オリバーと鉱竜
地平線は夜明けの紫と鉛色が混じり合い
陽はまだ岩盤の向こうに隠れている。
万物が眠りから覚めぬこの時間帯、
岩盤が剥き出しになった荒野の中心で
オリバーは静かに立っていた。
視線の先には
――鉱竜ファフニール。
他のスプライトクインテットの面々は
少し離れた場所で腰を下ろし、神話的な儀式の成り行きを見守っている。
視線の先のファフニールは
濃紺の巨大な鉱石の塊であった。
結晶質の鱗は光の有無に関係なく淡い輝きを放ち、金色の瞳は対峙するオリバーを穿つかのように絶対的な重さを込めて注がれていた。
オリバーは自身のオブリヴィオンを地に刺し、戦いの意思はないと丸腰にて竜種と対峙していた。
沈黙を破ったのはファフニールだった。
≪そなたの背の大斧は光を拒む闇の器。
神々の加護とは相容れぬもの…
闇に飲まれし時その力は毒となる。
大斧を手放し、我の力を欲するか?≫
ファフニールはオブリヴィオンの致命的な弊害を突き付け尋ねた。
が、対峙するオリバーは迷わず答える。
「鉱竜ファフニールよ!
この戦斧の危険は知っている!
だが我が恩人より預かりし物。
闇に飲まれたなら我が身の不徳!
故に手放すことなどあり得ぬ」
≪ふむ。我が力を得れぬとしてもか?≫
「無論だ!力より義に生きたい!」
≪鉱竜の力より、至誠に生きるか
面白いニンゲンに出会うた≫
ファフニールが鼻を鳴らし瞳を細める。
≪我も地龍と聖約を交わした。
地龍はこの大地の均衡を保つ為、
地の神の御意を賜り加護を与えた
我は地龍に代わりて尖兵となる。
ニンゲンよ。
そなたこの地を穢す者をどうする?≫
「無論、この身がある限り戦う!」
≪そなたが闇に飲まれれば、
そなたがこの地を穢す者となるが?≫
「その時が来れば、この戦斧にて
この首を斬る覚悟は出来ている!」
≪…面白い。そなた次第で我に能う。
あの者共の見越は合致しておる。
そなた我と天則の天秤に賭けぬか?≫
「――?」
≪大斧の闇を解き放て。
我の加護を授けよう。
その闇をそなたの器にて受け止めよ。
さすれば大斧の闇は、
力のみを残し、そなたの糧となろう≫
「天秤とは?」
≪我の見越では天則の天秤は
どちらにも傾かず≫
「五分五分なら悪くない。
聞くが、吉と出れば
オブリヴィオンの力のみ残るのか?」
≪我の加護もそなたの身に宿ろう。
闇に堕ちるか理を曲げるか
そなたの精魂と器を我に見せてみよ≫
「では凶と出ればお前はどうなる?」
≪そなたと共に我も闇へ堕ちよう≫
「ほう!竜がその身を俺に賭けると?」
≪誓約とは魂の契。
ならば天則の天秤に賭けるのも一興≫
「その賭け乗った!」
≪…始める前にニンゲンよ。
そなたの名を聞かせよ≫
「オリバーだ。
オリバー=ホーエンベルク!」
≪我が名に刻もう、オリバーよ。
オリバー=ファフニールと名乗れ≫
「家名を変えるな!早くやれ!」
オリバーは微笑み、ファフニールも少し顔を歪め巨大な頭部をオリバーに近づけた。
静かに、しかし大地を震わせる力で
誓約の言葉を詠む。
オリバーは一度オブリヴィオンを抜き、
その漆黒の刃を地面に深く突き立てる。
ファフニールの黄金の瞳からは濃密な光が放たれ、オリバーの胸を貫く。
オリバーは一瞬激しく痙攣し、
光が収まった後
静かに地面に突き立てた大斧を握る。
彼の胸と腕には鉱竜の輝き、
濃紺の結晶模様が浮かび上がっていた。
突如オブリヴィオンの刃が唸りを上げ
闇が爆ぜた。
濃紺の奔流が空気を裂き地を震わせる。
同時に金の光が滾り火花のように弾け
三つの力がぶつかり合う。
空気が軋み、鉛色の空を貫いた。
やがて三色は螺旋を描いて絡み合い、
一つの点へと収束していく。
静寂の底で微かに揺らめく残滓を残し
闇と加護の同居が成功した。
ファフニールは自身の体躯から力を抜き
再び静かな岩塊のように横たわる。
≪オリバー=ファフニールよ。
我が核と魂以外の全てを望みの儘に。
この誓約の代価とせよ。代行者よ。≫
オリバーは鉱竜の言葉を無言で受け入れ
祈りを捧ぐように目を閉じた。
儀式は終わり、
彼は闇を克服し、鉱竜の力を宿した
誓約の代行者となった。
昇り始めた陽の光が、岩盤の向こうから荒野を淡い金色に染めた頃
誓約を終えた鉱竜は濃紺の巨大な鉱石の塊へと還り静寂の中に横たわっていた。
スプライトクインテットの面々は
その全てを離れた場所で見守り
微動だにしないオリバーを待つ。
彼の持つオブリヴィオンは
遠目に見ても分かるほどの、
重厚な存在感を放っていた。
漆黒の大斧から濃紺の輝き。
結晶のような細やかな輝きが
陽の光をこちらへ反射させていた。
「終わったようね」
セレナの視線の先で彼は大斧を背負い、
その柄を肩へと担ぎ直した。
一連の動作には張り詰めた緊張はなく、
深く、静かな落ち着きが感じられた。
彼は鉱竜に一瞥を投げ、
荒野の硬い地面をしっかりと踏みしめ
迷いなく仲間たちの元へと歩き出した。




