オリバーとレイブ
部屋に残っていた二人――。
オリバーとレイブは、静かにグラスを傾けていた。
「…いい酒だな」
何杯か飲み干したあと、オリバーが口を開いた。
「お前が来るって聞いたからよ、寝かしてた酒を用意した」
レイブはそう言って酒樽から互いのグラスに酒を注いだ。
「二人だけで飲むのは初めてだな…」
「悪くねえだろ?」
オリバーの言葉にレイブは笑みを浮かべて尋ねる。
「…酒の味はな」
「小僧が…言うようになったじゃねえか。お前の活躍は聞いている。鉱竜と戦った…ってところまではな。その鎧もそうなんだろ?まさか竜種を倒すまでになっちまうとはな」
「倒してはいない…鎧もそうだが、どちらかというと託された。というのが正しい」
「そっちの方が倒すより難しいじゃねえか。竜種を倒したヤツは何人か知ってるが、認められたヤツを見たのは、お前を入れて二人しか知らんな」
「認められた…のか?」
「竜だぞ?それもそこらの竜じゃねえ。鉱竜っていう立派なモンが、我が身を与えるってのは認められてなきゃ有り得ないだろう?」
「ふん…自分ではよく分からんさ。ただ託されたことの重みは分かってるつもりだ」
「それでいいんじゃねえのか?…オブリヴィオンはどうなった?」
「呪いの事を言ってるんなら、もう大丈夫だ。鉱竜と誓約を交わしてな。その時に飛んでいったようだ」
「鉱竜・ファフニール…な。御伽噺に聞くような名前の竜と誓約まで交わすようになりやがったか…」
空になった互いのグラスに今度はオリバーが酒を注ぐ。
「盗賊の頭領ってのはどうなんだ?落ちぶれたのか?」
「厭味か?そんな立派なもんじゃあねえ。お前がこの国を出て、先王が倒れる少し前から国の内部がゴタゴタしててな、軍にいた先王に可愛がって貰ってたヤツらはだいたいが俺と同じ辺境送りだ。最後に残ってたのが近衛師団長だったんだが…ついに追い出されたって訳だ」
「…という事はここ最近の出来事はアンタたちを追い出したヤツらの仕業か…?」
「どっちだったにしろ、止められなかった俺たちにも責任はあるだろう?あとで落とし前はつけるさ」
「ウチの王サマにそんなつもりはないようだがな」
「地の神に魅入られた男がいる国に攻め込むなんざ、頭がおかしいんだ。先王はそうなるのが分かっていたみてえに、そっちが国を立ち上げた時もすぐに手を引いたってのによ」
「…火龍が目覚めているのか?」
「いや…それはねえ。ただどっから現れたのか、厄介な竜が暴れてやがる。俺を含めて竜種と戦った経験のある古いヤツらがそっちに駆り出されてる間に…」
「…中央が乗っ取られた…という事か。ムタレンのような男が将軍とはな…」
「上の席が空けば、下から補充されるもんだ。誰がアイツを引き上げたかは知らんが、街に被害が出てねえのが救いだ。国民はほとんど何も知らねえ。竜にしても…この国がどうなってるかについてもな」
「軍部…特に辺境送りになった軍が犠牲になっているのか?」
「残りを数えた方が早いくらいにな。…厄介払いが出来た気になってやがる。アレが街に向かったなら、この国は終わる。もしそうなったら次はアレはそっちに行くはずだ」
「地龍を狙ってか?…だからウチの王サマは動かないのか?」
「いや、俺たちが言ったんだ。他の国のケツまで拭くことはねえってな」
「それでこのザマだとしたら、笑えんな」
「いい訳のしようもねえ。だがよ、小僧どもに預ける訳にはいかねえのさ」
「先王が倒れたあと…今の王はどうなってるんだ?」
「まだ生きてるさ。中央のヤツらが血眼になって探してるがな。連中は国を乗っ取るチャンスしか目に見えてねえ。…国自体が無くなるとは思ってねえんだ」
「竜を止めて、中央の腐ったヤツらを止める…か。できるのか?」
「無理だ。だから恥を忍んで応援を頼んだのさ。遅すぎたが…な」
「…誰に?」
「お前らの王サマだよ。もうすぐ中央に着く頃だ」
「…まさか洞窟組が動いてるのか?」
「そう聞いている。だから中央は気にしなくてよくなった。そっちの連中が着くまで王を守り切ればこっちの勝ちだ」
「竜はどうするつもりだ?」
「…言っただろ?落とし前はつけるさ。先に逝ったヤツらも竜は俺たちが食い止めねえと許しちゃあくれないだろう?」
「…先王の教えってやつか?」
「俺たちはそうやって守ってきた。人さえいれば国なんてものはどうにかなるもんだ。例え頭にいるのが飾りの王だろうが、逆賊だろうがな。…神輿ってのは担ぐのもひっくり返すのも人がいればこそ出来るんだ。だが竜はそういう訳にはいかねえ」
「アレが相手なら…死ぬぞ?」
「お前は生きて戻ってきたじゃねえか?なら尚の事、俺が死ぬわけにはいかねえな」
空になったグラスを眺めた二人の間に沈黙の時間が訪れ、耐え切れなくなったオリバーが酒を注ぐが、自身のグラスを満たしたところで酒が切れた。
「お前と飲む日の為に取っといた酒だ。お前が飲めよ。…いい酒だったぜ」
笑顔の裏にある覚悟を決めた強者の言葉。
「…アンタと飲むのをこれで最後にするつもりはない」
「誰が最後にするっつったよ?言っただろ?お前みてえな小僧が帰って来たんだ。俺も戻ってくるさ。お前の仕事は妃と姫を無事に逃がす事だ。…どうやら風呂から出てきて対談…いや、商談ってところか?」
遠く廊下の向こうから聞こえてくる高い足音の主は王妃のものだろう。
「悪いが俺はもう行くぜ?次飲む時の最後の一杯は俺に飲ませろ」
そう言って部屋を出るレイブの後ろ姿をオリバーは何も言えず、ただ目で追うだけだった。
「死ぬな…おやじ…」
そう一言だけ呟いた言葉はグラスに残った酒だけが聞いていた。




