第82話「黒衣への預かり物」
王都西地区。
監察官たちの姿が見えなくなるまで、レオは静かにその背中を見送っていた。
「行ったな」
オスカーが肩を回す。
「相変わらず気が抜けないな」
エルマーが苦笑する。
「一言一言に探りを入れてくるからな」
レオは黒い外套の裾を翻した。
「行こう」
「どこへ?」
「情報屋」
オスカーが笑う。
「やっぱり散歩じゃなかった」
「散歩だ」
「どんな散歩だよ」
三人は細い路地を抜け、王都西地区のさらに奥へ歩いていく。
昼でも薄暗い古い街並み。
王都でも最も古い区画の一つだった。
「この辺りは昔から何も変わらないな」
オスカーが周囲を見回す。
「変わらない方が都合がいい人間もいる」
レオは静かに答えた。
「古いものを隠すには、古い町が一番だから」
その時だった。
「おや」
しゃがれた老人の声。
小さな古道具屋。
店先には錆びた鍵や壊れた燭台、古びた時計が並んでいる。
店主はレオを見るなり、小さく笑った。
「久しぶりじゃの」
オスカーが目を丸くする。
「知り合い?」
「昔、少し」
レオは短く答えた。
老人は店の扉を閉める。
「今日は客じゃない」
「探し物だ」
「何を?」
「古い地下道」
老人の笑みが消えた。
「……誰から聞いた」
「自分で見つけた」
老人はしばらく黙り込む。
やがて、小さく息を吐いた。
「遅かったな」
「何が」
「もう何人も来た」
部屋の空気が変わる。
エルマーの表情も引き締まる。
「誰だ」
老人は首を振る。
「顔は見せん」
「黒い外套」
「仮面」
「金で何でも買う連中じゃ」
レオの瞳が細くなる。
「地下道を探していたのか」
「ああ」
老人は静かに頷く。
「古い鍵も」
「紋章も」
「古文書も」
「何でもじゃ」
オスカーがエルマーと顔を見合わせる。
「エルマー」
「ユリウスの話、本当だったな」
エルマーも頷く。
「監察局より先に動いている」
レオは店内へ視線を向ける。
壁一面に並ぶ古い鍵。
その中に。
一つだけ。
鐘楼の石扉と同じ紋章が刻まれた銀色の鍵が掛けられていた。
レオの鼓動が大きく鳴る。
「それは」
老人は静かに鍵を外した。
「これは売り物じゃない」
「預かり物だ」
「誰の」
老人はレオを真っ直ぐ見つめる。
「いつか来る黒衣の青年へ」
店内が静まり返る。
オスカーも。
エルマーも。
息を呑む。
レオだけが、小さく鍵へ手を伸ばした。
その瞬間。
店の外。
誰かが素早く屋根を飛び越えていく影が見えた。
黒い外套。
顔は見えない。
「……!」
レオが振り返る。
しかし。
もうその姿は消えていた。
黒衣の青年は。
すでに誰かに見つけられていた。




