第2回スプライトクインテットMTG
王妃が席を立った客間に残された私たちは、入り損なった湯殿の中にいた。
「さっき満喫できなかった分、これくらいはいいよね?」
なるべく明るく、黙ってついてきたノエルとセレナに目を向ける。
「良かったんじゃない?アタシは受けても受けなくてもどっちでも良かったし、セレナも別にいいよね?」
「私も構わないわ。この国が滅びようと栄えようと、私たちに関係はないから」
こういう時の二人は少し寒気がするくらい冷たい時がある。
「別に国が無くなっちゃってもいいんだ…」
「トーゼン!だってアタシたちに関係ないもん」
そりゃそうなんだけどさ。
「国には…人がいるわけじゃん?」
「アンタ、ココに知り合いいるの?」
「…いないけど…」
「さっきのソファは良かったわよ。あなたは王妃と姫を見て、知ってしまった。それに事情も聞いた上で、よく考えて自分で決めたんでしょう?」
「…そうだけど」
「知ってる人が困ってた。
だから助ける。それでいいのよ」
「…でもそれだと、竜の被害にあう人やこの国の人はどうするの?」
「ソファはこの国の王族なの?」
「…違うけど」
「そうやって悩むのはいい事よ。でも私たちに関係はないの。出来ることを出来る人がする。この国の事はこの国の人が考えればいいの。ソファは今何が出来るの?」
「あの二人を、守って、逃がせる」
「王妃と姫を守って、逃がせる。いいか悪いかは分からないけれど、それがどれだけ大きな事か、分かって言ってるの?」
「――大きさ…は分かんない」
「アンタはね、普通じゃできない事を既にやろうとしてんの!これ以上何すんの?竜を倒して英雄にでもなろうっての?」
「アレは無理だよぉ…」
ちょっと倒し方が見つかりそうにないもん。
「…その事なんだがな」
湯殿の奥から聞こえるオリバーの声。
「――わっ!いつからいたの?」
「アンタね、入っててもいいけど背中向けてんのが逆にハラたつわ」
「お話するのならこっちよ」
いつもの茶化しに対して、今日の彼は少し違って見えた。
湯面を見ているのは、私たちを見ないようにというよりは、何か大事な事を告げる前の覚悟を決める前の空気―。
「一度、別行動を取っていいか?」
「…急に…何かあったの?」
「…ソファ。これはアタシが聞く」
真顔でオリバーを見つめるノエルに対し、彼もしっかりと彼女を見据えて口を開いた。
「レイブがあの竜を止めに行っちまった。俺は後を追おうと思う」
――!!
「…アンタ死ぬわよ?
それ分かってて言ってんの?」
「何とか逃げて帰るさ」
「…ウソね」
湯気だけが辺りを漂い、私たちを沈黙とともに包み込む。
手前の間に人の気配を感じたのはその時だった。
見なくたって分かる。ピエールとファニーだ。
湯殿の入り口でこっちに気付いたピエールが驚く気配…と同時に向こうもこの空気に気付いたのが分かった。
「すまない。何があった?」
そう。気付けばお互いの空気で深刻かどうかが分かるくらいにはなってきている。
後からやって来たピエール夫妻にもう一度オリバーが説明を始め、話を聞いた彼は少し考えた後に口を開いた。
「あの竜が相手では俺は役に立たんだろう。もしパーティーを分けるなら、俺たちが王妃と姫の護衛を請け負うが?」
「――ちょっ!止めないの!?」
思わず叫んでしまった。
「オリバーがこう言っている。まだ短い付き合いだが止められる男ではないだろ?」
「話が早くて助かる」
「アタシはまだいいって言ってないよ。ソファ、確認だけどあの二人をドコに逃がすつもりだったの?」
「…えっと、ラグーナ公国のお城…」
「「「「………」」」」
「駄目…だった?私たちが一緒なら、ガブリエルさんも断れないだろうなって思って…イタッ」
言い終わる前にノエルに笑いながら肩を叩かれた。
周りのみんなも肩を震わせて笑ってた。
珍しくセレナまでもが空を見上げて大笑いしてる。
「なんで?安全じゃない?」
