ファニーの報告書
――襲撃事件から二日が経っていた。
私は重厚な石造りのテラスで大きく伸びをし、相変わらず美しい瑠璃色の景色に目を奪われる。
真昼の強い陽光を浴びた「潮香の湾処」では無数の光の粒が水面で跳ね踊り、小舟の代わりに海鳥が羽を休めていた。
水路を行き交う小舟の数は、昨日に比べればずいぶん増えたようで、遠くから微かに船頭たちの威勢のいい掛け声や、復旧を急ぐ木槌の音が風に乗って届いてくる。
火竜の襲撃を撃退した後、私たちはラグーナ公国の兵士に連れられ、そのまま君主の客分として騒動が落ち着くまで城で寝泊まりしていた。
割り当てられた客間の立派すぎる机に向かい、報告書の作成前に時系列の整理からかな、と誰に言うでもなく呟いた。
「襲撃が…夕方で、撃退したのがそのすぐ後、翌朝に城から迎えが来て…お昼に一度合流、ソファちゃんが見つかったのが夜で…まだそこまで皆と話せてないのか…」
今ここには私と、まだ眠ったままのソファ…。他の面々はそれぞれ復興作業と治療班に混じって外に出ていて夕食までは帰って来ない。
「さて…やりますかっと…」
水の都 ラグーナ公国襲撃事件
スプライトクインテット活動報告
事件発生は夕方、
潮香の湾処での夕食時に、東側の上空より火竜の襲撃を確認。
火竜の総数は不明。
現在ラグーナ公国で実数の確認作業中。
以下公国のギルドマスター カルロス談
「総数の確認は不可能だろう。
被害状況と兵士の目撃情報から
100~200程度と報告してくれ」
スプライトクインテットの行動について
以下は襲撃確認後の各メンバーの行動
一、ノエル
メンバーの分断とその後の行動を指示。
ソファを伴い状況確認と迎撃に向かう。
襲撃地点を視認後、ソファとは別行動。
トラヴァスとともに火竜の迎撃を開始。
現場の状況について彼女から。
火竜の種別はレッサードラゴンの亜種、
統制された襲撃で軍事行動以外ではあり得ない、所属は不明、数は100以上。
交戦中に《フェンリル》の発動を確認。
以後は救助活動には加わらず、ラグーナ公国迎撃部隊と共に地上部隊の襲撃がないか警戒。
以下は彼女の言をそのまま記述。
「知ってたの?
知ってたのならあのバカと来い!」
◇◇◇◇
…こんなところかな?
流石にアリアさんは関係なさそうだけど、前にコードさんにもう一度オロディアに潜入するよう依頼してたのも見てたし…何か情報は掴んでいたのかも?
◇◇◇◇
一、ソファ
襲撃地点にてノエルと分断後、恐らく火竜に向けて《フェンリル》を発動。襲撃の翌晩に避難所でセレナが発見。彼女曰く、精霊の力の行使による反動で数日は目を覚まさない可能性があるとの事。
《フェンリル》の発動も含めて、意識が戻らない事には詳細の確認は不可能。
◇◇◇◇
…不謹慎かもしれないけど、
空に咲いた氷晶華は綺麗だった。
これは絶対に口に出してはいけない。
空を覆った火竜の群れを一撃で撃退した代償で、彼女は2日たった今もまだ目を覚まさないんだ。
◇◇◇◇
一、セレナ、ピエール、ファニー
分断後、セレナの指示により精霊テティスの能力が発動し、雨を降らせることに成功。
その後の発動により、水は一時氷に変わるが、火竜の撃退後も一晩中降り続いた雨により火災の鎮火に貢献。テティスの能力の詳細については現在のところ不明。
火竜撃退後は負傷者の救護活動に従事。
活動中にテティスが止血程度の治癒能力を発動。治癒を受けた多数の被災者曰く、鎮痛作用の能力の証言も確認。
ラグーナ公国の救護班と共に活動時にソファを発見し収容。スプライトクインテット全員の合流に成功。現在も継続して救護活動に従事。
一、オリバー
襲撃後ラグーナ公国君主との会談に成功し、その場で《フェンリル》の発動に同席。
以後スプライトクインテットはラグーナ公国より勅命を受けた臨時部隊として復興に向けた共同活動に従事。
◇◇◇◇
「…できた。まだ分からないことも多いけど、だいたいはこんなところかな?」
ソファの眠るベッドを通り過ぎて、もう一度テラスで大きく伸びをした。
美しい水辺の町並みに点々と悪目立ちする黒焦げた建物の一角。
あれだけの襲撃でこの被害なら…悪くない気もするけど、お昼に聞いた死者という言葉が耳から離れない。
すぐに部屋へ引き返すと、出来上がった報告書を手にノエルが立っていた。
「――!!びっくりしたぁ。
いつの間に戻って来てたの?」
「今戻ってきたとこ。良く出来てるね。
もうすぐ“グルー”が来るよ?
こっちへきてたのが見えたから」
――“グルー”美しい鶴の精霊。
彼女の言葉通り羽音とともにテラスに降り立ったグルーは首環を咥えて差し出した。
「報告書入れちゃっていいんだよね?」
「はい、これ。入れちゃってい~よ。向こうからなんか伝言来てないか見てくれる?」
グルーから受け取った首環の中身を確認するとそのまま彼女に手渡して、受け取った報告書を入れていると背中がピリピリして恐る恐る振り返る。
――なに?
「あいつら、ここに向かってるってさ」
額に青筋を浮かべながら吐き捨てるノエルから思わず目を逸らした。
「――何よ?」
「体がピリピリしてるんですけど…」
少し間をおいてごめんねと呟くと、彼女は大きく息を吐き出した。
「ファニーは水だったもんね。
影響モロにくらっちゃったか~」
いつもの軽口だけど、無理して我慢してるのはすぐに分かった。
「…何か知ってたのかな?」
「流石にそれはないと思うよ?もしそうなら、今回はアタシじゃなく全力でセレナを止めないと…」
「……止めないと?」
「セレナがマジギレしたらね、まだアタシじゃ止められないかな~…」
「えぇ?リーダーだからノエルが一番だと思ってたんだけど?」
「何言ってんの?全然違うよ。魔法にしても精霊の力にしても、ウチで一番はセレナだよ?」
――!!初めて聞いた…。
「あぁ、ヤクモはナシね!あれは別次元…ってかよく分かんない存在だから」
「それはそうでしょ…あんなの見たことないもん」
「多分ね…やり方は違うけど、結果だけなら同じ事をセレナならできるよ」
――?
「今のうちに言っとくね。“森嵐の魔女”って聞いた事ある?」
「…おとぎ話の魔女だよね?カオスドラゴンを封印した魔女の話…」
「そうそう。それセレナの事だよ」
――!?
「何言ってるの?だってあのお話は…」
「あ!セレナの年齢は禁句だかんね?」
「ウソじゃ…ないよね?」
「ホントホント。前にグロームハル行ったじゃん?あそこの洞窟でマジギレしたの初めて見たんだけど、アレはヤバい。絶対怒らしちゃダメだからね~」
「どうしよう…私、最初嫉妬心剥き出しだったんだけど…」
「なんで?…あぁピエール?そんなのは気にしてないんじゃない?さっ、グルーに報告書渡したらご飯だよ~」
…この話のあとで“森嵐の魔女”とご飯食べるの?
今日の出来事が全部吹っ飛んだんだけど。
ソファが目覚めたら教えてあげないと…




