度。ドラキチは思った。この契約を修正するには、次は「自分の言葉を録音しても代償が発生しないボイスレコーダー」を市場で探してくるしかない、と。


●日曜日の午後三時

日曜日の午後三時の時計塔の下。

ドラキチは、人生で最も「無口」かつ「必死」な戦いに挑んでいた。

何しろ、口を開けば「君の歩みは運命の歯車と共鳴し……」などと口走り、その瞬間にマクラは「あれ、私ここで何してたんだっけ?」と、幸せそうな顔で帰宅してしまう。ドラキチが編み出した解決策は、【非言語的視覚情報による誘導Silent Navigation】。要するに、喋らずに態度で示すことであった。

「あ、ドラキチさん! お待たせしました。……って、その格好は?」

待ち合わせ場所に現れたマクラの前にいたのは、タキシード姿で、巨大な矢印が書かれたプラカードを無言で掲げるドラキチであった。

(……喋るな、俺。口を開けば、この恋は霧に消える。)

ドラキチは無言のまま、マクラの目を見つめ、情熱的なステップを踏みながら喫茶店の方向を指差した。その動きは、求愛行動に失敗した極楽鳥のような悲哀と滑稽さが入り混じっている。

「ええと……こっちに行けばいいんですか?」

ドラキチは深く頷き、『YES!』と書かれた旗を力強く振った。

道中、ドラキチの「エモい呪い」は虎視眈々と発動の機会を狙っている。


ふと、道端に咲く一輪の花がマクラの目に留まりました。

「わあ、綺麗な花……」

「(……それは君の微笑みを映し出す鏡の……いや、ダメだ!)」

ドラキチは咄嗟に自分の口を両手で塞ぎ、【消費者契約魔法:ジェスチャー翻訳】を発動。全身を使って「花よりも君が綺麗だ」というメッセージを表現しようとした結果、激しい痙攣を起こしている不審者のような動きになった。

「ドラキチさん! 大丈夫ですか!? どこか悪いんですか?」

「(……クソ、エモさが漏れ出す……!)」

限界であった。彼はたまらず、持っていたスケッチブックを取り出し、猛烈な勢いで筆を走らせた。

「言葉は沈黙の淵に沈み、私の情熱は今、このパンケーキの甘美なる誘惑へと昇華される。」

それを見せた瞬間、マクラは言った。

「……? 何かすごく深いことを読んだ気がするけど、忘れちゃいました!」

筆談もダメなのかとドラキチは失望した。しかし、奇跡的に思いは通じた。

「でも、なんだかすごくパンケーキが食べたい気分です!」


喫茶店の席に着き、ようやく一息ついたドラキチ。しかし、運命は残酷です。

運ばれてきたのは、銀河のように輝くシロップがかかった、伝説の特製パンケーキ。

「美味しそう! ドラキチさんも一口食べます?」

「マクラ! 君という名の奇跡が、今まさに甘露を……」

言ってしまった。ドラキチの口から黄金の言霊が溢れ出した瞬間、マクラの瞳からデートの記憶がスッと消えていきます。

「あれ? 素敵な喫茶店。私、なんでドラキチさんとパンケーキを? ……でも、なんだか今、宇宙で一番幸せです!」

結局、ドラキチは三時間かけて「出会いの挨拶」から十回繰り返し、その度に記憶を失うマクラと「世界一新鮮で多幸感に満ちたデジャヴ・デート」を完遂したのであった。


次回予告

星々の市場での冒険を終えたドラキチが次に向かうのは、「創造の市場」。ここでは、アイテムそのものではなく、「願い」を形にすることが取引されるという――!?



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