潮香の湾処
「ソファおそ~い!ギルドにいなかったけど、フラフラとドコほっつき歩いてたのよ?」
「ごめ~ん。でも別に遅れてないよ?」
ベラの酒場を離れて私が向かった先はこの間の舟屋さん。
入り口で待ち構えていたノエルに謝りながら中に入ると、すでにみんなが集まっていた。
「みんな揃ってたんだ。遅くなってゴメンなさい」
「センパイを待たせるなんて何様のつもりよ」
ノエルは言葉はいつもこんなだけど、ひとり外で待っていてくれた。
「心配しなくてもちゃんと来れるに決まってるじゃない。子供じゃないんだから」
そう言うセレナの手にはどう見ても半分は減っている酒瓶が握られていた。
「気にする事はないぞ。数日寝たきりだったんだから体を動かしとくのは悪いことじゃない」
続けてオリバーが肉串を頬張りながら満足気な笑みを浮かべる。
「始めるのはソファが来てからでいいんじゃないかと言ったんだが、すまん。腹ごなしと言ってこの有り様だ」
「ソファちゃん大丈夫だった?」
ピエール夫妻が心配そうに声を掛けてくれたけど、口がモゴモゴ動いたままだよ。ジッと見つめると二人揃って目を逸らされた。
「揃ったんだから行くよ~。早く乗った乗った」
そう言うノエルはこちらを気にせず既に舟に飛び乗るところだった。
前と同じ中心に鉄板が据えられた幅広の舟。だけど今回のは後ろにも広いスペースがあったので、私は舟に乗り込みながら尋ねた。
「あれ?前のより大きくなってない?」
「当ったり前じゃん!今回は一番いい舟用意してもらったからね」
――今回は本当にツケで大騒ぎする気だ。
続いて乗り込む他のみんなもどうやら考えてる事は同じみたいで怖いくらいに不敵な笑みを浮かべている。あのファニーまで。
「今日は楽しもう!ね?」
「そうだな。前回は食べ損ねたからな」
「エビは絶対エビは絶対……」
この国に来て初めて知ったことは色々あるけど、ファニーはエビが大好物なんだと私は心のメモに書き留めた。
全員が乗り込んだ舟は、船頭の掛け声とともに水路を滑り出した。穏やかな水流にほんの少し感じる揺れが心地いい。
前との違いはもう一つ。
今回は最初から天幕が開かれていて、前回は見られなかった湾までの眺めを楽しむことが出来た。
「なんだろ。お腹すいてきた」
「いいじゃんいいじゃん。食べて飲んでの大騒ぎだよ。全力で楽しむのがリーダー命令だからね」
「フフッ、本当に楽しそうね」
「…セレナよ。そう言ってはいるがその手の瓶は確か…」
「これ?オー・ド・ヴィーって言う蒸留酒よ」
「――!!生命の水か!そんなものどこで…」
「ラグーナ公王のお部屋に行ったときに頂いたの。ちゃんと許可は取ったわよ」
「なぜ公王の部屋に?…まあいい。後で少し飲ませてくれ」
隣から不穏な会話が聞こえてきたけど気にするだけ無駄なのは理解してる。
「ピエール…公王の部屋なんて入っていいの?それに…あのお酒の色って…」
「見事な琥珀色だな。後で少し貰うとしよう」
ファニーはまだここに馴染み切ってはいないけど、多分時間の問題ね。その証拠に夫のピエールは完全に染まってきてる。
そんな会話を繰り広げながらも舟は潮香の湾処へ到着した。
水面が夕焼けを映して朱と橙の光が揺れ、海の青と空の赤の境目から小舟の船団が近付いてきた。
――数が多すぎない??
船団は二手に分かれながら勢いよくこちらへ向かってきていて、どうやら風上側と風下側に分かれているように見える。
風下側の船団からは火事が起こったように煙を焚き上げながらすぐそこまで迫って来ていた。
「さぁ、来たわよ~?」
「―数が多くない?」
「あらぁ?あれくらい当然よ」
「望むところだな」
「朝までやる気なの?」
「ファニー、降りられないぞ」
中央の鉄板に火が入り、こちらが戦闘準備に入ったころには船団は一定の距離を取ってピタリと寄せて来た。
私たちを囲う輪が出来上がり露店舟の舷側が触れ合う乾いた音。
「さぁ!今日は潮香の湾処はアンタたちの貸し切りなんだから、じゃんじゃん食って飲んでもらわなきゃあ商売あがったりだ!たった6人ぽっちでやれんのかぁ?」
――えっ?ここ貸し切りなの?
「おじさん!エビはありますか?」
「おっ!いいエビが入ってるよ」
「ピエール!エビ!すぐ焼いて!」
「なんだ姉ちゃん。焼くなんてもったいねぇ。ひょっとして生で食ったことねぇのか?」
――エビを生で?
