ラグーナ入国 喜劇の役者として
ラグーナ公国の国門の橋の手前で、一団は二手に分かれることになった。
近衛師団は別命あるまで待機。
門をくぐるのは儂と、王の一家と、護衛役のピエール夫妻。
ピエールが手綱を握る黄金の角を誇る大鹿――ゴルドホーンエルクが曳く馬車が国門に差し掛かると、門番の兵士がこちらへ向かうのが見えた。
(…当然だな)
彼らは入国する者を詮議する任にある。
問題は我らの身分をどう説明すればよいものか…。
よもやオロディアの王族と名乗るわけにはいくまいて…。
ピエールが門番と挨拶を交わし、彼らが何やら後ろに向かって手を上げたかと思うと、国門が開かれる大きな音が聞こえた。
(…どうなっておるのだ?)
ラグーナ公国特有の馬車溜まりで儂らはピエールの先導に従い目の前の小舟に腰を下ろした。
これはこの国ならではの移動手段ではあるが…、目を覚ました姫が町並みに目を奪われて、王と王妃の装いが幸いしてか怪しんでいるものは誰もおらぬ。
船頭にピエールが何やら指示を与えておるが王が邪魔でよく聞こえぬ。
…はっ。滅相もない。邪魔だなどとは思うておりませぬ。
(…おのれピエール)
この舟をどこへ向かわそうと言うのだ?
それになぜ、ああも容易く国門を通れた?
男が無駄に口を開くなと教えたのは儂だが、何も説明がないではないか。
儂らを乗せた舟は岸につき、客である我らは舟を降りた。
見覚えのある建物を迷わず突き進むピエールよ。
何故振り返らぬ?
そしてこの国の兵士たちはなぜ彼ら夫婦に目礼を捧げたまま止めようとせぬのだ。
門を抜け、廊下を抜け、階段を上がり着いたのはこの国の名所でもある湾を見下ろす絶景の部屋。
ここでようやく、暫くお待ちをと部屋を出たピエール。
(お前は一体この国で何をしたのだ?)
◇◇◇◇
俺たち夫婦はラグーナ公国の王の執務室の前で声がかかるのを待っていた。
ふと、ほんの少し前にサンドライト王の部屋の前で、同じように扉の前にいた時の事を思い出す。
――あれはファニーを迎えに行く前の事だったか。
この短い期間のうちに三国もの王の居室前に身を置くことになるとは、少し前の自分であれば想像もしていなかったに違いない。
隣に控える妻にとっても、まさか二国の王とひとつ屋根の下で過ごすなど、思いもよらなかったはずだ。
「入れ」
奥から告げられた一声で、両脇に控える兵士が扉を開く。
他国の王に対して一方的な“貸し”を理由に要求を受け入れさせなければならないとは、一体なぜそんな道を歩むことになったのか…。
――悪くない。
部屋の主が奥で不敵な笑みを浮かべるのが見えた。
俺も表情は同じだろう。
自分も、そして恐らく目の前の王も、この喜劇の役者の一人なのだから。
目の前に立つラグーナ公国の国主ガブリエルは卓を挟んだ寝椅子に腰を下ろすよう目で告げる。
こちらがそれに従い、彼は不敵な笑みを崩さぬままゆっくりと腰を下ろした。
「愉快な語りが聞けそうじゃ…」
「はっ。これほどの喜劇は公王もまだご存知ではないかと」
「それは楽しみじゃの。町を…いやこの国を救った英雄。儂にその礼もさせぬまま国を出たそのうちのふたりが何かを城に持ち込んだ様子…期待に胸が躍るわ」
「礼などとは恐れ多い。以前も申した通り、我らはあの時に出来る事をしたまでの事。その話についてはまだいずれ…。今日は公王よりの依頼の下準備のご相談に罷り越しました」
「…ふむ。依頼とは儂が先刻手を貸してくれまいか?という件についてか?あれについては返事は貰っておらぬはずであろう?」
「公王に手を貸すなど、身に余ります。我らはあえて返答をせぬことを選んだまで」
「…あくまで役者として振舞うとはの。儂も乗ろう。何を持って帰った?」
「公王はあの日、手を貸してほしいとも、巻き込むわけにもいかぬと迷っておられたご様子。なれば我らは手を貸さず、巻き込まれぬ手段を選ぶしかないかと…」
「…続けよ」
「我らがこの城に持ち込んだのは、現オロディア国王と王妃、それに姫にございます」
「――!!」
「日を置かずサンドライト王もこちらを訪れるとの事、我らはここに三国の王が会談する機会のみ作り、巻き込まれぬようにまた旅に出ようかと」
公王の執務室では滅多に聞かれぬガブリエルの笑い声が響いた。




