乾いた空との別れ
私とノエルは戦場跡を見ることなくレイブさんの拠点に戻っていた。
今がどれくらいなのか時間もよく分からず、ノエルと二人で並んでベッドに寝かせられていた。何もできない二人で他愛もない話をしていると、居室の扉が開いてセレナが入って来た。
「今どうなってんの?」
「聞いたでしょう?竜は倒した。私たちの仕事は半分成功。ピエールたちもそろそろラグーナに着いた頃かしらね」
「…ここのみんなは帰ってきてるの?」
「大半は帰ってきてるわ」
――大半は。
その言葉の意味がグルグル頭を駆け巡っているうちに、いつの間にか眠りについていたようで、次に目覚めた時は朝だった。
「――!体動くようになったよ!」
「起き上がるのがキツイわ…」
「…おばあちゃんじゃん」
「電撃喰らいたいの?」
いつもの軽口を交わしながら、私たちはやっとの思いでベッドから起き上がり、客間を目指した。
◇◇◇◇
私とノエルはレイブさんの拠点を出てすぐの開けた場所に佇んでいた。
客間に人はおらず、窓から見下ろしたこの場所に兵士が集まっているのが見えたから。
いつもの乾いた風に混じる別の匂い。
それは目の前に上がる煙の匂い。
荒野の向こう、兵士の奥に立ち昇る何本もの煙。
まだ早くは歩けないけど、それが良かったのかもしれない。近づくにつれて見えてきたものは、布で覆われた…兵士の遺体。
無意識に一つ、二つ、三つ――数えたくはないけど、目が勝手に追っていた。
その周囲を囲う兵士たちは、剣も盾も鎧も外した姿。
すぐに兵士と分かったのは、その動きが鎮魂の礼以外の何物でもなかったから。
武人の葬礼。名も知らぬ戦士たちは立ち昇る煙の数だけ空へ還る。
先頭にレイブさんの姿が見えた。
あの大きな体が、今日は小さく見えた。
私たちも何か手伝えないか…見送れないかと思い、ゆっくりと前に進むと、それに気付いた兵の一人が急に地に膝をつき、右手を胸に当てて頭を下げ、ただ、目で前に進めと言われた気がした。
同じように私たちの側から、それに気付いた兵士が皆地に膝をつく。
気付けばレイブさんに続く道が出来上がり、私たちは何も語らずそこに辿り着いた。
レイブさんの背後にはセレナとオリバーもいた。
私たちがその横に並んだのを見てレイブさんが口を開いた。
「戦士の名を天へ!」
彼が一人ずつ名前を呼んだ。
私の知らない名前。
一つ一つの名前に、周囲の兵士たちの体が微かに揺れた。
名前が呼ばれるたびに、誰かが拳を握り、誰かが唇を噛み、誰かが空を仰いだ。
兵が松明を翳すと布に火が移り、煙が立ち上った。
炎は静かに音を立てず、煙が空へ運ばれていく。
乾いた空に新たに何本もの煙の筋が伸びる。
「よく戦った。もう休め」
彼は最後にこう言ったあと、何も言わなかった。
兵士たちも動かない。
私も動けなかった。
誰一人煙が細くなるまで動かなかった。
知らない人たちなのに…。
名前を聞いても、顔を見ても、誰一人として知らなかった。
それなのに涙が止まらない。
隣のノエルが黙って私の手を握った。
――冷たい手だった。
私も同じ、冷たい手で握り返した。
◇◇◇◇
「このまま出るよ」
葬礼が終わったあと、拠点に戻る前にノエルが口を開いた。
「…体は動くのか?」
やれやれとでも言うようにオリバーが答える。
「うん、無理…だからオリバー。あそこの馬車こっそり頂いちゃって」
「…“貸し”でいいか?」
「それでいい。…みんなごめんね」
ノエルの気持ちはみんな痛いほど分かった。
私もこの乾いた空から早く離れたかったから。
私たちは一度だけ顔を見合わせた後、この空に別れを告げて、ピエールたちの後を追った。