「ぃひひっ…安全だけどさ、攻め込んできた国の王妃と姫を預からせるとか…アンタ鬼でしょ」
「えぇう?危険…かな?」
「間違いなく安全よ。国を救った英雄に礼を言えないままに私たちはここに来たわ。その英雄から匿ってくれと頼まれれば、その相手が誰だろうと断れるわけはない…さらに連れてきたのが国を襲った敵国の王妃と姫…あ、ごめんなさい。無理だわ…んふっ」
そう言ってセレナが涙を流しながらお腹を抱えた。
――そんなに笑われる案じゃないと思ったんだけど。
「…ここでなんの話をしてそうなったのかは知らんが…ソファの案は名案だ。ここからなら、一度サンドライトに入ってからラグーナに向かえば俺とファニーでも危険はないはずだ」
「オーケイオーケイ。アタシもソファの案は面白いし、王妃と姫はラグーナでいいと思うよ。一回話戻そうか」
髪より真っ赤になった顔を上げてノエルがオリバーに向き合った。
「さ、オリバー。これでこの三人は動けるけど…誰連れてくかはアンタが決めていいよ?」
「――待て待て!セレナ以外は見ただろう?あの竜が相手なんだぞ?」
「だから何よ?ヤバくなったら逃げていいんでしょ?」
「…それはそうだが…」
「少しいいかしら?」
セレナが目元を拭いながら割って入った。
「ひょっとしてだけど、ピエール?あなた、あの竜について何か知っているの?」
みんなの視線がピエールに集まる。
「…あの竜?アジ・ダハーカだろ?」
――あ、知ってるんだ。
「だから、アンタなんでそんな竜に詳しいわけ?」
「詳しくはないが、物語に出て来るだろ」
「どんな本読んでるんだ?」
「…家にそんな本はなかったはず…」
「まあいいじゃない。ピエール?知っていることを教えてくれるかしら?」
皆の注目を集めたピエールはあの竜――アジ・ダハーカについて説明を始めた。
三つの頭、三つの口、六つの目を持つ竜、アジ・ダハーカ。
蛇と竜の両方の特徴を併せ持ち、硬い鱗は名剣も刃が立たず、頭を潰されても心臓を突かれても首を斬られても死なず、しかもその傷口からは血の代わりに毒虫をボタボタと落とす悪神に創られた不死の竜。
「…なんで封印できたんだろ?」
「物語では火龍が巻き付いて三日三晩燃やして弱らせた後にようやく封印できたはずだ」
「ま、ここに封印されてたんなら、火龍が絡んでてもおかしくはない…か」
「火龍はまだ封印から目覚めてないわよ。同じ方法なら、私たちにできるのはソファの≪ケルベロス≫くらいね」
「ソファの≪ケルベロス≫に私たちが風で火力を維持して止めはオリバー?失敗したら逃げちゃおっか?」
「おやおや、楽しそうなお話やね」
「それ、俺らも混ぜてくれへん?」
オロディアに来てからずっと顕現てこなかったシェルティとトラヴァスが姿を現した。
「あら?シェルはこの国では眠ったままだと思ってたわ」
「トラヴァスもよ、アンタたち手伝う気あんの?」
「邪竜が相手なら話は別や…」
「毒蛇は精がつくでぇ…」
みんなやる気なのはいいんだけど…
「あのさ、ちょっといいかな?ヤクモの事なんだけど…」
「ん?どうしたの?」
私が手を上げながら話すと、ノエルが続きを促した。
「…ラグーナの一件から、眠ったままなんだけど…」
「大暴れしてはったからなぁ、誓約も済ませてへんあんたの為に代償まで支払って…」
「俺と違って、ソファのは特別や。力蓄える為に寝てるだけやから心配せんでもええと思うで?」
「えっ?やっぱりそうなの?私ラグーナで≪フェンリル≫の代償に声を奪われるって聞いてて…でも話せてるし…おかしいなとは思ってたの」
「悪戯やろな…」
「間違いないな」
「――!?」
「ちょっとそこ。後で詳しく聞くからストップ。誰でもいいから質問に答えなさい」
精霊と話し込む私をノエルが制した。
「どっちにしたってソファの≪ケルベロス≫がキモなのよ。使えるの?使えないの?」
「「大丈夫や」」
私に代わって答える二柱の精霊。
「じゃあ、すべきことと出来る事は決まったわね。後はオリバー。あなたが決める番よ」




