第85話「軽い王子、重い秘密」
「説明してもらおうか」
低く落ち着いた声が、倉庫街へ響いた。
リオンの笑みが固まる。
「……兄上」
「返事は聞こえている」
カイゼルは随行騎士を従え、倒れた仮面の男たちと、剣を構えたままの一行を静かに見渡した。
最後に、その視線がリオンで止まる。
「公務の途中で姿を消したと思えば、なぜここにいる」
「ちょっと散歩を」
「それはレオがよく使う言い訳だ」
レオがわずかに眉を動かした。
「なぜ知っている」
「いつもそうだろ」
「そんな記憶はない」
「当事者はそんなもんだ」
リオンが悪びれもせず笑う。
「兄上に話そうと思ってたんだけどね」
「もう会っているだろう」
エルマーの冷静な指摘に、オスカーが吹き出した。
カイゼルは小さく息を吐く。
「それで」
視線がレオの外套へ向いた。
「何を見つけた」
レオは一瞬だけ迷い、外套の内側から銀色の鍵を取り出した。
昼の光を受け、円形の紋章が淡く輝く。
カイゼルの表情が変わった。
わずかに目を細めただけだったが、リオンはすぐに気付く。
「兄上、それ知ってるよね」
「ああ」
短い返事。
レオが問い掛ける。
「何の鍵だ」
カイゼルはすぐには答えなかった。
周囲を見回し、随行騎士へ指示を出す。
「倒れている者を拘束しろ。倉庫の周囲も調べろ」
「承知しました」
騎士たちが動き始めた、その時。
屋根の上で瓦が鳴った。
「まだいる!」
オスカーが叫ぶ。
黒い外套の人物が、屋根から細い鎖を投げる。
狙いは銀の鍵。
レオが手を引くより早く。
カイゼルが静かに剣を抜く。
次の瞬間。
細い鎖が音もなく二つに分かれた。
鎖が途中から切断され、金属音を立てて石畳へ落ちた。
「兄上、格好いい」
リオンが楽しそうに言う。
「黙って周囲を見ろ」
「はいはい」
返事は軽い。
だが、リオンはすでに剣を抜き、レオの死角へ回り込んでいた。
オスカーも反対側へ動く。
「殿下、そっちは任せます」
「了解、オスカー」
「二人とも楽しむな」
エルマーが低く言いながら、屋根へ短剣を投げた。
影が身をかわす。
その先へ、リオンが踏み込む。
笑みは消えていた。
剣先で逃げ道を塞ぎ、相手を地上へ追い落とす。
着地した仮面の男へ、オスカーが間髪入れず剣を突きつけた。
「終わり」
軽い声。
しかし、刃先は一切揺れていない。
男は周囲を見回し、勝ち目がないと悟ったのか、ゆっくり武器を落とした。
静けさが戻る。
カイゼルは銀の鍵を見つめた。
「旧迎賓館」
レオが顔を上げる。
「何?」
「この鍵と同じ紋章が、王城北側の旧迎賓館に残されている」
エルマーが目を細める。
「鐘楼ではないのですか」
「鐘楼へ続く道の一つだ」
カイゼルは懐から折り畳まれた書簡を取り出した。
古い紙。
薄れた文字。
「今回の公務で、この書簡の出所を調べていた」
リオンが横から覗き込む。
「俺には見せてくれなかったやつ」
「お前は勝手に読もうとした」
「読めなかったけどね」
「当然だ。暗号だからな」
カイゼルは書簡の一節を指差した。
『銀の鍵は、閉じた塔へ至る者に渡される』
そして、その下。
『黒衣を纏う令嬢が現れた時、失われた道は再び開く』
全員の視線がレオへ集まった。
「……私?」
オスカーがにこりと笑う。
「完全にお嬢だね」
「今はレオ」
「そこ、重要?」
「重要だ」
エルマーは額を押さえた。
「また中心ですね」
「好きで中心にいるわけじゃない」
「事件の方から来るからな」
リオンがさらりと混ざる。
レオが睨む。
「お前まで言うな」
リオンは肩をすくめた。
「でも、兄上が追ってる秘密と、レオが持ってる鍵がつながった」
軽い調子。
しかし、その瞳は笑っていなかった。
「黒い連中は、鍵を奪うだけじゃない。レオごと消そうとしてた」
倉庫街の空気が重くなる。
カイゼルが静かに告げる。
「今後、単独行動は禁止だ」
「単独ではない」
レオは双子を見る。
「二人いる」
「三人になったよ」
リオンが自分を指差す。
「数に入れるな」
「もう巻き込まれたから無理」
「勝手に入ってきただけだろ」
「だから責任取って?」
レオは深く息を吐いた。
カイゼルが弟を見る。
「リオン」
「兄上も一緒なら安心でしょ?」
「誰が、お前たちの行動を許可した」
オスカーが小声で呟く。
「面倒な殿下が二人になった」
エルマーが静かに訂正した。
「一人は面倒を起こし、一人は回収する殿下だ」
リオンが笑う。
「うまいね」
レオは銀の鍵を握りしめた。
旧迎賓館。
閉じた塔。
黒衣を纏う令嬢。
また一つ。
逃げられない秘密が、彼女の前へ姿を現していた。
軽い王子が持ち込んだ秘密は。
誰よりも重かった。




