第88話「夜の旧迎賓館」
夜の帳が王都を包み込む頃、一行は王城を出発した。
先頭を歩くのはカイゼル。
その隣には、どこか楽しそうな表情のリオン。
少し後ろにレオ、その左右をオスカーとエルマーが固め、さらに後方を騎士たちが続く。
「兄上、俺はレオの隣でも問題ないと思うんだけど」
「問題しかない」
「今日はまだ何もしてない気がする」
「それは今からだ」
即答する兄に、リオンは肩をすくめる。
その様子を見たオスカーが苦笑した。
「やっぱりすごいな」
「何がだ?」
エルマーが問い返す。
「カイゼル殿下のリオン殿下の扱いだよ。ああしてくれると、俺たちも本来の護衛に集中できる」
「確かにな」
エルマーも小さく頷いた。
レオは思わず心の中で同意する。
普段ならリオンの突飛な行動を止める役目まで回ってくるのだが、今日はその必要がない。
……その代わり、向かう先が旧迎賓館という時点で安心はできなかった。
昼間、拘束した仮面の男から見つかった階級章。
裏側に刻まれた三本の線。
三線――銀の鍵を持つ者を監視する者。
その言葉が、何度も頭の中をよぎる。
銀の鍵を手にしたレオは、知らないうちに誰かの監視対象になっていた。
「レオ」
オスカーが横から声を掛ける。
「また面倒ごと考えてる?」
「面倒ごとは考えてない」
「面倒ごとはって、他は考えてる?」
「うるさい」
思わず返すと、エルマーが珍しく口元を緩めた。
「その台詞は、もう何度聞いたか分からないな」
やがて王都北西の外れに、旧迎賓館が姿を現した。
白い石造りの壮麗な建物。
しかし、人が住まなくなって久しいため、外壁には蔦が絡み、庭木も伸び放題だった。
月明かりだけが建物を青白く照らしている。
「……気持ち悪いくらい静か」
レオが呟く。
「ああ」
カイゼルも周囲を見回す。
「静かすぎる」
鳥の声も、虫の音もない。
まるで建物全体が息を潜めているようだった。
騎士が正門へ近付き、錠を外す。
ギィ……
重い門がゆっくりと開いた。
その瞬間だった。
ゴォン――。
どこからともなく、低い鐘の音が響く。
一同が足を止めた。
「鐘楼は動いていない」
エルマーが空を見上げる。
屋根の向こうに見える鐘楼は、沈黙していた。
ならば、この音は。
ゴォン――。
二度目の鐘が鳴る。
今度は足元がかすかに震えた。
「地下……?」
リオンが小さく呟く。
レオの胸元で、銀の鍵が震え始めた。
まるで鐘に応えるように。
「やっぱり来たか」
レオは小さくため息をつき、鍵を取り出した。
銀色の鍵は淡い光を帯び、その先端がゆっくりと建物の西側を指し示す。
「こっちへ来いって誘ってるね」
リオンが一歩踏み出そうとする。
だが、その襟首をカイゼルが掴んだ。
「一人で行くな」
「兄上……」
「先頭は私だ」
リオンは素直に引き下がる。
その姿に、オスカーは思わず笑った。
「本当に助かる」
五人は鍵の導くまま、西側へ回り込んだ。
そこには小さな礼拝堂が建っていた。
入口は閉ざされ、鍵穴すら見当たらない。
レオが近付いた、その時。
ゴォン――。
三度目の鐘。
ガコン、と重い音が響き、礼拝堂の手前の石床が左右へゆっくりと開いていく。
暗闇へ続く石階段。
地下から冷たい風が吹き上がった。
「秘密の地下って、ちょっとワクワクしない?」
リオンが目を輝かせる。
「そんなに嬉しそうな顔をするな」
カイゼルが呆れたように言う。
その直後だった。
カツン。
カツン。
石階段の奥から、誰かがゆっくりと上ってくる足音が響いた。
全員が剣へ手を掛ける。
暗闇の奥から現れたのは、黒い外套をまとい、白い仮面で顔を隠した男だった。
男は階段の途中で立ち止まり、静かに頭を下げる。
「ようこそ、お待ちしておりました」
レオは思わず顔をしかめる。
「……人違いでは?」
「いいえ」
男は即座に答えた。
「銀の鍵を持つ者を、お迎えに参りました」
レオは大きくため息をつく。
「やっぱり嫌な予感は当たったか……」




