(改善版)第8話「悪友は、昔から止まらない」
騒ぎの方へ走りながら、リオンは楽しそうに笑っていた。
「懐かしいな、こういうの」
「何がよ」
レティシアは前を見たまま返す。
「レティーが“面倒くさい”って言いながら、結局一番先に走るところ」
「昔の話でしょ」
「今も同じじゃん」
「違うわよ」
「どこが?」
「……多少は成長したわ」
「うん。逃げ足が?」
「殴るわよ」
リオンは笑った。
軽い。
けれど、その足取りに乱れはない。
さすが王族、と言うべきか。
ただの悪友ではない。
子どもの頃もそうだった。
避暑地で出会ったリオンは、昔から人懐こく、距離が近く、そして——面白そうなことにすぐ首を突っ込む少年だった。
レティシアが庭園の奥にある古い塔を見つけた時も。
『ねえ、あれ何?』
『入ってみる?』
『普通、止めない?』
『止めたら行かないの?』
『行くけど』
『じゃあ一緒じゃん』
結果、二人は鍵の壊れた塔に入り込み、埃まみれになり、迷子になった。
そして最後には——
『……お嬢』
幼いエルマーが無表情で迎えに来た。
『また……』
『まただね』
幼いオスカーは笑っていた。
そう。
昔から、だ。
レティシアとリオンが揃うと、だいたい何かが起こる。
そして、その後始末をするのは、いつも双子だった。
「……嫌なこと思い出した」
走りながら、レティシアが呟く。
「奇遇だね。俺は楽しいこと思い出してた」
「あなたのそういうところ、本当に厄介」
「褒めてる?」
「けなしてる」
「知ってる」
騒ぎは、路地の奥からだった。
荷車が倒れ、木箱が散らばっている。
その奥で、男が二人。
一人の少年を壁際に追い詰めていた。
「だから、知らないって言ってるだろ!」
「嘘つけ。さっきここを通った女が何か落としたはずだ」
「出せよ。見たんだろ?」
少年の顔色は青い。
レティシアの目が細くなる。
「……面倒くさい」
「行くんでしょ」
「行くわよ」
「だと思った」
リオンが笑う。
次の瞬間、レティシアは外套の留め具を外した。
「ちょっと待って」
リオンが目を丸くする。
「ここで?」
「時間がない」
「大胆」
「黙って」
外套の下から現れたのは、動きやすい市井用の服。
素早く、髪をまとめる。
銀灰の色は、内側に隠される。
代わりに現れたのは、黒。
帽子を深くかぶる。
胸元を押さえ、布を整え、
体の線を消す。
そして——
姿勢を落とす。
視線を変える。
声を低くする。
その瞬間——
空気が変わった。
「……それ、本当に“それ”?」
「……へえ」
リオンの目が、楽しげに細まる。
「そういう感じなんだ」
「見なかったことにして」
「無理」
「でしょうね」
レティシアは息を吐いた。
「じゃあ、邪魔しないで」
「手伝う」
「邪魔しないで」
「同じ意味でしょ」
「違う」
「そこまで」
低めた声が、路地に落ちた。
男たちが振り返る。
「誰だ」
「通りすがり」
レティシア——レオは、軽く笑った。
「その子、困ってるみたいだから」
「関係ねえだろ」
「関係あるよ」
一歩、踏み出す。
「泣きそうな顔してる」
男が舌打ちした。
「また正義感の強い馬鹿かよ」
「それ、よく言われる」
さらりと返した瞬間、男が殴りかかる。
レオは半歩ずれる。
拳は空を切り、そのまま腕を取られる。
だが、もう一人が横から動いた。
「危ないよ」
リオンだった。
笑いながら、相手の進路を塞ぐ。
「二対一は格好悪いんじゃない?」
「てめえも何なんだ!」
「通りすがりの悪友」
「名乗りが雑」
レオが低く突っ込む。
「咄嗟に出た」
「もう少し考えて」
「次までに」
「次がある前提やめて」
言い合いながら、二人の動きは噛み合っていた。
レオが崩す。
リオンが塞ぐ。
レオが避ける。
リオンが誘導する。
まるで、何度も一緒に悪さをしてきた子どもの延長のように。
いや。
実際、そうだった。
男たちは数呼吸もしないうちに地面へ転がった。
「怪我は?」
