第86話「旧迎賓館への招待」
倉庫街に静けさが戻る。
だが、その静けさは誰一人として信じていなかった。
カイゼルは書簡を丁寧に畳み、懐へ戻す。
「ここで話す内容ではないな」
レオは銀の鍵を見下ろした。
「旧迎賓館へ行けば分かるのか」
「分かることもある」
カイゼルは静かに答える。
「だが、私もすべてを知っているわけではない」
リオンが横から口を挟む。
「兄上が分からないって言うくらいだから、相当面倒なんだよね」
「余計な補足はするな」
「本当のことじゃん」
オスカーが笑った。
「兄弟だなぁ」
「感心してる場合じゃない」
エルマーが周囲を警戒する。
「相手はこちらの人数も戦力も把握した上で動いています」
「逃げた連中も、すぐには諦めないでしょう」
レオは頷く。
「銀の鍵が目的なら、次も狙ってくる」
「その可能性は高い」
カイゼルはレオを見る。
「だから、一つ頼みがある」
「提案?」
「旧迎賓館へ同行してもらいたい」
その場が静まった。
「公式には、建物の調査だ」
「非公式には?」
レオが尋ねる。
カイゼルは一瞬だけ口元を緩めた。
「その鍵が、書簡に記された『銀の鍵』なのか確認する」
リオンが嬉しそうに手を叩く。
「やっぱり旧迎賓館行くんだ!」
「お前は嬉しそうだな」
「面白そうだから」
「理由になってない」
オスカーが肩をすくめる。
「俺は嫌な予感しかしない」
「安心しろ」
レオが即答する。
「私もだ」
「安心できないんだけど」
そのやり取りを見て、リオンが吹き出した。
「やっぱり面白い」
「笑うところじゃない」
レオが睨む。
「そこも含めて」
「余計なお世話だ」
カイゼルは話を戻した。
「旧迎賓館は現在、立入禁止になっている」
「老朽化ですか?」
エルマーが尋ねる。
「表向きはな」
「実際は?」
「地下で不可解な音が報告されている」
「音?」
オスカーが首を傾げる。
「夜になると、誰もいないはずの地下から鐘の音が聞こえるという」
レオの手の中で、銀の鍵が冷たく光る。
鐘。
鐘楼。
地下。
別々だった言葉が、一つに繋がっていく。
「だから鐘楼なのか」
レオが小さく呟く。
カイゼルは頷いた。
「書簡にも『閉じた塔』と『地下』が繰り返し記されている」
「そして、この鍵だけが実物として見つかった」
リオンが鍵を覗き込む。
「ねぇ、触ってもいい?」
「駄目だ」
レオは即答した。
「即答だね」
「信用してない」
「ひどいなぁ」
「当然です」
エルマーも同意する。
「リオン殿下は好奇心で押し切るタイプですから」
「否定できない」
リオンはあっさり認めた。
オスカーが笑う。
「素直だな」
「長所だから」
「胸張って言うことじゃないぞ」
その時だった。
一人の随行騎士がカイゼルへ駆け寄る。
「殿下」
「拘束した者を調べました」
「何かあったか」
騎士は黒い布切れを差し出した。
「全員、この紋章を隠し持っていました」
布には黒い糸で奇妙な紋様が刺繍されていた。
円の中に、逆さまの塔。
その足元から幾本もの鎖が伸びている。
カイゼルの表情がわずかに変わる。
「……やはり」
レオが紋章を見る。
「知っているのか」
「ああ」
カイゼルは静かに頷いた。
「王家でも、ごく限られた者しか知らない印だ」
「何の?」
リオンまで真顔になる。
カイゼルは紋章から視線を外さず、静かに告げた。
「王都の地下を守っていた、かつての秘密組織の紋章だ」
「兄上、それ初耳なんだけど」
「お前には話していない」
風が吹いた。
誰も言葉を発しない。
古い書簡。
銀の鍵。
閉じた塔。
そして王家の秘密。
レオは銀の鍵を強く握りしめた。
事件は、路地裏の襲撃では終わらない。
王都そのものが隠してきた真実へ、少しずつ近づき始めていた。




