ソアラとセリカ
「…やっぱ面倒だわ。ソファ、任せた」
お風呂へ向かう廊下を歩いていると、前を行くノエルが急に振り返ってとんでもないことを言い出した。
「――?何…を?」
「だから、面倒だから、任せた」
「だから、何を?」
「アタシがオロディア嫌いなのは前に言ったよね?そこの王妃サマとお姫サマご指定のお風呂での対談でしょ?ハダカとハダカで語り合いましょ~感がミエミエでイヤになってきちゃった」
「なんとなく言いたい事は分かったけど…で、私に丸投げしちゃうの?」
「そ。ぜ~んぶソファが好きに決めていいからね」
「…セレナでもいいんじゃ…」
「あら?眠らせて樽に入れてギルドに置いててもいいなら、私に任せてくれていいわよ?」
長い髪を纏めながらとんでもないことをサラッと言うセレナ。
――あ、これ本気だ。
「…やる。やるます。でもさ、これって正解とかあるの?」
「ソファの好きにしていいよ」
「そうね。私もそれでいいわ」
ノエルがこうなっちゃったら駄目なのは知ってるし、今回セレナはもっと駄目。
――やるしか…やれるかな。
考える時間すら与えられないまま廊下は終わり、奥から漂う湯気と水音。
――いいよ。ホント、知らないからね。
二人より早く着ていたものを脱いで、湯殿へと向かう私。多分後ろでニヤニヤしているだろう二人の方は…見たくなかった。
温泉は変わらず私を迎えてくれた。
優しい木の匂いと湯気に包まれ、滝の流れる音と先客…多分お姫様が湯殿で遊んでいる水音。
――お姫様って、まだ子供なの?
立ち昇る湯気を風が払うと先客の姿が目に入る。
見るからにまだ少女の姫と、それを愛おしそうに眺める王妃と目が合った。
「こんばんは」
私は微笑みながら姫に声を掛けてみた。
「こんばんはっ」
少し驚きながらそう返した姫は、ゆっくりと王妃の側へ。
挨拶を済ませた私は、雲が月を隠していても淡く光る湯面と、さっき入った時よりもかなり温めの湯に漬かり青い燐光を放つ湯に身を任せた。
「まさか女性の方がいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
私に続いて湯殿に現れたノエルとセレナを見て王妃が呟く。
「レイブさんから聞いてなかったんですか?」
「何も…ただ、わたくしたちを安全な場所へ連れて行ってくださる方々は“会いたいと言うだろうから”とだけ」
「ココで会う提案をしたのは…そちらと聞きましたけど?」
月が雲の隙間から顔を出したので、私は王妃の方を向きながら聞いてみた。
――綺麗な人。
濡れた鳶色の髪を湯に漬けないように纏めた姿は、何も聞かされていなくても高貴な立場の人だと分かる出で立ちだった。
ファニーもそうだけど、オロディアの女性って赤みのある髪の人が多いんだろうか?
「この国の殿方でしたら、王妃と姫の入る湯殿での交渉に否とは言えぬはず。そう思っての事でしたが…現れたのは他国の女性。…浅はかでしたわ」
嘘は言ってないと思う。でも、本当にここに来るのが私たちってことを知らなかったかどうかなんて分からない。
「見ての通りです。パーティーには男性もいますけど」
「どなたが率いていらっしゃるの?」
そう問う王妃の声はさっきよりも穏やかに、心地良い響きを奏でてはいるけど、なんとなく言いたい事は分かる。どう見ても私はリーダーには見えないだろうから。
「リーダーは私じゃないです。でも…」
「…でも?」
「仕事を受けるかどうかは、
――私が決めます」
向き合った王妃の表情はまた月を隠した雲が覆ってよく分からない。でも、反対側の二人の空気が緩んだのは見えなくたってよく分かる。
――試されてるんだ。
目の前の王妃と、反対側の二人からも。
同時に任されてる。
――私たちの進む道を。
多分私が何を決めてもみんな文句は言わないだろうし、レイブさんの話だと安全なところで匿えばいいんだろう。危険度は少ないってことかも知れない。
――だからって…。
何も聞かず、何も考えずに決める訳にはいかない。
「わたくしの名はソアラ。このオロディアの王妃です。この子は娘のセリカ。あなたのお名前を聞かせてくれませんか?」
少しの沈黙のあとに王妃が名乗った。
――ここからね。
「私はソファと言います。サンドライトのハンターです」
私の名じゃなく、サンドライトという響きに王妃が息を吞むのが分かった時、気付いた事があった。
物語でよくある名乗りについて。
あれは、宣言《戦いの合図》でもあるんだ。
私たちの国は、この国から侵攻を受けた。
そして今ここにいるのは、侵攻された国のハンターと侵攻した国の王族。
敵国のハンターに王族を預ける依頼をしたのはレイブさん。
レイブさんは実はオロディアの軍人。
――ってことは…。
私は王妃が答えるより先に口を開いた。
「お話を聞かせてください。
…国から追われているんですよね?」
月明りに照らされた王妃の表情をどう受け取ればいいんだろう?
雲に遮られていた時より今の方が読めない顔をしていた。
王妃は姫に目を向けたあと私に向き直り口を開いた。
「全てお話します。ただ願いはひとつ、どうかわたくしたちを助けてください」
「場所を変えましょうか?でないとセリカちゃんがのぼせちゃう」
私がそう言うと王妃は頷き、姫を連れて湯殿から出て行った。
――どう…だったんだろ?
反対側の二人の反応が分からない。
居心地の悪い空気に耐え切れず振り向いたのと同時に、視界が塞がれた。
――!!
あ、これセレナだ。
見上げた私を優しく称えるような笑みで見つめるセレナがいて、その奥には湯面に半分顔をつけたノエル。
もう分かってるんだ。
セレナと違ってノエルは褒めるのが苦手なんだってことくらい。




