消えた商隊 ~受注~
温かな空気。木の匂い。戦も血の匂いもない、穏やかな朝。
湖の依頼の翌日、ギルドの前で見様見真似でエルクの手入れをしていた。
――その静けさを、男の声が破った。
振り返ると、声の主と思われる男性とアリアが書類を手に立っていた。
「ソファ、少しいいかしら?」
彼女の表情はいつも通り冷静。でも少し影がある?
「これ、まだ依頼書になる前なんだけど見てほしいの」
差し出された書類の上部には、大きく赤い印に「至急」の文字。
「……“キャラバン隊失踪”?」
「ええ。昨日、交易路を抜けて隣国に向かった商隊が戻らないの。依頼を出した商人とも連絡がつかなくてね」
「…人数は?」
「五名。そのうち二人がギルド所属のハンター。あとの三人は商人と雇われの護衛よ。……うちのハンターが、このオリバーの後輩なの」
そう言う彼女に隣の男性を紹介された。
見るからに高そうな重装甲に、体からはみ出るくらいの大斧を背にした大男。よくギルドで飲んでる人だよね?こんな人一回見たら忘れるわけないじゃん。ちょうど良かった。私もこの人に聞いてみたかったことがあった。
「…オリバーさん?って砦の時の声の大きな人?」
「おう!オリバーだ!よろしくな!迷路の嬢ちゃん」
そう言って笑顔で手を向けられたので、握手を交わす。
「あっ。ソファです。よろしくお願いします」
「すまんな、ソファ!さっきアリアからその二人が護衛する商隊が帰らないって相談を受けてな。俺の後輩たちなんだ。丁度手は空いてたし俺が行くんだが足がなくてな」
――足…あぁ、エルクを貸してほしいのね。
「そう。皆は今、休暇中でしょう? だからエルクを――」
「――私も行く」
アリアとオリバーは驚きもせず、微かに笑みを交わす。
「多分そう言うだろうって言ってたわ。ノエルがすでに出発の準備をしてるから合流してね」
「了解です……」
――これって、前にも同じようなことがあったような…。
「何かしら?」
「…私のところに来る前に決めてたのね?」
「もちろん。“グラスに見合うお酒”って言葉知ってる?エールはジョッキで、良いお酒はグラスで飲むのが一番。仕事も同じよ。依頼に合った人に受けて貰うのが一番安心なの」
――いつまでもやられっ放しじゃ終われない。なんて言い返してみようか…ノエルなら何て言うかな?
「…じゃあ、帰ったらいいグラスでいいお酒。飲ませてね」
「言うじゃないか!気に入った!俺が奢る!」
「決まりね。じゃあ、無事帰って来てくださいね」
とびきりの笑顔と一礼でアリアに見送られた。
――!やられた!アリアに奢ってもらうつもりが、しれっとオリバーさんに奢ってもらうことになってる…これって、オリバーさん気付いてないんじゃない?
胸の奥にモヤモヤしたものを抱えながらもエルクに乗り込んだ私たちは町の入り口で準備を終えたノエルと合流した。
「おはよう。商隊の件、行く気なんでしょ?」
「うん。聞いちゃったら、放っておけなくて」
「いい心構えね。でも、今回はちょっと危ないわよ。商隊の最後の報告地点は“ラグルの森”。魔物の巣は確認されてないけど……何かが起きてる」
「最近通ったヤツらが言うには“森が静かすぎる”そうだ」
「アンタとは真逆ね。静かに話せないの?」
「ムリだ!」
――やっぱり、この二人は初めて組むわけではなさそう。ってことはちゃんと聞いておかなきゃ。
「あの、オリバーさんは、この斧?で戦うんですか?」
「“オブリヴィオン”という戦斧だ。持ってみるか?」
「いいんですか?…って重っ!なにコレ」
「持てない持てない。アンタまだこのやり取りやってんの?」
「当たり前だ!俺の跡継ぎは“コイツ”を持てないとな。いつかソイツを鍛えるのが楽しみで楽しみで」
「…何だろう。今もしかして危なかった?」
「ソファ。持てなくて良かったね」
――お願いだから、抜き打ちの試験みたいな事はやめて欲しい。
町を出ると気付いたらオリバーが手綱を握り、“ラグルの森”を目指す。
私は道を知らないから仕方ないとして、ノエルはいつもより広い馬車のなかで寛ぎモード全開で口を開いた。
「あ、そうそうソファ。ヤクモ出してても大丈夫だよ?」
「えっ?いいの?ってトラヴァスいつから出てたの?」
言われてから御者席に座る彼の膝を枕に寛ぐトラヴァスに気付いた。
「柔こい枕よりこっちの方が反発があってええねん」
グルグル喉を鳴らすトラヴァスを指であやすオリバー。
「すごい!カッチカチだよ?」
飛び出したヤクモが反対側の腕をフミフミしながら目を丸くする。
――いきなり何してんの?
