砂竜アジ・ダハーカ④
暗闇の中、瞼の裏まで届く光で無理やり瞼をこじ開けられた。
――?
まだ眩む視界に映るのは何かが燃えた煙の筋。
視線を下ろすと見慣れた鎧姿の兵が行き交い誰も足を止めていない。
鼻を突くのは土と砂の乾いた匂いと…血の匂い。
耳の奥で鐘が鳴り響いていて他の音が聞こえてこない。
ゆっくり目を閉じて深呼吸してからもう一度開いた。
折れた剣の血を拭い、鞘に入れた兵が跪いて布から出た両手に握らせて目を伏せていた。
――!!
どうなったの?
勢いよく体を起こそうとして、首から下が動かないことに気が付いた。
まだ動く首を左右に振って辺りを見回すと、同じ動きをしている赤い髪。
「…ノエル!」
喉は震えたけど聞こえたかな?
目が合っている彼女の口がパクパクしたまま何言ってるか分かんない…。
――!!
急に両手で頭を掴まれた感触。
耳の後ろ辺りからじんわりと熱が広がり、鐘の音が遠ざかる。
「これで聞こえるわね?」
…やっぱりセレナだ。
「――ねぇ!!どうなってんの!?」
あ、ノエルの声だ。
「だいじょうぶ…かな?」
「――ったく!呼んだらすぐ返事!」
「聞こえなかったんだもん…」
「聞こえなくても見て分かれ!」
「…うるさいなぁ」
「今なんて言った!?ねえ!?」
「う~るせえなぁ、寝てる時ぐらいもう少し静かにできねえのか?」
「いつもこうなのよ。退屈しなくていいでしょ?」
レイブさんの声…どこから?
まだ混乱したままの私を後ろから抱えるようにセレナが起こしてくれた。
――手、足…ちゃんとあるじゃん。
どうやら私の体に大きな傷はない…と。
「安心しろ。終わったんだ」
初めて会った時と同じ、優しい笑顔のレイブさんがセレナの影から姿を現した。
「もう大丈夫ね。ここで大人しく休んでなさい」
「…どこ、行くの?」
「この人たちの治療よ。二人が目を覚ますまでならって今はシェルに任せっきりなのよ」
そう言ってセレナはどこかへ向かう。
動けないから向こう側がどうなってるのか分かんない…。
隣に目を向けるとレイブさんが担いだ大岩をノエルの後ろにそっと下ろした。
「イテテッ…ちょっ!どこ触って…」
「動けねえんだろ?とりあえず体起こすからジッとしてろや」
あっと言う間に岩を背に並べられた私とノエル。
目の前には後片付け?に動き回る兵士たち。
「…オリバーは?」
「あいつなら向こうでアジ・ダハーカ解体してるぞ」
「解体?…持って帰るの?
…ってことは倒したの?」
私の問いに大声で笑いながら肩を叩くレイブさん。
――痛いってば。
どうなったか分かんないんだから教えてよ。
「ケツから答えてやるよ」
そう言って私がケルベロスを放った後の顛末について彼は語り出した。
どうやらケルベロスは無事にアジ・ダハーカを捉えて動きを封じたらしい。私も…隣のノエルもその辺りまでのことはうっすらと覚えてる。
お互い目を見合わせて頷いた。
問題はそのあと。
確かオリバーが止めを刺す予定だったんだけど、必要なかったらしい。理由はケルベロスの炎がアジ・ダハーカを内側から燃やしたから。
――ちょっと何言ってるか分かんない。
炎があるうちはアジ・ダハーカに近寄れなかったみたいで、暫くして動きを止めたところで、大きな核が現れたから討伐できたってことらしい…。その核はとりあえずオリバーが預かっているそう。
そのあとは数体の毒虫と砂竜の群れが現れたけど、セレナとシェルティが対応して、今は負傷者の治癒とアジ・ダハーカの解体作業中…と。
「ね、トラヴァスは?」
「アイツなら多分オリバーからお裾分けでもしてもらってるんじゃない?」
「無事ならいいや。
…ノエルは大丈夫?」
「アレやっちゃうとね、痺れて当分動けないのよ。体中に雷流してるからしょうがないよねぇ」
アレはそういうことだったんだ。
体への負担が相当あるってことは今のノエルを見てればよく分かる。
「ソファはどうなの?」
「分かんない…かな?
力が全然入んないの」
「魔力切れだね」
――魔力切れ?って?
「人が持つ魔力なんてたかが知れてるわ。だからアタシたちは無意識に外から魔力を集めて魔法を使えてるんだけど…その辺りは今度セレナにでも聞いて。今のアンタは自分の扱える魔力を超えすぎて頭ん中が爆発してんのよ。だから何かしようにも体に命令が届いてない状態。そんな心配しなくても休んでれば頭に近いところから動くようになるわよ」
――なるほど。
目、口、首と上から順番に動いてるのはそれでか。
「…状況は分かったな?今は安全だ。とりあえずここを片付けたら一度拠点に帰る。あとアジ・ダハーカの素材はお前らが持って帰れ」
「…素材?燃えちゃったんじゃ?」
「胸より上はな。その下は鱗だの肉だの爪だの使える部分はあるだろ?あとは竜の核なんざ使い道が分かんねえし、今こっちが持ってると余計な争いの種になりかねねえからな」
核より素材より胸から上がどうなったのかがよく分からない。あとでセレナかオリバーが教えてくれるかな?
「ま、俺たちが着いてからはほとんどこっちに被害は出てねえんだ。あとでキッチリ礼はさせてもらうとして、さっきセレナが言ってた通り、今は休んでな」
そう言うとレイブさんも私たちを置いてどこかへ消えて行った。
残されたのは私とノエルだけ。
「…さっき私たちが着いてからはって言ってたけど…どれくらい被害があったんだろ?」
「それ知ってどうすんの?」
「いや…気になる…じゃん?」
「ソファ。あえてこう言うよ?アタシたちは今日良くやったのよ。戦場に間に合ったし、竜も倒した。この国の中枢に被害は出てない…っていうか、この国の連中の大半は今日こんな戦いが起きてたことすら多分知らない。…子供たちはもうすぐ家帰って、みんなでご飯食べて、お風呂入って、お母さんのお話聞きながら眠りに着くの。…ね?良くやったでしょ?」
後半目に涙を浮かべて語る彼女の姿を私は忘れない。
多分自分にも言い聞かせてた。
――でないと、耐えられないんだ…。




