出発
金色の光を帯びた角が朝陽を反射し、ゴルドホーンエルクが馬車を曳き街道をゆく。木の軋む音と金属の響きが朝の空気を震わせ、車輪が足跡を刻み、かすかな草の匂いと土の香りが鼻をくすぐる。世界が新しい一日の幕を開けようとしていた。
「南かぁ~、どんなとこなんだろ。
ヤクモも楽しみだね?」
馬車の上で朝の爽やかな風に髪が少し目にかかるが気にならなかった。
隣で気持ち良さそうに風を浴びる精霊ヤクモに声をかける。
「たのしみ~」
灰がかった黒の毛並みが朝陽を反射して高貴さを感じさせながらも、口を開けば幼い口ぶりと、つい舌が顔を出す子犬の姿は愛くるしさしか感じない。
「…まだ町出たとこやんか」
同じく漆黒の毛並みを舌で繕いながら、折れていない方の耳をピクピクさせた精霊トラヴァスが呟く。彼はいつもの朝の儀式を終えると毛先は深緑に輝き、黄金色の瞳を細め、猫らしく丸まり揺れに身を任せた。
「この気持ちが分かんないかなぁ~」
そう言って燃えるような赤髪を残り火のように後ろに靡かせながらノエルが口を開く。切れ長の瞳が自身の精霊を睨むがトラヴァスは相手にせずに目を閉じた。
「そう?念入りに毛繕いしてたわよ?」
翠の長い髪をかき上げながら、同性でも息が止まるような濡れた瞳を向けてセレナが微笑む。彼女にしては珍しく、大きく伸びをしながら気持ちよさそうに風に身を任せる様は…惚れる。
「新しい旅…ウチも楽しみやわぁ」
白銀の毛並みに紫の輝きを滲ませた狐の精霊シェルティは、目を閉じ彼女と同じく気持ちよさそうに尾を揺らす。
「これって、新婚旅行かな?」
そう言って思わず染めた頬よりも朱い髪のファニーが、隣に座る夫の袖を掴みながら尋ねた。2人の間には先日出会ったばかりの精霊テティスが母の温もりを求める赤子の様に膝の上で丸まっている。
「武装して新婚旅行は違うだろ」
言葉とは裏腹に優しい声色で妻に答えたピエール。金色の髪が爽やかに揺れ、優しい眼差しを向ける姿は物語の王子の姿。
――この夫婦はホント絵になるなぁ…。
「旅であることには違いない!」
御者席から大きな声が返って来る。重武装に身を固めたオリバーの刈り上げた短い髪は風を物ともせず、勇壮な顔つきは歴戦の勇士そのものだ。濃紺の鎧は朝日を虹色に反射し、荷台にある彼の戦斧が共鳴するように細やかに輝いた。
「とりあえずさ、国境越えるくらいまでは何かあったらピエールが出てね~。新調した武器に慣れとかなきゃ」
「鉱竜の素材を使って、あのバルカンが打ったんでしょう?並のハンターが持つような武器じゃないわね」
「本当にありがたい。まだ武器としては使い慣れていないが、恐ろしいぐらい手に馴染む」
そう言って戦斧と並べられた自身の武器であるグレイブに目を向ける。名工と謳われるバルカンとその精霊であるウルカ曰く「槍の先が剣になったような武器で間合いの長い斬撃が得意よ」との事だが、槍と剣を学んだピエールにとって扱いはそう難しくはなかったらしい。
「――にしてもアンタたちさ、こっちは声で分かるし使ってる武器も違うけどキャラ被ってんのよ!ピエールはしょうがないにしても、オリバー。アンタ何とかしなさいよ!」
「待て!俺が変えるのか?」
「いいわね、それ。私昔のオリバーの粗野な感じ大好きよ?」
「ほら、セレナが好きだって!紳士ぶってないで、昔みたいにやりたいようにやんなよ~」
「急に変えれるか!こういうのは徐々にだな…」
「それ知らんねんけど、被んのはアカンわぁ」
「ウチも堪忍やわぁ…いろんな会話が聞こえてくるんはえぇけど」
「…アタシに言わせりゃ、アンタたちも似たようなもんだけどね」
「「一緒にせんといて!」」
いつの間にか馴染んだ軽口に耳を傾けながら自然と笑みが零れる。風が髪を乱して目にかかるが、それすらもまだ見ぬ景色の一つ。
だって、もうこんなに楽しい。




