第79話「眠っていた黒衣」
翌朝。
アルヴェール家の屋敷。
客間では、オスカーが落ち着きなく部屋を歩き回っていた。
「まだかな」
「落ち着け」
エルマーが静かに紅茶を口へ運ぶ。
「久しぶりなんだぞ?」
「分かってる」
セドラスは腕時計へ視線を落とした。
「約束の時間までは、あと五分ある」
「兄上は真面目すぎる」
「お前が落ち着きなさすぎる」
その時。
廊下の奥から足音が聞こえた。
静かに。
一定の速さで近づいてくる。
客間の扉が開く。
「できた」
そこへ現れたのは。
令嬢レティシアではなかった。
黒い外套。
細身の黒い上下。
腰には短剣。
深く被った黒いフード。
長い短い髪。
涼しい眼差し。
黒衣の青年――レオだった。
「……」
一瞬、部屋が静まり返る。
次の瞬間。
「来たぁぁぁ!」
オスカーが勢いよく立ち上がった。
「レオだ!」
「久しぶり!」
エルマーも腕を組みながら口元だけ笑う。
「やっと戻ってきたな」
「やっぱりこっちの方がしっくりくる」
レオは眉をひそめた。
「そんなに変わる?」
「変わる」
オスカーは即答した。
「令嬢のお嬢は近寄りがたい」
「レオは勝手に事件へ飛び込む」
「見てる方は面白い」
「面白がるな」
「だって毎回」
オスカーは指を折り始める。
「初日で事件」
「誘拐」
「密輸」
「爆発」
「城壁から飛び降り」
「市場で乱闘」
「地下通路」
「今回は鐘楼」
「全部レオ」
「最後の二つはレオじゃない」
「半分はお嬢」
「同じだ」
「違う」
レオは即座に否定した。
エルマーが小さく笑う。
「否定できる内容じゃない」
「毎回、面倒ごとの中心にいる」
「私は探しに行ってるだけ」
「向こうから寄ってくる」
「違いが分からん」
オスカーが真顔で頷く。
「事件の方がレオを探してる」
「言い得て妙だ」
エルマーも納得した。
セドラスだけは静かに額へ手を当てる。
「……頭が痛い」
「始まる前から」
「兄上」
オスカーが肩を叩く。
「諦めよう」
「もう遅い」
「レオが出た」
「つまり」
「平穏終了」
「断言するな」
セドラスは深いため息を吐いた。
「兄上には報告済みだ」
「何て?」
「『ご愁傷様』だそうだ」
部屋が静まる。
次の瞬間。
オスカーが吹き出した。
「兄上!」
「アルドリック兄上にまで諦められてる!」
「笑うな」
「いや無理」
エルマーまで肩を震わせる。
レオだけが呆れたようにため息を吐いた。
「行くわよ」
「了解!」
「護衛開始」
双子は当然のようにレオの後へ続いた。
セドラスは三人を見送りながら、小さく息を吐く。
「……どうか今回は、予定通りに終わってくれ」
誰も、その願いが叶うとは思っていなかった。




