第81話「返事はいらない」
路地裏に静かな風が吹き抜けた。
倒れていた男たちは衛兵によって縄を掛けられ、助けられた少女は保護されている。
それでも、その場の空気だけは張り詰めたままだった。
レオとユリウス。
互いの視線は一歩も譲らない。
「……久しぶりだな」
先に口を開いたのはユリウスだった。
「そうだな」
レオも短く返す。
「元気そうで何よりだ」
「それはどうも」
淡々とした会話。
しかし周囲に立つオスカーとエルマーは、それがただの挨拶ではないことを知っていた。
「なんか昔から知ってる奴同士って感じだな」
オスカーが小声で呟く。
「違う」
エルマーは首を横に振る。
「探り合いだ」
ユリウスは一歩近付く。
「王都へ戻った理由を聞いても?」
「散歩」
レオは即答した。
「散歩で人助けか」
「たまたまだ」
「その『たまたま』で事件が起きる」
ユリウスは少しだけ笑う。
「相変わらずだ」
レオは肩を竦めた。
「そっちこそ」
「監察官補佐ともあろう者が、偶然こんな場所へ来るとは思えないな」
その言葉に、ユリウスの笑みがほんの少し薄くなる。
「偶然ではない」
「報告があった」
「西地区で揉め事が起きたと」
「なるほど」
レオはそれ以上聞かなかった。
聞いても答えないことを知っている。
ユリウスも同じだった。
聞けばレオが黙ることを知っている。
だから二人とも、それ以上踏み込まない。
静かな沈黙だけが続く。
その時だった。
ユリウスの視線が、レオの黒い外套へ落ちた。
「その格好を見るのも久しぶりだ」
「そうか」
「王都では黒衣の青年として有名だったからな」
オスカーが吹き出した。
「本人は全然気付いてないけど」
「気付かない方が幸せだ」
エルマーも苦笑する。
「王都じゃ『黒衣が現れたら何か起きる』って噂になってたし」
「初耳なんだけど」
レオは本気で驚いた。
「……レオ」
オスカーは肩を叩く。
「知らなかったの、お前だけ」
「……嘘だろ」
「本当だ」
エルマーも頷いた。
「事件を解決してる本人だけが知らない」
レオは深いため息を吐く。
「だから王都へ戻ってから、やたら視線を感じたのか」
オスカーが肩をすくめる。
「気付くの遅すぎ」
エルマーも静かに頷いた。
「レオらしいけどな」
「今さら気付いたか」
ユリウスが静かに笑う。
その笑みはどこか柔らかかった。
しかし次の瞬間。
その表情は監察官の顔へ戻る。
「一つだけ忠告しておく」
空気が変わる。
オスカーとエルマーも真顔になる。
「最近、西地区だけではない」
「王都全体で、何者かが古い遺跡や地下施設を探している」
レオの瞳が細くなる。
「それは監察局の案件か」
「ああ」
ユリウスは頷いた。
「まだ目的は分からない」
「だが、お前も同じものを追っているのなら」
一歩だけ近付く。
「先に見つけろ」
「……」
レオは何も答えない。
だが、その沈黙だけで十分だった。
ユリウスは小さく笑う。
「返事はいらない」
ユリウスは背を向けた。
だが、一度だけ足を止める。
「……巻き込まれるな」
そう言い残し、踵を返した。
監察官たちも後に続く。
路地裏には再び静けさが戻った。
オスカーが大きく息を吐く。
「嵐が過ぎたな」
「いや」
エルマーは遠ざかるユリウスの背中を見つめた。
「今のは始まりだ」
レオも同じ方向を見つめていた。
鐘楼。
石扉。
鍵。
そのすべてを知るかもしれない監察官。
それぞれが一つの線で繋がり始めている。
王都の真実は、もう静かには眠っていなかった。




