第84話「軽口の裏側」
「久しぶりの再会なのに」
リオンは笑ったまま、腰の剣を抜いた。
その軽い調子とは裏腹に。
刃先は迷いなく、仮面の男たちへ向けられている。
「話は後だ」
レオも短剣を構え直す。
「鍵を狙ってる」
「見れば分かる」
リオンは肩をすくめた。
「歓迎にしては物騒すぎるからな」
仮面の男が地面を蹴る。
狙いはレオ。
いや。
外套の内側に隠した銀の鍵。
「させるか!」
オスカーが間へ滑り込み、刃を受け止める。
甲高い音。
もう一人が横から回り込むが、エルマーが先に進路を塞いだ。
「右に二人」
「ああ」
「奥に一人」
「見えてる」
双子は互いを見ない。
それでも動きは寸分違わず重なった。
オスカーが正面の敵を押し返し。
空いた脇をエルマーが斬り込む。
仮面の男が体勢を崩した。
「相変わらず息ぴったりだな」
リオンが感心したように言う。
「殿下、見物してないで働いてください」
オスカーが返す。
「働いてるって」
軽く答えた直後。
リオンの笑みが消えた。
背後から迫っていた刃を振り向きざまに弾き、相手の懐へ一歩踏み込む。
剣の柄が腹部へ沈んだ。
男は声も上げられず、その場へ膝をつく。
「ほら」
リオンは何事もなかったように笑う。
「ちゃんと働いた」
「今のは認めます」
「上からだなあ」
レオは二人の会話を無視し、屋根の上へ視線を向けた。
最初に三人を誘導した影。
まだいる。
こちらの戦いを見下ろしている。
「上だ!」
レオが叫んだ瞬間。
屋根の影が腕を振る。
細い鎖の先に付いた鉤が、一直線にレオの胸元へ飛んできた。
銀の鍵を狙っている。
レオが避けるより早く。
リオンの剣が鎖を断った。
鉤が石畳へ落ちる。
「危な」
リオンが低く呟く。
「それ、取られたら困るんだろ?」
今度の声に軽さはなかった。
レオは一瞬だけリオンを見る。
「助かった」
「素直だな」
「今だけ」
「はいはい」
屋根の影が後退する。
「逃がすな!」
オスカーが追おうとするが、仮面の男が進路へ飛び込んだ。
「邪魔!」
オスカーの剣が相手の刃を払う。
その隙に、影は隣の屋根へ移った。
だが。
別の方向からエルマーが投げた短剣が、影の外套を壁へ縫い止める。
「捕まえた」
「いや!」
影は迷いなく外套を脱ぎ捨てた。
顔を隠したまま屋根の向こうへ飛び降りる。
レオが追おうとした時。
足元へ小さな紙片が舞い落ちた。
影の外套から落ちたものだった。
レオはそれを拾い上げる。
古びた地図。
王都の地下を示す複雑な線。
その一部に、赤い印が付いている。
「鐘楼じゃない」
エルマーが覗き込む。
「ああ」
印が示しているのは、王城の北側。
現在は使われていない、旧迎賓館だった。
リオンの表情が変わる。
「そこ……」
「知ってるのか」
レオが問う。
リオンは地図を見つめたまま頷いた。
「兄上が今回の公務で調べてる場所だ」
「カイゼルが?」
「ああ。だから俺も兄上を探してた」
オスカーが周囲に倒れた仮面の男たちを見る。
「偶然にしては、つながりすぎてるな」
「原因は一人しか思いつかない」
エルマーが振り返り、レオを見る。
「それ、理由になる?」
「最近はなる」
レオが抗議しようとした、その時。
倉庫街の入口から複数の足音が近づいてきた。
規則正しく。
迷いのない足取り。
リオンの顔がわずかに引きつる。
「……まずい」
「何が?」
オスカーが振り返る。
低く落ち着いた声が、倉庫街へ響いた。
「リオン」
その一言だけで。
リオンの笑みが固まる。
「あ」
珍しく小さく漏れた声。
そして――
「説明してもらおうか」
陽光の下。
カイゼルが静かに立っていた。




