星々の市場 有利誤認の逆転劇
海賊艦隊の旗艦が、市場の心臓部を粉砕せんと突入してくる。その巨大な質量が空を覆い尽くした瞬間――ドラキチの指が光を放った。
「消費者契約魔法発動、特典追加(ボーナス・適用)。――『お客様の安全は、運営の最高責務である』」
瞬間、市場全体がまばゆい琥珀色の光に包まれた。型落ちだったエネルギー盾が、消費者契約魔法の強制介入により、宇宙の物理法則すら弾き返す「不可侵の聖域」へとアップデートされた。海賊たちの放つプラズマ弾が、まるでゴムボールのように虚空へ跳ね返っていく。
「な、なんだこの硬さは!? 契約外だぞ!」
狼狽える海賊たちに、ドラキチは優しく、そしてこの上なく冷徹な笑顔を向けた。
「お帰りの便も、こちらでご用意しました。『遠方へのお届け(強制送還)サービス』、無料特典です」
彼は「ワームホールポータル」の座標を、市場のゴミ捨て場――もとい、最果ての「空間の裂け目」へと直結させた。逃げ場を失った海賊船たちは、掃除機に吸い込まれる埃のように、シュルシュルと次元の隙間へとパッキングされていく。
「これでお帰りいただきます!」
艦隊が完全に消え去り、空には再び穏やかな星屑の輝きが戻った。
静寂のあと、爆発的な歓声が市場を揺らす。
ドラキチは、ポップコーンを口に放り込んだ。
「全く、最近の海賊は利用規約も読まないのだから……これだから悪徳業者は困るよね」
●コスモ契約リング
銀河の端っこ、星屑がスパイスのように弾ける「星々の市場」。戦いの余韻が漂う中、星々の市場の管理者のチングがドラキチへ歩み寄った。その足取りは、まるで宇宙の静寂を奏でるメトロノームのようだった。
「君のおかげで、この市場の安寧は守られた。海賊に略奪されそうだった特売品のリンゴたちも、今や安堵の溜息をついているよ」
チングは虚空から「それ」を取り出した。
放たれた輝きは、超新星爆発を百回凝縮して、シロップで煮詰めたような甘美な光。
「宇宙の粋を集めた特別な報酬を贈ろう」
ドラキチの手のひらに転がり落ちたのは、「コスモ契約リング」。
一見すると、どこか懐かしい駄菓子屋の指輪のようだが、その実、宇宙交易の頂点に立つ者だけが指を通すことを許される、伝説のアーティファクトだ。
「効能を説明しよう。これがまた、笑っちゃうくらいデカいんだ」
チングが指を立てる。
効果1:契約魔法のスケールアップ。
「君が『ちょっと肩を叩く』と契約すれば、銀河の反対側で巨大な隕石がマッサージ機に変わる。契約の魔法が、宇宙規模にまで拡張されるのさ」
効果2:リスク自動軽減の鉄壁バリア。
「『魂を売る』なんていう悪徳な契約書にサインしても大丈夫。このリングが『あ、今の無しで!』と宇宙の理にインターセプトして、リスクを綿菓子のように軽くしてくれる」
ドラキチは、指に嵌めたリングをまじまじと見つめた。
七色に明滅する宝石の奥で、無数の星々がダンスを踊っている。
「これさえあれば……」
ドラキチは不敵に、そして少しだけセンチメンタルに微笑んだ。
「どんな無茶な契約でも、宇宙を股にかけた大博打でも、安心して挑めるってわけだ」
星々の市場に、新たな伝説の幕開けを祝うような、銀河風が吹き抜けた。
●超新星ソーダ
銀河の喧騒が遠いさざ波のように聞こえる、「星々の市場」のリゾートエリア。
そこは、重力がカクテルのシロップのように甘く溶け、時間は琥珀の中に閉じ込められたようにゆっくりと流れる場所だった。
ドラキチは、雲のようにふわふわとした浮遊型ハンモックに身を預け、「コスモ契約リング」眺めた。
「あの騒動が嘘みたいですね」
ドラキチは、隣で銀河一高級な『超新星ソーダ』をストローで啜っている管理者に声をかけた。ソーダの中では、小さな星屑がパチパチと弾け、飲むたびに喉の奥でささやかなビッグバンが起きている。
「ふむ……平和というのは、失って初めてその価値に気づくもの。だが、守り抜いた後に飲むこの一杯は、格別という言葉すら生ぬるい」
チングは、リゾート仕様の派手なアロハシャツ(素材は彗星の尾)の襟を正しながら、満足げに目を細めた。
「見てごらん、ドラキチ。君が守った市場の景色だ」
二人の視線の先では、様々な種族の商人たちが、穏やかな顔で商談に花を咲かせている。四本腕の巨人が、小さな羽虫の妖精と「愛とは何か」を契約で定義しようとして失敗し、大笑いしている。そんな光景が、宇宙の深淵に浮かぶ島の上でキラキラと輝いていた。
ドラキチは、ふと思いついて指輪に軽く触れた。
「このリングがあれば、例えば『この最高な時間を永遠に続ける』なんて契約も、宇宙規模で結べたりするのでしょうか?」
チングは、ソーダのグラスを揺らして笑った。
「おっと、そいつは野暮だ。永遠なんてものは、一瞬の輝きを知っているからこそ愛おしい。それに……」
チングは悪戯っぽくウインクした。
「そんな契約を結ばずとも、君がそのリングを持っている限り、宇宙の幸運は君と共にある。リスクはリングが食べてくれる。つまり、君が『楽しい』と思うだけで、世界は勝手にハッピーエンドへと舵を切るのさ」
「はは、そりゃあいい。最強の保険です」
ドラキチは、ソーダの最後のひと口を飲み干した。
空を見上げれば、無数の星々が自分たちを祝福するようにまたたいている。
市場の活気、スパイスの香り。
「……ま、とりあえず今は、次の契約のことなんて忘れて、もう一杯頼むとしましょう」
「賛成だ。次は『夢見心地が一生続くパフェ』を契約しようじゃないか。もちろん、支払いは私のツケでいい」
エモい夕暮れが、宇宙の果てからゆっくりと二人を包み込んでいく。
ユーモアと、ほんの少しのセンチメンタル。
「星々の市場」のリゾートは、まだ始まったばかりだった。




