砂竜アジ・ダハーカ③
戦場中に飛び散った毒虫を蹴散らしたあと、ノエルが少し動きを止めた。
彼女を覆う黒い霧はトラヴァスの毛色と同じくどことなく深い緑と止まらない放電。
瞳は黄金色に輝き獲物を捉える。
「待て!」
彼女に近い兵が鋭く声を上げて、言葉を続けた。
「アレを傷つけるにはコツがいる」
「…早く言いな!」
「捻りのある動きの瞬間、関節の裏側にだけ攻撃が通る。膝の裏、反対側の腰、首の根。重さを支える時に必ず関節を捻るその瞬間だけ鱗の重なりが浅いんだ」
音の消えた戦場だからだろうか?
ノエルにそう伝えた兵の声がよく聞こえる。
どうやって見つけたのか聞くまでもない。
ここまでに倒れてきた彼らの無言の声。
「オーケイ。オリバー!」
「聞いた」
最初に動いたのは、二人ではなかった。
剣を手に取った戦士がひとり、アジ・ダハーカの足元へ向かってまっすぐに駆け出した。
――無茶だ!
同時にノエルの動きを手で制すレイブさんが視界に入った。
「こうやるんだよぉぉぉ!」
飛び込んだ戦士が叫び声を上げて剣を振るった。
硬い鱗に弾かれた剣の音とそれを六つの目で見たアジ・ダハーカが戦士に向かって向きを変える。
その瞬間、アジ・ダハーカの重心が動いて後ろ足の一本が捻れた。
――あそこ!
確かに見えた膝裏の鱗の重なりが浅くなる場所。
別の戦士がそこに向けて剣を叩きつけた。
剣は弾かれることなく、アジ・ダハーカに傷を負わせた。
傷口から這い出るように毒虫が紫煙を上げて出てきたのがその証拠。
彼らの目的は私たちに見せること。
最初に動いた戦士と、傷を負わせた戦士に向けてアジ・ダハーカの左右の首が唸りを上げて振り下ろされた。
――!!
アジ・ダハーカの首が地に叩きつけられる寸前で何かに阻まれ衝撃を逸らした。
彼らがいた場所に現れたのはここから見えるぐらい厚い風の障壁。
弾き飛ばされはしたが、地に転がっただけで彼らは生きていた。
「リーダー命令でね。
死なせるわけにはいかないの」
セレナが短く言った。
言葉は交わさずノエルとオリバーが目を合わせた。
光の軌跡が再び戦場に現れ、高速で動きながら雷を叩き込む。
当てられればいい。
そんな動きだった。雷が当たる度にアジ・ダハーカが反応し、足が捻れた瞬間を逃さずオリバーが戦斧を振り下ろす。
――アレは確か…。
脳裏をよぎったのは、メガトータスとの戦いのあと。
あの時は意味が分からなかったけれど、彼は確かにこう言っていた。
オブリヴィオンは全力で振り下ろすと爆発するんだ!
斬撃と同時に、刃が爆ぜた。
オブリヴィオンに新たに備わった鉱竜の力。
鱗が割れ、肉が深く裂け、傷口から溢れ出す大量の毒虫。
「アタシがやる!次構えて!」
ノエルが地に落ちた毒虫を次々と蹴散らしながらアジ・ダハーカに雷を落とす。
二度目の隙は腰の辺り。オリバーはそれが分かっていたみたいに空に跳んでいた。
より深く、もっと深く傷を与える為に―。
戦場に響く彼の咆哮と振り下ろした斬撃の爆音。
今度は腰の鱗が大量に弾け、オブリヴィオンは刃が見えないぐらい深くまでアジ・ダハーカの身を削いだ。
毒虫がさらに多く、そのどれもが今までより大きい個体となって地に落ちた。
ノエルの軌跡が戦場を縫うように駆け巡る。
アジ・ダハーカへの雷打、毒虫への雷打、また…。動きが速過ぎ…。
――?
彼女の動きが少しだけ、ぶれ始めていた。
直撃していた毒虫への雷打が捉えきれなくなったのか、まだ動いている個体がいた。
「飛ばし過ぎ…ね」
セレナが呟いた。
「シェル、毒虫お願いね」
「ほんま、手のかかる猫娘やわ」
シェルティが尾を揺らすと空間がぼやけた。
彼女は決して早く動いていないのに…もうノエルのすぐ側にいて、毒虫が空を舞う。
アジ・ダハーカの体から吹き出るように出て来る毒虫全てまでもが空で塊となり、空間が縮まるように奇妙な音を残して潰れた。
「シェルはどうやらアレに触りたくもないみたいね。…私が引き継ぐから、あとは任せたわよ?」
私の答えを聞かないままにセレナが風に運ばれて前に出た。
両手を上げた彼女から渦巻いた風はアジ・ダハーカを包み三つの首が竜巻の中に消えた。
砂を巻き上げ、視界を塞ぐと動揺したのか周囲を見渡すように激しく動く。
「捻じればいいんでしょう?
私が引っ張ってあげる」
さらに勢いを増した竜巻がアジ・ダハーカの巨体を捻じ曲げるように猛威を奮う。
その真上をいつの間にか高く跳んでいたノエルの姿が目に入った。
「あとよろしくぅ!!!」
直後彼女が発した目が眩むような稲妻と戦場を揺るがす爆音はオリバーが深く抉った
辺りを撃ち抜いた。
アジ・ダハーカから初めて聞こえる絶叫は三つ重なり大地が千切れたようで、周囲の砂が呼応するように視界を塞いだ。
私は耳を塞がなかった。
音圧で近くの岩が割れた。
―セレナがいるから大丈夫。
空気が裂けて頬が裂ける。
―無傷で終わるわけないじゃん。
地面に亀裂が走った。
―私は立ててる。
――!?
私からアジ・ダハーカまで一直線に伸びた道。
これはセレナが作った風洞だ。
―待ってたよ。
言葉なんかいらない。
オリバーが目印をつけて、ノエルがさらに開いて、私とセレナは止めを刺せるように動きを止める。
私の役目はあの三つの首を掴まえる。
――≪ケルベロス≫!
鳶色に輝いていたフレイルから現れたのは、炎の番犬ケルベロス。
蒼炎の業火と紅蓮の炎、黒炎を纏った三つの頭を持つ地獄の番犬。
私は深く息を吸った。
「3対3だよ!齧りつけぇ~!」
――吟遊詩人はこう謡う。
荒野で咆哮をあげる漆黒の獣とそれを使役する少女。
蒼紅黒焔の炎が狼を模り、咆哮の幻聴を響かせて砂竜の首に齧りつく。
伝説の砂竜と地獄の番犬。
喉笛に食らいついた狼の牙は絡め取った瞬間、喰らい、焼き尽くす。
――狼の炎は竜が息絶えるまでその身を内側から燃やし続けた。と。