レオが少年に声をかける。
「な、ない……です」
「ならよかった」
「あなたは……」
「ただの通りすがり」
「通りすがり多すぎない?」
横からリオンが言う。
「黙って」
「はいはい」
少年は混乱した顔のまま、何度も頭を下げて逃げていった。
レオは散らばった木箱を見下ろす。
「で、さっきの女が落としたものって?」
「これじゃない?」
リオンが木箱の隙間から、小さな封筒を拾い上げる。
封は切られていない。
ただ、表には紋章が押されていた。
「……王宮関係?」
リオンの声が少しだけ低くなる。
レオも目を細めた。
「面倒くさい匂いがする」
「するね」
「見なかったことに」
「できる?」
「……できない」
「だよね」
二人は同時にため息をついた。
「——で」
低い声がした。
レオとリオンが同時に振り返る。
路地の入口。
そこに立っていたのは、エルマーとオスカーだった。
「何してるんですか」
エルマーの声は静かだった。
静かすぎて、逆に怖い。
オスカーは笑っている。
だが目が笑っていない。
「いやあ」
リオンが軽く手を上げる。
「ちょっと人助け?」
「疑問形で言うな」
レオが小さく言う。
「お嬢」
エルマーが一歩近づく。
「説明を」
「えっと」
「簡潔に」
「見ちゃった」
「知っています」
「困ってた」
「でしょうね」
「放っておけなかった」
「それも知っています」
エルマーは額を押さえた。
「昔から変わりませんね」
その一言に、リオンが吹き出す。
「ほんとそれ」
「殿下もです」
「俺?」
「あなたがいると、事態が悪化します」
「ひどくない?」
「事実です」
オスカーが肩をすくめる。
「昔もあったよね。避暑地の古塔」
「言うな」
レティシアが即座に止める。
「あと、湖の小舟」
「それも言うな」
「あと、厨房に忍び込んで菓子を焼こうとして煙出したやつ」
「オスカー」
「なに?」
「黙りなさい」
「はいはい」
リオンは腹を抱えて笑っている。
「懐かしいなあ。あの時も双子に回収されたよね」
「されたのではなく、しました」
エルマーが訂正する。
「毎回、毎回、毎回」
「三回言った」
「足りません」
レティシアは視線を逸らした。
「……若気の至りよ」
「今も大差ありません」
「そこは否定して」
「できません」
オスカーが、リオンの手元に目を留めた。
「で、それ何?」
封筒。
その瞬間、空気が少しだけ変わる。
「拾った」
リオンが言う。
「揉め事の原因っぽい」
エルマーが封蝋を見る。
「……王宮の使者印ですね」
「やっぱり?」
レティシアが眉をひそめる。
「どうします?」
オスカーが問う。
「決まってるでしょ」
レティシアは深くため息をついた。
「届ける」
「でしょうね」
「だな」
双子が同時に言った。
リオンがにやりと笑う。
「じゃ、俺も行く」
「来なくていい」
「来る」
「面倒が増える」
「もう増えてる」
「開き直らないで」
その時だった。
路地の奥から、足音が聞こえた。
規則正しい。
迷いのない足音。
エルマーの表情がわずかに変わる。
「……まずい」
「誰?」
レティシアが小声で問う。
答える前に、影が路地の入口に差した。
「そこまでです」
低い声。
ユリウス・ヴァン・クロイツ。
王宮監察官補佐。
その視線が、倒れた男たち、散らばった荷、封筒、そして——黒髪の青年へ向く。
一瞬の沈黙。
ユリウスの目が、わずかに細まる。
「あなた」
レオを見据える。
「……何度目でしょうね」
レオは、わずかに肩をすくめる。
「さあ」
短く返す。
声は低い。
ブレない。
「通りすがりなので」
空気が張り詰める。
リオンが小さく笑った。
「おっと」
オスカーが肩をすくめる。
「来ちゃったね」
エルマーは一言。
「最悪だ」
悪友との共闘は、昔からろくな結果にならない。
だが。
それでも、息は合う。
困ったことに——
誰よりも。
そしてその日。
二つの顔は——
ついに、同じ場所に立った。