私とファニーは目を丸くしながら大きく首を横に振った途端、露店舟の店主が豪快にエビを引き千切ると身の部分を見事な手捌きで切り分けてくれた。
「このタレちょっと付けてからパクッといきな。甘ぇぞぉ」
私たちは目を見合わせながら一切れずつ手に取り同時に口に入れた。
――!!
「「あんまっ!!」」
急いでお替りを頼もうとすると、既に店主はエビを2匹捌いて差し出してくれた。
「ミエエビって言って、ここで獲れる名物だ。毎度ありっ」
私たちは奪い合うようにミエエビに飛びついた。
「この肉…口の中で溶けた」
「これか?マツウシだな」
「あら珍しい。ねぇ大将さん、私にも生で頂けないかしら?」
――ウシを生で??
今度はピエールが私と同じく目を丸くした。当然ながらピエールは差し出された肉を鉄板で焼いてから食べていたからだ。
「色っぽい姉ちゃん、良く知ってるねぇ。任せときな」
舟一杯に肉を吊るした舟の店主がニヤリと笑いながら、赤地に見事な白模様の肉の切り身を大皿で差し出した。
セレナがそれを手で摘まみながら、同じく差し出されたタレに付けて口に入れる。
一瞬彼女の表情が固まって、すぐに蕩けた。
今度は私たち3人で競うように肉を手に取り、同じように蕩けた。
「美味しすぎて目が開かない~」
「ソファ~私ここに住みたい~」
「これは…たまらんな」
小舟から薦められるままに皿を受け取り、お互いで分け合っているかと思えば無言で奪い合いが始まる。
ノエルはなんでも食べて、セレナは肉とお酒のみ、オリバーは常に片手に何か持っていて、ピエールとファニーは仲が良さそうに食べさせ合っていた。
いつもの面々なのに、いつもと違って騒がしくない。
――みんな無言なのに、こんな楽しい食事もあるんだ。
無言の大騒ぎが落ち着いた頃、酒樽を積んだ舟を残して一度船団は私たちの元を離れた。
「食った喰った。ねぇ、セレナ。ちょっと腹ごなしにアレやらない?」
「あら?珍しいわね。いいわよ」
「何するの?」
「いいから見てなさ~い。復興の景気づけってやつよ」
そう言ってノエル、セレナの二人が席を立ち後部のスペースに並ぶと
「船頭さん、私たちを岸の方へ向けてくださる?」
そう促された船頭はセレナに言われるがままに舟の向きを変える。
「トラヴァス、準備はいい?」
「景気よぉいくでぇ!」
いつの間にかノエルの足元にいたトラヴァスが威勢のいい声を上げた瞬間、
無数の雷の柱が扇状に空へと放たれた。
岸側から見ると、突然湾の中心から空へ放たれた雷が目に映っているはず。
それは途切れることなく放たれ、夜空を照らす陽光の色となった。
――岸辺に人が集まってきてない?
間違いない。瓦礫を運んでいた人たちが手を止め、酒場から人々が出てきて、子どもたちは空を指さし、俯いていた人まで顔を上げていた。
岸辺のあちこちでみんなが湾を向いて、そのざわめきがここまで聞こえてきてる。
「シェル、次は私たちよ」
「やれやれ、やわ~」
セレナに呼びかけられて渋々ながら従うシェルティが優雅に尻尾を揺らすと、凪いだ湾に一陣の風が舞い込んだ。
風はやがて渦を巻くと、海水を吸い上げ大きな水の竜巻を創り出す。
水の竜巻が雷柱に触れると、夜空を駆け巡る光の奔流が出来上がり、竜巻は光を取り込んだまま、湾の両端を繋ぐとまた形を変えて少し波打たせた。
――分かった。
これは国の象徴の水龍を空に描くつもりなんだ。
『今日もみてるだけなの?』
――ヤクモ??
そうだよね。
見てるだけじゃつまんないよね。
「私も!やっていいかな?」
許可を取るより先に体が動いていて、フレイルの核も嬉しそうに深紅の光を放っていた。
「ケルベロス!海に炎を描け」
フレイルが一層輝きを放つと、湾の手前から炎の絨毯を奔らせた。
「休んどけって言ってんのに」
「いいじゃない。フィナーレよ」
二人が空に描いた水龍をセレナが操り、炎の絨毯をかき消すように湾を駆け巡らせる。
この美しい国を襲った火竜を退けた時のように。
炎が消えて湾を一周した水龍は輝きを放ちながらそのまま一気に天へと立ち昇る。
岸辺から聞こえたのはざわめきじゃなかった。
湾を埋め尽くすような大歓声。
誰もが空に向かって手を上げ、消えゆく水龍に声をあげる。
中には涙を流している人もいるかもしれない。
この歓声は私たちが救えた人々が生み出したもの。
そう…これだけの人々を守れたんだ。
だから誇らしかった。
――今日ぐらい、自慢げでもいいよね。
この声は、私たちに向けられてるって、
そう思ってもいいよね。