「オリバーさん、ごめんなさい!ヤクモ!」
「構わないさ。それにオリバーでいい。精霊使いは大変だろ?…俺には顕現しなかったがな。何故か好かれはするんだよなぁ」
「精霊に触らせるって、普通は無理なんだけどねぇ」
そう言って2柱をあやすオリバーを優しい目で見るノエル。
「そんな斧持ってりゃしょうがないでしょ?血だかなんだか分かんない怨念が渦巻いてんのよソレ」
「まともな武器でないことは確かだな。だが助けられたことも、守れたものも多い。手放せないさ」
「ソファ。後で見れるかもよ?アレとんでもないから」
「見たいけど見たくない…アレで戦うってことは、何が出てくるの?想像したくない」
「ははは!ソファの想像通りだと思うがな。商隊に護衛がつくってことは、道中何かあるってことだ。ノエル。そろそろだろ?頼めるか?」
――そろそろ?やっぱりなんか出るんだ…。
「えぇ~っ?アンタ1人で試しに歩いてみなよ。ソファにカッコいいところ見せられるかもよ」
「無駄に不意打ち食らったら逆になるだろ?」
「分かったわよ。ソファ。外出て索敵~」
そう言う二人は軽口を叩きあいながらも目は真剣で、オリバーは周囲を見回し、ノエルは文句を言いながらも準備を終えて既に外に出ていた。
「さて、と。やりますか」
「なになになに?何かいるの?」
「すぐ分かるわ。索敵するよ」
「――?分かった。ヤクモ!≪アルゴス≫」
目を閉じ意識を沈めると、視界が広がり、
少しずつこの感覚に慣れている私がいる。
「地中……なにか、いる」
「でしょ?キモイよ~」
「どうすればいいの?」
「このままだと通れないからねぇ。オリバー!やっぱりいたよ。降りてきて~」
準備を終えた彼は戦斧“オブリヴィオン”を担いで降りて来た。
重武装に大斧、アレで狩るんならこの地中にいるのは一体何なのよ。
「掃除しちまうか。何体だ?」
「ソファ。数えて」
「えっ…と、4…5体」
「正解。オリバー手前から行くよ」
「了解だ」
ノエルが手前の何かに雷光を放った瞬間、地面が弾けた。
現れたのは泥の塊のような影――確か名前は地の竜蛇、アースワーム。
普段は土の中にいて、頭上を通った標的を飲み込むか、こうやって出て来るとその巨体で圧し潰すデカミミズ。
続けてノエルが別方向へ雷光を放つ。
「手前はオリバー。奥はソファね。
ソファは形が残るように焼いて!」
「「了解」」
――形が残るように制御しなさいってことはつまり、私でも対処できる相手で、訓練させるつもりなんだよね。
大地を裂くような咆哮とともに、巨躯が盛り上がる。
全身を黒褐色の鱗に覆われたアースワームは土砂を吹き上げながらその顎を開いた。
最初に相対したオリバーは落ち着いたまま、戦斧“オブリヴィオン”を担ぎ、わずかに腰を落とした。
柄を握る手が軋み、筋肉が鳴る音が聞こえる。
「来いよ……地を這うミミズめ!」
次の瞬間、アースワームが突進すると地面が割れ、石礫が飛び散るが、彼はその衝撃を正面から受け止め――斧を横に払った。
鋼と鱗の衝突で火花が散り、耳を裂く音が周囲を貫き衝撃で空気が震える。
「まだまだ……!」
巨体が捻れ、今度は尾が唸りを上げて襲いかかるが、彼は半歩退きながら斧をしっかりと構え直すと刃に淡い赤黒い光が走る。
「――喰らえ!」
斧が振り下ろされた瞬間、地面が爆ぜると衝撃波が円を描いて広がり、砂塵と風が混ざり合う。
アースワームの分厚い鱗が裂けると、呻き声を上げ血と泥をまき散らし、顎を広げる。
彼はひとつ息を吐き、地面を蹴った。
――跳躍んだ。
落下と同時に、斧の刃が逆光を浴びて閃くと赤黒い軌跡が空を裂き、地の竜蛇の首を――両断した。
鈍い音とともに、巨体が目の前に崩れ落ちた。
断面から噴き上がる黒血が霧となって舞い、刃が不気味な光を放つ。
オリバーはゆっくりと斧を肩に担ぎ直すと笑顔で振り返った。
「次!どうやるのか見せてもらうぜ」
――見間違いじゃないよね?今斧を担いだ瞬間、足元の地面が沈んだような…なんでその重装備であの高さまで飛べるの?




