公王の訪問
ラグーナ公国の城中で割り当てられた立派な客間。
ベッドの上に座る私は布団を握りしめて怯えていた。
「聞・い・て・ん・の・かって!」
恐る恐る声の主の方へ向き直ると小さく頷いた。
――誰か助けて…。
私が目覚めてセレナとシェルティと話したあと、オリバーが部屋に戻って来た。
彼は私の無事を確かめると本当に嬉しそうな笑顔を浮かべ、すぐに皆を呼んでくると部屋を飛び出した。
事後処理や復興作業にと、頼まれると断れない彼が今一番疲れているはずなのにね。とセレナがクスクスと笑っていた。
すぐにピエール夫妻も駆けつけてくれて、何故かファニーがセレナに怯えたような表情を向けた気もするんだけど…まぁそこまでは良かった。
皆の無事も確かめられたし、皆も私の無事を心から喜んでくれていた。
問題は声の主だ。
「だ・い・た・い!アンタねぇ」
――みんな止めない。止めてくれない。
でも私もちゃんと分かってる。
オリバーに呼ばれると扉を蹴破って現れた彼女は、私がベッドに起き上がりセレナと談笑しているのを見ると、文字通り飛びついて強く抱き締められた。
おかげで今も彼女の声がする側の肩と鎖骨の辺りがしっとりしてる。
――でも、そろそろ…誰か…
「はいはい。一旦おしまいよ。
ノエルはちょっとこれ飲んで落ち着いて。
ソファも少し横になりなさい」
さっき飲ませてくれたものが入ったカップをノエルに差し出しながら、セレナが私に布団をかけてくれた。
ちょうどその時廊下を駆ける足音が聞こえ、扉があった場所に佇む人物が現れた。
「挨拶が遅れて済まぬの。儂がラグーナ公国君主ガブリエルである。…畏まる必要はない、儂1人じゃ、座らせてもらうぞ」
そう言うと壊れた扉の残骸を見やりながら、空いていた手前の席に腰を下ろすとすぐさまためらいなく頭を下げた。
「此度の事、サンドライトの勇士らの尽力に礼を言う。この通り、ありがとう」
――一国の主が…。
誰も声を上げなかった。私も含めて。
「ふははは。改めて正式な場を設けるつもりではあるが、この場は受け入れてくれまいか?」
豪快だが嫌みのない笑顔で顔を上げた公王は、ゆっくりと全員を見回したあと、迷わずノエルに目を向けた。
「其方らに怪我人や失せ物はないか?」
「…ないわ」
「ふむ。では今のところ不自由は?」
「…それもないわね」
「それは重畳。今暫く其方らには不便をかけるが、城を出ても構わぬ。騒ぎが落ち着くまでは城に寝泊まりするがよい」
「それだけを言いに来たの?」
「…それだけでは不服かの?」
空気が張り詰めた。
ノエルは公王から目を逸らさない。セレナはシェルティを撫でながら窓の外を眺めている。オリバーは目を閉じたまま黙っていて、ピエールとファニーは二人して固まったまま。
――何かある。
絶対に、何かある。
誰も口を開かない沈黙に耐えられなくなって、気づいたら声が出ていた。
「聞いても…いいですか?」
「もちろん、構わぬ」
「サンドライトって…なんですか?」
次の瞬間、部屋のあちこちから笑い声が漏れた。
「ちょっ…なんで皆笑うの?」
「それ本気で言ってんの?」
ノエルがお腹を抱えている。
「俺たちの…国の名だぞ」
オリバーまで目を閉じたまま肩を震わせている。
「私…初めて知った…」
布団を抱えて顔を埋めた。恥ずかしい。すごく恥ずかしい。笑い声がやむまでそのままでいた。
「いや愉快痛快。彼の国のものらしいとも言えよう。名はなんと言う?」
「…ソファです」
名前を聞いた途端、公王の表情が変わった。
笑みが消えて、真っすぐに私を見据える。
「其方が、火竜の撃退の功労者であったか。見るにまだあの力に耐えられぬようだが…無理はあるまい。大儀であった…」
――重い。
その言葉には重さとしか言いようのないものが込められていて、何も言えなかった。
「もういいって。あの状況で黙って見てるってのがアタシたちには出来なかった。ただそれだけのこと」
ノエルが静かに、でもはっきりと言った。
「ノエルの言う通りね。それに今から思えばもう少し被害を抑えられたかもしれないわ」
続いてセレナも窓の外を眺めながら呟く。
「…ああだったら、こうだったらは意味がないだろう?俺たちはあの場にいて、その時最善だと思える手を打った。結果火竜は撃退。もちろん被害はあったが、セレナやファニーに救われた命も多い」
「オリバーの言う通りだ。あの場ではあれ以上は無理だろう」
ファニーがそう発言した二人に頷く。
――みんな、すごいな。
私はただ布団を握りしめながら、その言葉を聞いていた。
「ふむ。其方らには感謝こそすれ、咎める気など毛頭ない。邪魔をしたの」
そう言って公王が席を立った、その時だった。
「言わなあかんことは
言うといた方がええよ?」
まさかのシェルティの声に、全員が固まった。
「ウチに隠し事は出来へん。この子らが巻き込まれるなら尚のことや。礼を言うなら、隠し事をしたままなのは仁義が通らんやろ?」
いつもの柔らかな声なのに、その奥に刃のようなものが感じられ、公王は言葉を失っている。
「私は黙ってようと思ってたけど…ダメみたいね。シェルがこうなっちゃったら…話した方が身のためかしら」
セレナが静かに、しかし確実に逃げ道を塞いだ。
天井を見上げた公王は、やがて観念したように席に戻った。
「騙そうとは思っておらなんだ。ただ少し…迷ってしまっての」
それから公王は、ラグーナ公国とサンドライトの同盟のこと、オロディアとの戦いのこと、その全てを隠すことなく話し始めた。
「…ここまでで全てである。サンドライトから持ち掛けてきた話ではあるが、我が国も退くわけにはいかぬ。其方らが巻き込まれぬには西に行くが良かろう。先も言うた通り、儂は本心から迷うておる。手を貸してほしいとも、これ以上巻き込むわけにもいかぬとも…な」
「それでええんやよ。
あとはこの子らが決める事」
「…ふむ。儂は外そう。答えが出れば儂を呼べ。其方らに水龍の加護があらんことを…」
公王が部屋を出た後、しばらく誰も口を開かず、私は布団の中でさっき聞いたばかりの話を頭の中で繰り返していた。
――戦い。オロディア。サンドライト。
情報が多すぎて、まだうまく整理できない。
でも一つだけ、はっきりと分かることがあった。
――みんなは、多分もう覚悟を決めてる。




