王妃ソアラからの依頼
客間へ戻った私たちを、席に着いていた王妃ソアラが迎えた。
入り口側の窓辺で腕組をして座ったままのオリバーが顔を上げて席に着くように首を向ける。
今回話を聞くのは私。
私が王妃に向かい合うように座ると、後から来ていたノエルとセレナが少し離れた席に腰を下ろした。
ピエールたちがまだ来ていないけど、多分今はその方がいい気がする。
「お待たせしました。
お話の続きをしましょう」
まだ濡れたままの鳶色の髪が客間の照明を受けてキラキラと輝きを放つ中、王妃ソアラはゆっくりと口を開いた――。
今のオロディアで起きていること。
王妃と姫の置かれた状況。
王の不在。
多分私の年齢を考えて、少し前のオロディアの状況から説明してくれた王妃の言葉は真実に違いない。
オロディアの軍部に台頭してきた若い幹部たち。彼らは私たちの国サンドライトにある洞窟の存在を知った。
地を分かつ山脈の向こう側に続くかも知れない洞窟。
その証拠に名の知れたハンターたち経由で商人がサンドライトからオロディアへ見たこともない鉱石や素材を売り込みにくるようになった。
それは彼らにとって魅力的な輝きを放つ宝の山に見えたのだろう。やがて先王に進言を繰り返すようになった。
――なぜいつまでもあの国の存在を見過ごしたままなのかと。
オロディアは歴史ある大国のひとつであり、彼らにとっては荒れ果てた地と聞かされていた場所に突如現れたサンドライトという国の存在が許しがたかった。
山脈の向こう側へ続く洞窟は西の帝国で確認されているのは誰もが知っている。
だがこの地に住む者は、誰しもが西の帝国の脅威を知る。
あの国の軍事力は異常過ぎると。
その理由が洞窟の向こう側から持ち帰るものにあることも周知の事実。
――同じものがサンドライトにもあるに違いない。
次々とこの国に持ち込まれる新たな鉱石や希少とされる魔物の素材。それらはオロディア軍全てに行き渡る程ではなかった事がもどかしかった。
彼らはさらに先王を問い詰めた。
サンドライト建国の理由を知る古い兵がそれを遮るのが目障りだった。
彼らはそれを遠ざける為に禁を犯した。
何が封じられているのかもろくに調べようともしないままに、オロディア周辺にある封祠を壊して回ったのだ。
彼らにとって幸運だったのは、最初のうちに壊した封祠に封じられていたものは、それほど驚異的ではなかった事。
この国の軍事力であれば、少しの被害で討伐できたからだ。
「昔話の怪物など過去の遺物。
今の我らにとって脅威ではない」
報告を受けた彼らは笑みを浮かべ口々にこう言ったそうだ。
異変に気付いた先王と古い兵が次々に封祠を壊す彼らを止めようとした。
何を恐れているのか、老いは保身しか考えぬと彼らは嘲笑い、決してやめようとはしなかった。
心労もあったのか、やがて先王が病に倒れた頃に古い兵が中央から退き、辺境へ籠るようになった。
彼らは先王が望んだ若い王の擁立を何も言わずに受け入れた。
理由はひとつ、口うるさい先王やそれに従う古い兵を相手にするより、若い王の方が都合が良いと考えたからだ。
彼らの不幸はここから始まる。
若い王は先王の教えを守り、封祠の破壊を禁じ、破った者には厳罰を与え、隠されたいくつかの封祠の地には古い兵が領主となっていて手が出せなかった。
彼らは気付いた。
先王と古い兵に謀られていたのだと。
彼らは気付いた。
気付けば外は古い兵に囲まれ、自分たちは中央に固まり過ぎていたことに。
行き詰った彼らのうち、将軍に上り詰めていた者が声を上げた。
サンドライトへ攻め入ろうと。
暴挙とも取れる行為だが、彼らは考えた。
オロディアでなくともあの国を乗っ取れるのならそれも悪くないと。
中央にそれほど兵は残っていなかった。
古い兵が連れて行ってしまっていたから。
ならばと犯罪奴隷をかき集めると2000人に膨らんだ。
将軍の率いる兵力は3000人、合わせれば5000人の軍になる。
犯罪奴隷の大半は彼らに背いたものであったので都合も良かった。
彼らは王に気付かれぬままサンドライトへ攻め込んだ。
彼らの不幸は続く。
前線からの報告は耳を疑うほど悲惨なものだった。
5000いた兵のほとんどが戻らず、戻ったのは将軍とその側近と数える程度。
それを砦ひとつと100人程度の兵力でやってのけたのだ。
古い兵の言葉が脳裏に蘇る。
「あの国には手を出すな」
追い詰められた彼らは保身に走る。
王の耳に入る前に戻った将軍をサンドライトへと送り返したのだ。
あの国の国境に籠っていた古い兵に頭を下げる恥辱にも耐え、なんとか露見する前に事を終えた一行は、中央へ戻る道で古い封祠を目にした。
天の啓示と受け取った彼らは迷わず封祠を壊した。
封じられていたのは砂竜の最上位種だった。
中央に残った彼らは報告を聞き身の破滅を感じたが、風向きがおかしい事に気が付いた。
古い兵が自ら死地に飛び込み、竜の侵攻を食い止めていた。
中央に目もくれず、次々と。
最後のチャンス。
彼らは手持ちの兵で王位簒奪を企てた。
幸い目障りな古い兵は老いた近衛師団長のみ。
王は取り逃がした。
王妃と姫も取り逃がしたが、玉座はもぬけの殻となった。
王族を見つけるか、亡き者にすれば中央にいるのは自分たちのみ。
危うき場面もあったが、彼らは自らの幸運を喜んだ。
――彼らは知らない。
攻め込んだサンドライトが王家の援軍となって近付いている足音を。
そして先王から続くサンドライトとの密約を。
◇◇◇◇
王妃は知るすべてを語ったと思う。
卓に配られたカップの湯気が薄くなったころ、ようやくそれを口にした王妃はそれきり口を開かない。
――どうするか決めろって事ね。
情報は多過ぎた。
多分まとめると、暴走した若い幹部が行き当たりばったりで王族を追い出して国を乗っ取ろうとしていて、今行く当てもなく逃げているのが、王族一家ってことだよね?
頭がノエル化してきてる気がするけど、難しく考えてもしょうがない。
とりあえず分からない事がひとつ。
「王は今どこに?」
質問に首を振って答える王妃。
ま、そうだよね。
知ったからって何が出来るかは分からないし、今私たちに王の居場所を教えるのはリスクでしかないよね。
ただ、確信があった。
頭にチラつくのはスキンヘッドのあの人。
もしあの人だとすると、王妃たちじゃなくて、王の側にいるのが少し不思議だった。
――ま、いっか。
私たちは王妃たちを逃がせばいい。
そうしたら、当分はオロディアから攻められるってことはないだろうし、逃がしちゃえばまた旅を続けられる。
アテはあるんだよね。
「お話は分かりました。王妃と姫の身の安全が保障できる場所まで護衛を引き受けます。ただ、報酬とは別に条件が一つ」
「…なんでしょう?」
ようやく口を開いた王妃に私は満面の笑みでこう答えた。
「場所が気に入らないなんて、言わせないですから」




