オロディア② 遭遇したのは…
灰狼と砂竜の片付けを終えてからの道のりは平凡だった。街道をエルクが進み異変があればピエールかオリバーが降りて片付けてまた進む。
「これくらい魔物がいるのは普通なの?」
「オロディアで大きな街は、山脈の近くばかりでな、ラグーナ公国側には来たことがないので良く分からん。だが軍部の演習ではこの辺りを使うそうだ」
「ピエールも軍にいたんじゃないの?」
「俺がいたのは近衛騎士団でな、外部へ攻め込む部隊とは違うんだ」
なんとなく言いたい事は分かった。
もう少し詳しく聞いてみたくて口を開こうとしたとき、ファニーが外の景色を指差した。
「また…砂煙が上がってる」
言われて外の景色に目をやると、確かに前方の荒野から土煙が舞い上がっていた。
「風じゃないよね?」
「違うね。煙の形が一定じゃないでしょ?大きな何かが動いてる時か、軍規模の動きじゃないと、あんな形にはならない」
私の問いかけにノエルが険しい表情で答えた。
「…どっちだと思う?」
「こんな何もない所で軍の衝突は考えにくいわね」
「…大きな何かって?」
さぁ?といった仕草を見せて、ノエルは辺りにある小高い丘を指差した。
「あそこからなら見えるんじゃない?見て、面倒そうなら迂回。いいわね?」
こういう時のノエルの決断は早い。私も含めて誰もが彼女に従い、丘の上へと向かう。
残されたエルクだけが後ろから私たちを見上げて、小さく息を吐いた。
丘の上から見下ろすと、全体が見えた。
追われる一団と、それを追う地面から生えた三つの首。
砂煙の正体は首の後ろを見ればすぐに分かった。
それが通った跡に続く大きな地面の裂け目。
まだ距離はあるけど、追われている一団の動きは統制されていて、ただの商隊なんかじゃない事も一目で理解できた。
「あらあら、面倒そうね」
「だよね。ピエール?あの追われてる一団の旗見える?」
「…少し待ってくれ。あ!」
そう言って先頭を駆ける馬車に掲げられた旗を確認したピエールが声を上げる。
「知ってんの?」
「すまん。俺は助けに行く」
「行くかどうかはどうでもいいよ。あそこにいるの、誰なの?」
「…私たちの仲人です。オロディアでは、王の側近として仕えていた近衛師団長の…」
すぐに駆け出そうとしたピエールをノエルが鷲掴みにして止めた時、遅れて旗を確認したファニーがそう呟いた。
「あらあら、避けられない面倒事ね」
楽しそうに笑うセレナを睨みつけるノエルが即断した。
――ま、行くよね。
「あいつら逃がすよ。ピエールは下に降りたらエルク連れてそのままレイブのとこまで直行。オリバー以外はピエールに合流して先に行って。さ、早く」
「ま、待ってくれ!」
「うっさい!アタシたちは仲人の顔なんか知らないし、レイブんとこに行ったら説明が必要でしょうが!あんたが連れてくのが一番適任!念の為そっちにセレナ!」
「じゃあ、俺とお前で足止めだな?それはいいんだが、アレは一体何なんだ?」
「知るワケないじゃん!地面から生えた首でしょ?またミミズかヘビでしょ?」
別れ際に聞こえたオリバーとノエルの会話。
先に行ったピエールと違い、それを追い掛ける形になった私たちには首から下が出て来るのが見た。
三つの首は根元で繋がっていた。
ひとつの胴体に。
中央の太い首と、左右の少しだけ細い首。
顎が異常に大きく、六つの目が濁紫の暗い光を放ち周囲を見回す。
続いて胴体が地割れとともに這い出てきた。
砂色と赤褐色が混じった鱗に覆われた巨体。
鱗のひとつひとつが私の顔より大きく、体長は…馬車十台でも足りそうにない。
そこまで見た頃、反対側で大きな音が聞こえた。
――ノエルの落雷だ。
私たちから注意を逸らし、隙を見て追われた一団をこっちへ誘導するはず。
すぐにピエールがエルクを駆って私たちと合流する。
エルクは足が速くない。
距離を稼ぐには、できるだけ先行しないと残った二人が危ない。
「……アジ・ダハーカだ」
そう言ったのはピエールの声。
エルクに乗り込んだファニーの説明を聞いて、彼はすぐにそう呟いた。
「神話に記されている竜だ。悪神が戦のために造り出したとある。三つの首、六つの目……書物でしか知らなかったが、間違いない」
――二人が危ない!!
私はふと鉱竜と出会った後の会話を思い出していた。
戦えなくはないけど戦いたくはない。
それはつまり苦戦するってこと。
正体が分かっていた鉱竜と違って、あの二人はまだ何と戦っているのかを知らない。
ピエールは動けない。ファニーに戦闘はまだ無理。
セレナは…そう思って彼女と目が合った時、目が問いかけていた。
どうするの?って。
どうするかなんて決まってる。
私は迷わず馬車から降りた。
セレナが行かないのは、護衛に失敗は許されないのと、その後何かあった時に私じゃまだ対応できないからだ。
でも逃げる手伝いなら私にもできる。
だからセレナは何も言わず、止めもしなかった。
「ソファ!二人に伝えろ!傷口から出るのは血じゃなく毒虫だ!近づきすぎるな、と」
離れ際のピエールの言葉は、彼が知る中で一番重要な事のはず。
「ヤクモ、出番だよ。悪いけど協力してもらうからね」
取り出したフレイルに話しかけると、揺れたままの核が輝きを増した。
――あれ?ひょっとして…。
脳裏にひとつ浮かんだ疑問を頭を振って掻き消す。
そう。今はそれどころじゃない。




